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始まりは奴隷から  作者: 赤糸マト
第1章 絶望に伏した者
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第5話 ゴブリンの集落

 人は死を受け入れられるのか?


 俺は死を確信した時、死にたくないと思ってしまった。あの時、俺は生を渇望していた。それは紛れもない事実だ。


・・・


 背中に何か温かなものを感じる。まるで陽だまりに背を向けているような、そんな柔らかい温かさだ。


「ん・・・・・・んぅ」


 俺は久しく感じたことのなかった温かさに身をゆだねる。これが死後の世界というやつか? 俺の想像より優しい世界だ。


「・・・・・・・い、・・・・・・ったか?」


 耳の近くで何かの声が聞こえる。どこかで聞き覚えがある様な・・・・・・無いような・・・・・・。


 俺は少し重たい瞼を開く。眼前には2本の緑色のごつごつとした棒が映る。


(・・・・・・死んで・・・・・・無い?)


 棒の先を辿っていくと、その全体像が明らかとなる。緑でゴツゴツとした体に少し不釣り合いな大きな顔。耳は大きく先が尖り、目はギョロリと大きく鼻も顔面積の半分ほどの大きさがある。


 俺はこの生物にあったことがある。林檎を与えた《《ゴブリン》》だ。相変わらず皮の腰巻に何かの頭蓋骨を被っているため、記憶の底にあったゴブリンの姿が再びよみがえる。


「お、大丈夫か?」


 ゴブリンは俺が目を覚ましたことに気づいたらしく、こちらに話しかけてくる。俺は起き上がろうと体を起こそうとするが、頭を押さえられ、阻止される。


「まだ動くんじゃないよ!」


 先ほどとは違い、しわがれた声が俺の耳に入る。俺は押さえつけられ頭は動かせないので目で辺りを伺う。声の主は近くにおり、すぐに見つけられた。


 声の主は体長70㎝程の老婆のゴブリンだった。だが、そのゴブリンは先ほどの物とは違い、全体を覆うような皮のローブを着ており、首には様々な生物の骨。頭には長い白髪が木でできた簪でまとめられている。そして手には何か木の棒のような物を持っているのが目の端に映る。


「あんた何したらここまでボロボロになるんだい。あたしの魔力も持たないよ」


 老婆のゴブリンは俺の背中から木の棒を離す。それと同時に俺の背中から温かな何かが消える。老婆のゴブリンは先に青い球の付いた捻じれた木の棒を床につき、一息つく。


「ばっちゃ、こいつもう大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だろ。血は止めたし、病魔も浄化をした。後は自力で治るじゃろ」


 老婆のゴブリンはバチンと俺の背中を叩く。その張り手の威力は中々で俺は小さく悲鳴を上げる。


「で、あんた何もんだい?」


 老婆のゴブリンはこちらに目を向ける。その目は決して良いものではない。何かを疑っている目だ。


「うぅ・・・・・・あぐぅ・・・・・・」


 俺は声を出そうとするが、出るのは呻き声のみ。思わず首元を確認するが、そこに枷は無い。どうやら長い間喋らなかったため、身体が喋り方を忘れてしまったようだ。


「はぁ、面倒なやつを入れちまったもんだ。坊主、お前が何とかしな」

「うん!」


 老婆のゴブリンはそう言い残し、去っていく。もう1人のゴブリンはそれを見送ると俺に向き直る。俺は一旦体を起こし、今の自分の状態を確認する。


 服装は皮の腰巻のみ。手や足に枷は無い。背中の傷も塞がっており、血が出ている感覚は無い。(ぬえ)にやられた肩も多少痛みがあるものの動かせる。熱も引いたようで浮遊感やだるさも無い。俺の身体は健康な状態になっていた。


「大丈夫?」


 ゴブリンは俺に話しかける。正直その大きな目でまじまじと見られると多少の恐怖を感じる。だが、このゴブリン達が俺を助けてくれたことは明らかだ。俺は感謝をこめて深く頷く。


「そうか、よかったよかった」


 ゴブリンは高らかに笑う。どうやら感謝の念は伝わってないらしいが、相手が良いなら気にすることはない。


「ゆっくりしてね・・・・・・そういえば僕名前言った?」


 俺は首を横に振るう。ゴブリンにも名前があるのか。


「僕の名前はゴック。よろしくね」


 ゴブリンはニコリと笑い、手を差し出される。俺にはそれがとても笑っているようには見えないが、おそらく友愛の念を抱いているのだろうか。正直、こういう時どう反応すればいいのか分からない。


