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涼風爽快  作者: 愛田美月
5/10

第五話 バーへ行く

 俺たちは羽鳥の家を出て、教えてもらったバーに向った。

 そこは駅近くの裏通りにあった。こじんまりとしたバーで、ドアには準備中の札がかかっている。

 子どもをこんな所まで連れてくるのは気が引けたが、子ども達だけで帰すわけにもいかず、一緒に連れて来ていた。オレはドアノブに手をかけて力を入れる。ドアは難なく開いた。

「スミマセン。誰かいませんか」

 半分身体を室内に入れ、声を掛けると、奥から返事が聞えた。

「はい、すいませんねぇ。まだ準備中なんですよ」

 店の奥から出てきたのは濃い化粧をした女性だった。華やかな美人顔だが、そこそこ年をとっていた。

「いや、客じゃないんです」

「客じゃない? じゃあ、何さ」

 カウンターの奥にいた女性はカウンターから出ると、俺の前まで来る。

「あら、可愛い子達がいるじゃないの。もしかしてミサちゃんの子かしら」

「僕たちの事知ってるの? おばさん」

「おばっ……」

 女性は絶句した。子ども達から見れば、いや、俺から見てもおばさんだったが、女性はまだそう思っていなかったようだ。

「美紗子がこちらに勤めていたというのは、本当だったんですね」

 話を変えようとそう言うと、女性は俺に顔を向けた。そしてなぜか見つめられる。居心地悪くなった頃に、女性がようやく声を出した。

「あなた、もしかして一ノ瀬涼さん?」

「え? ええ。そうです。でもなぜ私の名前を?」

 俺が問うと、女性は華やかな笑みを見せた。

「この間ミサちゃんが来てね、一ノ瀬涼って言う人が尋ねてきたら渡してもらいたい物があるって、ここに置いていった物があるのよ」

 俺は驚いた。まさか美紗子がつい最近ここに来ているとは思わなかった。

「中入って。色々聞きたいことがあるって顔してるわよ。子ども達もいらっしゃい、ジュース出してあげるから」

 そう言って女性は俺たちを店の中に招き入れた。子ども達をカウンター席に並んで座らせ、その前にオレンジジュースを出した後、女性は店の奥に入った。俺は離れた席に一人座り、出されたコーヒーの前で待っていた。

 程なくして戻ってきた女性は、俺に白い封筒を差し出した。そして俺の前の席に座る。

「コレが、ミサちゃんから預かったものよ」

「ありがとうございます」

「ふふっ。あなたがミサちゃんのいい人か。ミサちゃん面食いだったのねぇ」

「え?」

「あ、名前言ってなかったわね。私澤田(さわだ)澤田広美(さわだひろみ)ミサちゃんの言ってた通り良い男で嬉しいわ」

 そう言って澤田広美は笑った。俺はそんな澤田に愛想笑いで返して、名刺を差し出した。

「へぇ、お若いのに、探偵さんだったの。それが何で子供たちと一緒に?」

 どうやら澤田は、俺が美紗子のいい人だというのは勘違いだと思ったらしい。俺はコレまでのことを簡単に話した。

「へえ、自分を探してねぇ。面白いこと考えたわね。ミサちゃん」

「あの、美紗子はどうしてあなたの所で働くことになったんですか?」

 俺の問いに、澤田はふと遠い目をした。

「そうねぇ、あれは今から七年前の春だったわ。うち、ちょうど近くに出来た店に若い子取られちゃって、ホステスが不足してた頃だったのよ。店のドアにホステス募集の張り紙をしてたの。それを見て店に入ってきたのが、ミサちゃんだった。若くて美人だったけど、ちょっと若すぎるかなって思ってね、最初は断ったんだけど、ミサちゃんしつこくてね。余りにしつこいから、どうしてそんなにホステスになりたいのかって理由を聞いたのよ。そしたら……」

「そしたら?」

「……タバコ、吸っていいかしら」

「え? ああ、どうぞ」

「ありがとう」

 澤田はそう言うと、タバコを取り出し、机の上にあったマッチを擦って火をつけた。そのマッチの火は息を吹きかけて消し、机の上にあった灰皿に投げ入れる。澤田はタバコを吸い、吐き出すと、遠い目をして口を開いた。

