想いを伝えるって案外難しい。
みゆさんと買い物にいってから、しばらくがたった。
あれから私たちは…一言も会話を交わしていない。
毎日一緒にご飯を食べるし、朝も一緒に家を出る。でも、そこに会話はない。
何度も口を開いた。しかし、そこから出てくるのは乾いた空気だけだった。
なぜこうなったのだろうか?
私はずっと考えていた。
そしてある仮説にたどり着く。
それを確かめるべく、私はみゆさんに一通のメールを送った。
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ばたん。
仕事からみゆさんが帰ってきた。
「…りりちゃん。」
「みゆさん、そこに座ってください。」
私の目の前を指差す。
彼女はなにも言わずそこに座った。
静寂が二人を包む。
数分とも一時間ともわからぬ時間が過ぎたのち、先に口を開いたのは彼女の方であった。
「りりちゃん、あのね…。」
「なんでしょう。」
努めて冷静に、そう発言した。
そのつもりだったのに、声が震えているのが自分でもわかった。
「私、考えてたの。りりちゃんと一緒にショッピングしたあの日から。」
一人の声だけが部屋に響く。
「この家に転がり込んだ日にりりちゃんは言ったよね、『一晩だけですよ』って。私を、許してくれたよね。結局そのあともずっとりりちゃんに甘えっぱなしだった。それは、りりちゃんにとって辛いことだったかもしれない。でも私にとっては、とても楽しい時間だったの。」
「…私は、辛いなんて思ったこと一度もありませんでしたよ?」
「へ?」
「そりゃもちろん、いきなりみゆさんがきた時には驚きました。だけど、一緒に暮らせているって時点で辛いわけないでしょう。辛かったらとっくに追い出していますよ。」
「でも、『大切な話がある』なんてメールがくるから、もしかしたら出てけってことなのかもって…。」
「違います違います、邪推しないでくださいよ。…みゆさん?」
肩が震えている。
ぽた、と彼女の膝に水滴がおちた。
「…よ、かったぁ…。そうじゃ、な、くてぇ…。」
ボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。
それを手でそっと拭う。
私も、覚悟を決めなければならない。
「みゆさん。」
今まで何度も口にして呼び慣れているはずなのに、えもいわれぬ緊張が体内に溢れ出す。
「なに…?」
濡れた、どんな宝石よりも美しい二つの目がこちらを見ている。
その二つの宝物をしっかり見つめながら、大きく息を吸い込んだ。
「貴女が好きです。先輩としてではなく、一人の女性として。貴女のことが大好きです。」
私が立てた仮説。
「みゆさんが私に好意を持った。」
なんて暴論であろう。推理も穴だらけだし、口を聞かない理由としてもいまひとつだ。
それでも。もしこの仮説が間違っているとしても。
確かめもしないまますれ違うよりは幾分かましに思えたのだ。
もう一度、目を見据える。
彼女は、笑っていた。
いつもと同じ、魅力的な微笑みで。
「…私も、りりちゃんが好きです!」
潤んだ瞳で、けれどまっすぐに、彼女はそう返した。
気がつけば、私は彼女を抱きしめていた。
ずっと、近くて遠かったこの距離。
3年の時を経て、ついにそれが縮まった気がした。
いい匂いが身体中を包み込む。
「…もう話せない日がこれ以上続くのは、嫌です。」
すーっと、私の目から熱いものが流れ出す。
「ごめんね。これからまた、いっぱいお話しよ?」
「…はい。」
二人はその夜、子供のようにいつまでも泣いていた。