 俺はとりあえず起き上がり、その手を握り返し、握手をする。周囲を見渡すとここが簡素な小屋の中という事を理解する。簡素といった理由は小屋がバラバラな大きさの木でできていたためだ。所々、隙間ができている。自分が寝ているのも藁で、そのほかには壺のみ。地面には何もしかれておらず、むき出しの地面がゴブリンの足によって土ぼこりが僅かに立っている。


”ありがとう”


 俺はなんとか意思の疎通を図るべく、地面に文字を書く。文字と言っても日本語の為、これが相手に伝わるかは分からないが。


「なんだこれ? 絵か? 下手だね」


 ゴックは地面に描かれた文字を見て絵という感想を抱いた。やはり日本語は分からないか。


「あ゛でぃがどう」


 俺はなんとか声を出す。声は絞り出したものの為、ガラガラだ。通じたかは分からないが、これが今の俺の精一杯の気持ちだ。


「ありがとう? ああ、ありがとうって書いてあるのか!」


 ゴックは俺が”ありがとう”と書いた地面を指す。俺は頷き、それに同意を示す。よかった、伝わった。


「ありがとうってのはこう書くんだよ?」


 ゴックは地面に文字を書いていく。どうやらゴブリンにも文字という文化はあるらしい。


 俺はゴックの書く文字を眺め、そして驚愕する。


”Thank you”


 地面にはそう書かれていた。ゴックは紛れもなく《《英語》》でそう書いていた。


(・・・・・・どういうことだ?)


 俺が不思議そうに眺めていると、ゴックはこちらを向き、その顔を満足げにさせる。


「最近ばっちゃに教わったんだ。すごいだろ」


 ゴックは自慢げに胸を張っている。俺は試しに地面に英語で文字を書いてみる。もしかしたら通じるかもしれない。


”Why helped me?”


 ・・・・・・これで合っているのか?正直英語にはあまり自信が無いが、それをゴックに見せる。


「うーん・・・・・・ちょっと待ってね」


 ゴックは何かを考えた後、小屋から出ていく。そして、しばらくしてゴックは両手に果物を持ちながら、先ほどの老婆のゴブリンを連れてくる。


「ほら、これ食べなよ。水はそこの壺に入っているから」


 老婆のゴブリンは顔を顰めながら俺の書いた文字を見る。そして、ゴックに向かって顔を上げる。


「なんでこいつを助けたかってさ」


 通じた。英語が通じた。なぜだかわからないが通じた。老婆のゴブリンの言葉を受け、ゴックはそれに返事をする。


「なんでって、死にそうだった僕に果物くれた。人間のくせにいいやつだから助けただけだよ」


 ゴックはさも当然の様に告げる。やはりこいつはあの時林檎を与えたゴブリンのようだ。林檎ひとつで俺の命が助かったとは、なんというか運がいいというか、命が軽く感じるというか。


 思い返せばあの時はただ単に病気のせいで食欲があまり湧かなかっただけだったのだが。何はともあれ、あの時の行いのおかげで命がつながった。こいつ・・・・・・ゴックには感謝しないといけない。


「ん? これは人間の文字だねぇ」


 老婆のゴブリンは俺の書いた”ありがとう”という文字をみる。日本語は人間の文字か。奴隷時代に付けられていたプレートの文字が日本語だったのはそれが原因か。あの時はなんの疑問も感じなかったが。


「人間、今は休みな。言葉の通じる人間なんてあたしゃ初めてだよ。また声が出せるようになったらあたしんとこにきな」


 老婆のゴブリンは「やれやれ」と言いながら外へと出る。俺はその言葉に甘え、地面に文字を書く。


”I am sleepy”

「そっか、またね」


 ゴックは文字を読んだ後、外へと出ていく。実際少し眠かった俺はゴックから受け取った果物を食べた後、藁に横たわり瞼を閉じた。こんなに温かく安心できる睡眠は久しぶりだ。


 俺は何とも言えない温かさを噛み締めながら深い眠りについた。


・・・


――朝


 奴隷生活に慣れきった俺の身体は日の出と共に目覚める。寝床が藁にもかかわらず、とても気持ちの良い目覚めだった。


「あ・・・・・・あー」


 発声練習をしてみる。声は未だにぎこちない感じがあるものの、声が出せるようになっていた。喉の粘つきを綺麗にするため、壺へと近づく。壺の中にはつい最近変えられたかのように澄んだ水が張られている。誰かが変えてくれたのか?