「……ミサちゃん、あの時本当に真剣な顔して、こう言ったのよ。私のお腹には子供がいます。私は一人でこの子を育てていかなきゃならないんですって」

 俺はタバコをくゆらす澤田を見ながら考えていた。美紗子のことを。真剣に澤田に頼み込む美紗子の姿が頭に浮かぶ。美紗子は真面目で、真の強い女性だった。

「相手の男はどうしたの? 子供がいるのは知っているのかって聞いても全く答えない。結局根負けして、ミサちゃん雇って……。結構ミサちゃん評判良くてね。そこであの羽鳥とか言う男に言い寄られて、結局結婚しちゃたのよ。私は止めたんだけどねぇ、あの男にアンタは勿体ないよって」

 そう言ってまたタバコを吸った。煙を上に向けて吐き出してから、話を続ける。

「ミサちゃんが子供を産んで、一、二年は付き合いがあったんだけど、それっきり何となく連絡取ることも無くなってたの、そしたらこの間、その封筒を届けにミサちゃんが来たのよ」

 澤田は机に置かれた、白い封筒を見た。

「いつ頃ですか?」

 俺が聞くと澤田は少し考え込んでから口を開いた。

「ああ確か、そうね。ちょうど一週間前だったわ。最初はミサちゃんって分らないくらい痩せてて、ビックリしたのよ」

「痩せてた? じゃあ、この写真の時より、だいぶ痩せてるって事ですか」

 そう言って俺は、子ども達と一緒に写っている美紗子の写真を見せる。

 澤田はそれを手にとってすぐに頷いた。

「そう、全然違ったわ。もともと痩せているのに、もう骨と皮みたいに痩せちゃって、どっか悪くしてるのかって思わず聞いたほどよ」

「美紗子は何て?」

「ちょっと身体を壊しているだけだって、たいしたことないって笑ってたわ」

「そうですか……」

「そう。ねぇ、ところでその封筒開けないの? 中身が気になるんだけど」

 そう言って澤田は、俺の前に置いてある封筒に視線を送ってくる。

 俺は一瞬躊躇したが、封筒に手を伸ばした。 封を切り、中身を逆さにして出す。手の中に落ちてきたのは、一枚の紙と、鍵だった。どこかの……たぶん駅のコインロッカーの鍵だろう。

 俺は鍵を机の上に置き、紙に目を移した。裏も表も白い紙。

「あら。その紙、何も書いてないじゃない。ミサちゃん間違えたのかしら」

 澤田がそう言った時である。

 ガシャンという音がして、子ども達の一人が叫んだ。

「あー、快がコップ落としたー」

 俺がその声に振り向くと、快の座るイスの下に、割れたコップの破片が散乱しているのが目に入った。快が泣きそうな顔をして、俺を見る。

 俺はこういう時、子どもになんて言っていいのか分からない。叱るべきなのか? 俺が戸惑っている間に、タバコを灰皿に押し付け、澤田が立ち上がった。

「あらら、危ないから動かないのよ」

 イスから降りようとしていた快に釘を刺し、澤田が店の奥へと消えた。箒でも取りに行ったのだろう。俺も立ち上がり、快の元まで歩く。

「お父さん、ごめんなさい」

 俺に怒られると思っているのだろう。快の目に涙が溜まっている。それを見ていると、なんだがかわいそうになってくる。他の二人も俺の出方を見るように、じっと俺に視線を送ってくる。俺は軽く溜息をつくと、椅子に座った快の視線に合わせて少し腰を屈め、こう言った。

「快、怪我しなかったか?」

 俺が聞くと、ビックリしたような目をして、快は頷いた。

「うん。ケガしてないよ」

「そうか。ならいい」

 そう言って俺は快に笑ってやる。

 快は不思議そうな顔になった。俺はそのまましゃがみ込み、足元に落ちているコップの破片を拾い始めた。ジュースは全て飲み終わった後だったらしく、床にはコップの破片と溶けかけた氷が散乱している。

「快、何で落としちゃったんだ?」

 そう聞いたが快は声を出さない。しばらく待っていると、快ではない声が頭上から降ってきた。澤田の声だった。

「あら、危ないわよ。箒持ってきたから。これで集めるわ」

 澤田に場所をあけ、俺は手に拾った破片を塵取りに入れる。

「すいません。澤田さん」

「いいのいいの。子供だもの。酔っ払いもよくコップ落として割るのよ。こういうのは日常茶飯事って訳。ねぇボク、怪我しなかった?」

 澤田が快に聞く。快はこっくりと頷いた。

「うん、ごめんなさい」

「あら、いいって言ったでしょ。怪我なくてよかったわね」

 澤田は快に笑いかける。快はしゅんとして俯いている。澤田は日常茶飯事と言うだけあり、てきぱきと片付けを終えた。

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