第三話 さて、どうしたものか
美紗子の言っていた依頼料前金二十万は、事務所から歩いて十分ほどの坂崎駅のコインロッカーに入っていた。コインロッカーの鍵は爽が持っていた。俺たちは金をとりあえず銀行に預け、昼食をとるために、喫茶コキアに入った。
子ども三人、それも同じ顔の子どもを連れて来た俺に、古木は驚きの顔を見せた。店内は昼のピーク時を過ぎたせいか、客はまばらだった。
「おまえ、いつの間に子持ちになったんだ」
いつもの指定席ではなく、四人掛けの席に着いた俺の前に、氷水の入ったコップを置いて、古木はそう言った。俺は肩を竦めた。今朝古木に似たような質問をしたことを思い出し、可笑しな気分になる。
「さあな。でも、美紗子の子だ」
「美紗子って、今井さんの? 会ったのか一ノ瀬」
古木は俺と美紗子の関係を知っている。心底驚いた顔で古木はそう言った。
「会ってない。電話で話しただけだ」
「ふーん、何か良く分からないけど、まぁ、今井さん生きてたんだな」
「ああ」
俺は頷いた。古木は美紗子が生きていないと、思っていたらしい。それもそうだろう。七年も行方が分からなかったのだから。
古木は俺から子ども達に視線を移した。
「いらっしゃい。君たちそっくりだね。三つ子かい」
「うん。そうだよ。おじさんはお父さんとお友達なの?」
「お、おじさん。そうか。おじさんだよなぁ俺も」
小さく呟く声が聞こえた。ショックだったらしい。だが俺も笑ってはいられない。俺だって古木と同い年だ。
「あれ、ちょっと待って、今お父さんて言った?」
古木はおじさんと言われたショックから立ち直ったのか、他の言葉に疑問を覚えたらしい。今度は爽が答えた。
「うん。そうだよ。お母さんがね、本当のお父さんは一ノ瀬涼って言うんだよって教えてくれたの」
「どういうことだ? 一ノ瀬」
俺はまた肩を竦めた。
「美紗子が言うには、こいつらは俺の子どもらしい」
「っはー。本当かよ」
「さあな」
古木は三人の子ども達の顔を、しばらく眺めた。
「そう言われてみれば、なんとなくお前に似てるような気もするよ。一ノ瀬」
「気がするだけだろ」
「そうかもな」
あっさりと俺の言葉に同意し、古木はオーダーを取ると店の奥へ引っ込んで行った。
「ねぇ、お父さん」
今まで黙っていた快が、遠慮がちに俺を見た。
「どうした」
出来るだけ優しい声をだそうと努力しながら聞いたが、快はもじもじと体を動かし、続きを口にしない。俺は少しイライラし始めた。これだから美紗子に短気だと言われるのだ。
「分かった。快おしっこしたいんだろう」
大声でそう言ったのは風だ。その声に店内にいた客が、一斉に俺たちを見た。俺はスイマセンと目配せし、風を見る。
「こら、声が大きい」
「だって、そうだもん。なぁ、そうだろ快」
生意気に言った風に、快は小さく頷いた。
「あ、ボクも行きたい。トイレどこ? お父さん」
爽に聞かれ、俺は店の奥を指差した。
「あそこだよ」
「じゃあ、ボクたちいってきて良い?」
「ああ。ちょっと待て、お前ら一人で出来るのか」
「当たり前じゃん。僕たちもう六歳だよ」
風は少し膨れっ面をして、さっさと席を立つと、トイレへと歩き出した。それに爽と快が続く。まだ会って数時間しかたっていないが、なんとなく子ども達それぞれの性格が分かってきた。
風は明るく良く喋るが、少し生意気で我がままなところがあるようだ。そして、爽。こちらも明るく風に次いで良く喋るがマイペースなところがある。最後の快は一転して余り喋らず、いつも何かに怯えているような感じを受ける。
同じ顔をしているのに違う性格の三人を見ているのは、少し面白いと感じはじめていた。そんなことを思っていたとき、古木がまた戻ってきた。
「どうした?」
俺が聞くと、古木は何故か俺の前の席に腰を下した。
「いいのか? 仕事中に」
俺が問うと、古木は真面目な顔で頷いた。
「ちょっと、抜けてきた。聞きたい事があってさ」
