第4話 奴隷生活からの脱却
死んだらどうなるのだろうか
これほどまでに死を恐怖したのは初めてだ。俺は人の死に触れていつの間にか死ぬのが怖くなっていたらい。自殺も考えた人間がこうも簡単に意思を変えるのは実に滑稽だとは思うが。
・・・
朝が来た。俺は体を起こし、周囲を確認する。檻の中は2日前とは違い4人分、スペースが広がっているらしい。あいつらは死んだ。俺もいつああなるのかわからない。
(とにかくまずはこの枷を外さないと)
昨日の晩考えた結果、1つの法則を見つけた。まぁこれは元々トードーが言っていたことだが、まずこの枷にはトードーに危害を加えようとしたり、枷事態を外そうとすると電撃が走る。だが、7番の様に倒れたりするだけでは発動しない。
(あとは俺がどれだけ耐えられるかか)
俺は今日もトードーの乗る馬車を遠目で確認する。そして、覚悟を決める。
・・・
11番と12番が死んでから間もないためか、坑道には俺一人が配置された。これは好都合だった。俺はいつもの様に黙々と仕事を行う。
監視にも目を離すタイミングはある。監視は3時間に1度のペースでここを離れる。おそらくだがトードーへ報告や、搬出班に指示を出すためだろう。
俺はそのタイミングで地面に倒れる。元々、最近咳も多く足取りも7番ほどではないがおぼつかない俺だ。それに対してサボりという発想は浮かばないだろう。
「起きろ」
監視は俺に対して一言発する。今までもそうだったが、トードーとは違い、監視は闇雲に鞭を振るうわけではない。俺はふらふらと立ち上がると掘削を続ける。
監視のいなくなるタイミングで倒れること3回、流石に監視も今まで従順に従ってきた奴隷がいう事を聞かなくなってきているのにイラついているためか、はたまたサボりかどうかの確認のためか、腰に下げた鞭を俺に振るった。
「・・・・・・ぃ!」
俺は小さな悲鳴を思わず上げてしまう。痛い、以前トードーから受けた鞭の痛みの何倍も。振るうものが違えばこれほどまでに違いが出るのか。
「起きろ」
「ゴホッ」
監視の再三の忠告に俺は咳をしながら体を起こす。まだだ、まだ倒れるには早い。背中の痛みに耐えながら俺はツルハシを振るう。
・・・
バシッ
鋭い音が坑道内に響く。7番が森へ捨てられてから3日が経った。俺の背中には真新しい鞭の傷がいくつもできている。それは7番の様にすぐに治るわけでもなく、また新しいものがすぐにできるため、一向に回復の気配がない。
坑道内には新たに8番と9番が配置され、俺と同じようにツルハシを振るっている。2人は俺が鞭を打たれる姿を見ているためか、作業の手を少しも抜こうとはしない。
バシッ
また俺の背中に新たな傷が増える。傷を受けすぎたせいか頭がボーっとし、少し熱っぽい。最近背中の感覚が麻痺しているような気もする。かなりの危険域の気がするが、好都合だ。
(そろそろ潮時か)
俺は薄らぐ意識の中で計画の実行を決意する。監視は鞭を振るっても一向に起き上がらない俺を見て監視は俺を担ぎ上げる。
「・・・・・・!」
俺は乱雑に担ぎ上げられたために出そうになる声を必死に抑える。もう少しだ。もう少しでここから抜け出せる。
「ぐっ・・・・・・!」
監視はトードーの元まで来ると、俺を地面へと頬り投げる。思いっきり背中が地面と接触し、痛みが走り、思わず声を出してしまった。俺は薄目を開け、確認を取るが、幸運にも聞こえていないようだ。
「トードーさん、こいつが動かなくなりました」
「なんだとっ!」
トードーは悲鳴のような声を上げる。その顔は目を閉じているため確認はできないが、おそらく怒っているのだろう。
「この屑が! お前にいくら払ったと思っているんだ!!」
「・・・・・・!」
トードーは何度も俺を蹴り上げる。俺は今度こそ声を出さない様に、歯を噛み締め痛みに耐える。やばい、気を失いそうだ。
俺は飛びそうになる意識を何とかつなぎとめる。今気を失ってしまえば、もし、監視に剣で首を切り落とされそうになった場合に逃げられなくなる。
「クッソ! ほんとに動かないのか!? もう4匹目だぞ!!」
トードーは怒りの声を上げる。俺は今や蹴り程度の痛みも感じとることができないほどに意識が混濁する。
「どうします?」
「捨てておけ!!」
俺はその言葉を聞き、心の中で安堵した。おそらくはこの後以前見たあの死体の山の積まれた穴に捨てられるだろう。監視は俺の首や腕に何かをしてから俺を持ち上げる。
俺は監視に持ち上げられる感覚を感じながらその意識を手放し始めた。この後に行うべき行動を考えると、今は少しでも休養が必要だ。
俺は薄れゆく意識の中、どこかに投げ捨てられた感覚を感じる。俺はようやく完全に安堵し、その意識を完全に手放した。
生存確率は誰がどう見ても低い。俺もそれは賭けだ。9割型死んでしまうだろう。だが、それでも奴隷を続けているよりは自由になる確率が高い。それにここにも助けてくれる奴なんていないんだ。
・・・
目を開けると上空には満点の星空が輝いていた。
(夜か)
どれぐらい意識を失っていたのだろうか、ひどく腹が減った。だがそれも、周囲に立ち込める酷い腐敗臭から空腹は消えうせる。
「ゴホッゴホッ」
頭が痛い。そして熱っぽい。背中からは未だに鞭打ちの傷から来る痛みが響く。明らかにここに投げ出された時よりも体調が悪化している。
手首を確認すると枷は外されていた。同じく足首、首元も確認する。そして、自由を勝ち取ったことを確信した。だが、まだ安心するには早い。
(・・・・・・臭いな)
俺はすぐさまここから脱出すべく立ち上がる。少しよろめくが、何とか立ち上がることができた。足元から嫌な感触を感じつつ、穴の崖を登っていく。
崖を登ると言っても、穴が浅いせいか、死体が多すぎるせいか、地面と穴の高さの差は俺の背の高さ程度だ。俺はふらつく足取りの中、奴隷生活で手に入れた肉体を駆使し、がけを登っていく。
崖を登りきると、4日前死体を処理に来た時と同じ光景が広がる。辺りは荒野。隠れる場所は無い。とにかく今はあの町に向かわなくては。
ふらつく足取りで俺はトードーの馬車で来た道を戻っていく。馬車で2時間かかったから20km前後といった程か。もしかしたら檻を引いていたからもう少し短いかもしれない。
俺は未だに熱っぽい頭で考えるが、すぐさまそれを振り払う。こんなことを考えても仕方がない。今は進むしか生きる道はない。
月で照らされながら俺は夜道を歩く。夜道とはいっても月の光が思ったよりも強く、辺りを見渡すのに苦労はしない。
ふらつく足取りで俺は歩き続ける。熱っぽいせいか夜風が気持ち良い。なんだか足元がふわふわとした感じになってきた。熱が悪化したのか?