 壺の中の水を手ですくい、うがいをする。そして、再び発声練習。


「あー、あいうえお」


 先ほどよりも明瞭な声が発される。これなら問題はないだろう。


 外に出るとそこは俺のいたような木の小屋が集まった集落だった。小屋は大小様々で、中央に焚火ができる場所がある。周囲は森に囲まれているため、ここが森の中の開けた場所と理解できる。


 集落には既に5人のゴブリンが何かを準備していた。ナイフを研ぐものや、先に拳大の石の付いた縄の強度確認をするもの。おそらく狩りにでも行くのだろう。


 ゴブリン達は俺の存在に気付いたのか俺の方にやってきた。ゴブリン達の身長は130㎝程で、見下げる程度の高さだが、その体は屈強そのもの。たかが20日程度しごかれた俺ではとても敵いそうにない相手だ。皆体に爪により引き裂かれたような傷跡がいくつもある。


「おい、ゴックが助けた人間はお前か?」


 5人の中で最も体格の良い者が話しかけてくる。おそらくこの中で最も位の高い者だろう。背中には慎重と同じくらいの剣が背負われており、左手に剣を携えている。


「はい、助けていただきありがとうございました」


 俺は頭を下げる。あんなのに敵対してはせっかく助かった命がすぐになくなってしまう。実際、感謝の念はあったものの、その目で睨まれると正直怖い。


「おお、言葉が通じるってのは本当らしいな。俺はグーグ。よろしくな」


 グーグは手を指し出す。思ったよりも友好的らしい。俺はそれに応えるべくその手を握る。グーグの握力は相当なものらしく、手に少し痛みが走った。


「よろしくお願いします。俺・・・・・・いえ、僕の名前は・・・・・・」


 自己紹介をしようとするが、俺は思わず考えてしまう。自分の名前を。散々13番と呼ばれ続けたせいか、声と同じく思い出すのに時間がかかってしまう。


「菅野 暁といいます」

「アキラか。いい名前だな」


 グーグは満足そうに頷く。


「俺はガックだ」

「ジーシだ」

「ブロッド!」

「グトゥだぜ」


 グーグの後ろのゴブリン達が次々に自己紹介をしていく。剣を腰に下げたガック、少し短めの弓を背負ったジーシ、腰に2本のナイフをつけているブロッド、縄を体に巻きつけているグトゥ。皆それぞれ違いはあるものの、頭には何かの頭蓋骨を被っており、腰には鵺のものと思われる虎柄の腰巻を巻いている。あの鵺は彼らが倒したのだろうか。


「んじゃ、アキラも準備してくれ」

「え?」

「え? って狩りに行くぞ! ・・・・・・それともまだ傷が治ってないのか?」


 グーグの言葉で俺の疑問は晴らされる。どうやら彼らは俺を狩りに連れて行きたいらしい。


「いや・・・・・・えっと、狩りなんてしたことないですし」

「え? そうなのか!? ばっちゃはこの年の人間はしているって言っていたんだが」

「すみません」


 とりあえず謝る。助けてもらった恩返しに手伝えればいいのだが、俺みたいな初心者がいっても足手まといだろう。


「そっか、なら教えてやるよ。お前、ドレイだったんだろ? 行く当てがないんだろ?」

「ええ、まぁそうです」


 どうやら彼らには俺が元奴隷という事を知っていたようだ。ばっちゃというゴブリンは何でも知っているな。


「ならお前もやらなきゃな。ま、ここから出ていくんなら話は別だが」


 グーグはその目を細める。先ほどの友好的な態度は一変させ、その視線には少し殺意が垣間見える。このゴブリンは案外思慮深いかもしれない。


「・・・・・・じゃあ行きます。行く当てもありませんし」


 グーグは先ほどの殺意をその身に仕舞い、先ほどの友好的な顔に戻る。舐めないほうがいいな。


「そうかそうか、じゃ、これがお前の得物な」


 グーグは左手に持った剣を俺へと差し出す。おそらく初めからこのつもりだったのだろう。俺が剣を受け取ると、グーグは「行くか」と一言言い、森へと向かう。他のゴブリン達もそれに続くのを見て、俺も付いて行く。


 なぜ俺を助けたのか、なぜ俺に尋問をしないのか、人間に敵意を示しているのかそうでないのか。様々な疑問は木々が落とす影に溶けていく。


 森は日が出ているにも関わらず、その中は薄暗い。そんな中を5人のゴブリンと俺は進んで行った。

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