「何だよ」
俺は古木の真面目な顔に気おされて、そう言った。
「今井さん、今頃何の為にお前に電話かけてきたんだよ。さっき聞きたかったけど、子ども達が居たしさ。今のうちに簡潔に説明しろ」
なんで、命令口調なんだよと思いつつ、俺は古木に美紗子との電話内容を簡単に説明する。
「ふーん。私を探してね……。良く解らないな。今井さんの考えは」
「だろう? でも、まあ、前金で二十万ももらったし、とりあえずあいつらの面倒みながら探すつもりだよ」
「うん。それしかないだろうな。それに今井さんに会えば、お前の、うじうじした未練も解消されるかもしれないし。なんなら、より戻しちゃえば? 子どももいることだし。今井さんフリーなんだろう」
古木は笑い混じりにそう言うと、席を立って、カウンターの方へ戻って行った。まったく好き勝手言いやがって。
古木が席を立ったすぐ後、子どもたちが、三人そろって戻って来た。それを見計らったかのように、古木の新妻がスパゲティーを四つ運んでくる。
「みんな、いっぱい食べてね」
「はーい」
アキさんの声に元気良く返事した爽と風は、勢い良くスパゲティーを食べ始める。それを横目で見てから快もゆっくりとスパゲティーの麺を口に運んだ。
「可愛いなぁ」
子ども達が食べている姿を見て、アキさんがお腹をさすりながらそう呟く。生まれてくる子どもとダブらせているのかも知れない。
それにしても、コレが可愛いのか? 俺にしてみれば、汚いという思いの方が強かった。子ども達の口の周りはケチャップにまみれていたし、テーブルには食べこぼした後が無数にある。もっと綺麗に食べられないものだろうか。それとも子どもはこんなものなのか。
良く見ると、子ども達のフォークの握り方がおかしいことに気づいた。彼らはダンベルでも持っているかのようにフォークを握っている。フォークを麺の中にさし、救い上げるように持ち上げるのだ。麺はまきつけていない為、当たり前のように滑り落ちていく。
「お前ら、フォークの持ち方おかしいぞ」
俺は子ども達に、フォークの持ち方を教えてやった。子ども達は素直に俺の言うことに従ったが、フォークを持つ手はぎこちない。必死になって食べようとする姿が可愛い。
思った以上に長い時間をかけて、昼食を終えると、俺たちは事務所兼自宅へと帰った。
留守電には予想に反して一件の用件も入っていなかった。俺は少しがっかりした。美紗子から電話が来ているのではと、少し期待していたのだ。
俺は空き部屋を子ども達の部屋にすることにし、子ども達にその部屋の掃除を任せた。その間に子ども達の持っていたリュックの中身を調べることにする。美紗子の言っていたヒントとやらが入っているかもしれないと思ったのだ。
もちろん子ども達には中を見ることの了承を得ている。三つの小さなリュックの中には、そろいの歯ブラシと、そろいの下着と、そろいのパジャマが入っており、他は風のリュックの中に財布が入っていただけだった。美紗子の言っていたヒントとなるようなものは何処にもなかった。
さて、これからどうしたものか。とりあえず、美紗子の元夫とやらに会いに行ってみようか。最近の美紗子のことを知っているのはこの男だ。この男が美紗子の居場所を知っているとは考えにくいが、会う価値はあるように思えた。
そしてもう一つ。
子ども達の荷物も取りに行かなければならない。
子ども達に聞いたところによると、昨日はその元夫の家に泊まったのだそうだ。衣料品などは重かったためその元夫の家に置いてあるらしい。美紗子が子ども達にそうするように言ったのだそうだ。それを取りに行く必要がある。そうじゃないと、子ども達は毎日同じ服を着ることになる。家には子供用の服なんて一つもないのだから。
「お父さん、お片づけ終わったよ」
部屋からこちらに顔を覗かせたのは多分、風だ。
「ああ、わかった見に行くよ」
俺はそう答えて、子供たちの部屋へ向かった。