(いや、これは・・・・・・?)
俺は足元を見下ろす。足元には月夜に照らされ夜風になびく草が広がっている。
俺は改めて辺りを見渡す。周囲の風景はゴツゴツとした荒野から周囲に草原が広がり、横には奥まで見通すことのできない鬱蒼とした森林が広がっていた。いままで熱に浮かされたせいか気付かなかったが、荒野を抜けたようだ。
(あと・・・・・・もう一息だな)
どれぐらいの時間が経ったのだろうか。周囲の草原は延々と続いているかのように感じられるほどに広がっている。未だに最初の町に着く気配はない。
(道を間違えたのか?)
俺は未だに熱っぽい頭を横に振り、その考えを吐き捨てる。そんなわけがない。自信は無いが、そう考えなければ立ってられないぐらいに俺は弱っているのか。
俺は改めて辺りを見渡す。横には相変わらず鬱蒼とした森林が、前方には人工物など1つも見受けられない草原が広がっている。
(・・・・・・死ぬのかな)
そんなことをふと考えてしまう。進んでも進んでも終わりが見えない、ゴールが見えない草原は俺にどうしようもなく不安を与えてくる。
「ゲホッゴホッ!」
先ほどから意識を現実に戻すのはこの咳だ。咳によって背中に刺激が走り、その反動で鞭の傷から痛みが走る。背中は焼けるように熱い。この咳やこの傷は俺の命を確実に削るものだが、それが俺の意識を保っているとは皮肉だな。
俺はただ歩く。どうせこんな真夜中だ。俺に構うようなやつはいないだろう。文字どおり背中に痛みを背負いながら歩いていると、目の端に何か動くものを捕える。
(なんだ?)
俺は考えていなかった。日本という安全な国に住み、ここに来てからも檻という壁に守られていた事がこの判断ミスを生んだのだろう。
俺は目の端の草が揺れるのを認識し、注視する。俺は気付かないうちに冷や汗を流す。草陰から出てきたのは一匹のネズミだった。まぁ、ネズミと言っても手のひらほどの大きさがあるが。
ネズミは俺を見てもその足を止めずに走り去る。俺はそれに安心し、また歩き出そうと一歩踏み出そうとする。が、それは草陰から出てきたもう一つの獣によって阻まれた。
「ゲホッ! ゴホッゴホッ!」
俺の身体は草陰から出てきた獣に吹き飛ばされる。数メートル吹き飛ばされた俺はそこで獣の姿を初めて確認する。
「グルルルゥゥ」
そこにいたのは1匹の猿だ。いや、猿というには大きく語弊がある。その獣は猿の様に鋭い牙がある。だが、その背には蝙蝠のような翼を生やしており、胴体はまさしく虎そのものだ。尻尾のある部分にはまるで自立しているかのように緑色の蛇がこちらを威嚇している。
その姿は一言で表すなら鵺だ。鳴き声や背中に生えている羽など、所々違う部分はあるものの、俺にはそう見えた。
既に限界に近い体を持つ俺は、先ほどのタックルで動けないでいた。いや、おそらく動けたとしても逃げ切れないだろう。
ネズミの姿を見た時に判断できていれば生き残っていたかもしれない。いや、そもそももう少し警戒していれば助かったのかもしれない。だが、それも今や遅い。すでに自分の2倍はある獣に対峙してしまった。
(・・・・・・ここまでか!)
俺は無意味に地面を拳で叩く。獣は勝利の咆哮とでも言うように雄叫びを上げ、俺へと向かってくる。
「ぐあぁぁぁぁ!」
獣は俺の肩にその鋭い牙を深々と食い込ませた。思わず俺が避けてしまった為、首ではなく肩に噛みついたのは幸運か、不幸か。
肩からは液体が流れ出る感覚が何故かはっきりと伝わってくる。おそらく、このまま放置されたとして出血多量で死ぬだろう。
俺は未だに離そうとしない獣を前にして意識を失う。それは痛みのせいか、疲労のせいか・・・・・・。薄れゆく意識の中で自分の身体に乗っていた何かが無くなる感覚を感じる。そして、身体が浮くような感覚も。
(糞みたいな人生だったな)
俺は意識を失う。俺の周囲に何かがいることにも気づかずに。