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涼風爽快  作者: 愛田美月
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第二話 奇妙な依頼

 俺は取りあえず子ども達をソファーに並んで座らせた。

 そして俺自身も、子ども達の前のソファーに腰を下した。

 だが話を聞くとしても、まず何から聞くべきか……。俺ははっきり言って子どもが苦手だった。いや、苦手というより、どう接していいか分からないのだ。

「まあ、そうだな。取りあえず、そう名前。名前教えてくれるか」

 何を聞こうか迷った挙句、俺はそう切り出した。一番左端に座った子どもが言った。

「あれ? お母さんから電話無かったの? お母さん、お父さんに電話するって言ってたのに」

「じゃあ、お前らはその、お母さんとやらに言われてここへ来たって言うのか」

 俺の問いに、またもや左端の少年が首を縦に振った。

「うん。そうだよ……でも、ま、いっか。あのね、お父さん。僕の名前は羽鳥風(はとりふう)って言うんだ。ふうって言うのはね。かぜって書くんだってお母さんが言ってたよ。でね、僕の隣にいるのが……」

羽鳥爽(はとりそう)。さわやかって意味の漢字だって。で、僕の隣がかいだよ。僕の名前とツイになってるんだよってお母さんが言ってた」

 子ども達の説明を聞きながら俺は考えていた。だが羽鳥という名前に覚えはない。そのお母さんというのは何者なのだろうか。そしてなぜ、この子どもたちは俺をお父さんと呼ぶのか……。

「どうしちゃったの? お父さん。気分でも悪いの」

 黙りこんだ俺を不信に思ったのか、一番右端に座った子ども、快が口を開いた。

「いやそれより、お前らは何で俺のことをお父さんなんて呼ぶんだ。俺はまだ二十六だぞ」

「えー、でもお母さんがそう言ったもん。僕の本当のお父さんはイチノセリョウで。今の父さんは本当の父さんじゃないんだよって」

「うん、そうだよね」

 風と爽が口々に言った。

「なあ、お前らのお母さんって一体誰なんだ」

 俺は少しイライラしてこういった。誰なのか全く検討がつかない。子どもにこんな無責任な話をしやがって。本当に信じてしまっているみたいじゃないか。コレも一種の嫌がらせなのか……。

「お母さんの名前はねぇ、えーと何だっけ」

「えー、お母さんはお母さんでしょ」

 爽と快が首を傾げた。おいおい、母親の名前くらい覚えとけよ。

「僕しってるよ。お母さんはね美紗子(みさこ)だよ。羽鳥美紗子(はとりみさこ)っていうんだよ」

 風はそう言ってにっこり笑った。俺はその笑顔に答えてやることが出来なかった。

 美紗子。その名前には覚えがあった。高校の時付き合っていた彼女の名前が美紗子だった。そう、今井美紗子。

 だが、まさか、美紗子の子どもなのか? この子達が? 美紗子の子ども……。混乱してきた頭のまま、俺は子ども達を見つめた。そう言われてみれば似ていなくもない。目許などそっくりだ。大きな二重の瞳。そう、彼女もこんな目をしていた。

 高校の卒業式と同時に姿をくらませた美紗子。さよならも言わずにいなくなった女。

 もしかしたら美紗子の子どもかも知れない子ども達が、俺の前にいるのか……。

「なぁお前ら、お母さんの写真持ってるか」

「うん。持ってるよ」

 元気良く頷いた風は、背負っていた小さなリュックから、写真を一枚取り出した。俺は震えそうになる手を伸ばし、写真を受け取る。

 その写真は何処かの家の庭で撮られたものらしかった。並んだ風達の後ろに、その人物は写っていた。

 美紗子だ。間違いない。美紗子だ。

 記憶の中の美紗子より幾分細い面差しをしているが、その顔立ち、その笑顔はまさしく俺の知っている美紗子に他ならなかった。

 俺はショックの余り、額に手をやると俯いた。そのまま写真を風に差し出す。受け取った感触に、俺は写真から手を離した。信じられなかった。まさかという思いしかない。


 美紗子は俺の能力(ちから)を知って始めて理解し付き合ってくれた女性だった。美紗子と付き合っているとき、俺は幸せだった。美紗子もそうであると思い込んでいた。

 美紗子が高校の卒業式の後、誰にも告げずに姿を消した時、俺はショックと共に絶望したのだ。

 彼女もまた俺の能力(ちから)が嫌になったのだろうと。

 だから俺は彼女を解放しようと思った。あえて姿を消した彼女を、探し出そうとはしなかった。例えこのまま逢えなくとも……。


「はぁ」

 俺がため息をついた時だった。いきなり電話が鳴り出した。俺は気分を変えようと、立ち上がり受話器を取った。

「はい、一ノ瀬探偵事務所」

『ふふっ、やだ。声作っちゃっておかしい』

 電話の向こうの相手にいきなり笑われ、俺は憮然とした。

「いたずらなら切りますよ」

『ああ、待って、ごめんなさい。相変わらず短気なのね。そういうところ』

 俺ははっとした。

「もしかして、美紗子か」

『すごい、当たり。もしかしてもう着いてた? 子ども達』

「ああ、着いてるよ……ってそんなことより、本当に美紗子なのか? お前いつ結婚したんだよ」

 俺の問いに、電話の向こうでしばし沈黙し、美紗子を名乗る女は言った。

『あなたの前からいなくなって、三ヵ月後、かな。でももう離婚したわ。去年の九月に』

「そうか」

『そうなの。だから今はあなたと一緒にいた頃と同じ、今井に戻っているのよ』

 七年ぶりの美紗子の声が記憶の中の美紗子の声と重なる。

 不思議な感覚だった。もう一生会うことのないと思っていた相手と、七年ぶりに電話で話しているのだから。

「美紗子。お前どうして……」

 どうしてあの日、君は俺の前から姿を消したんだ。聴きたかった言葉が、喉の奥に詰まってなかなか出てこない。俺の言いたいことを察したのか、美紗子は言った。

『昔のことはもういいじゃない。過去のことでしょ、お互いに』

 美紗子のその言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。予想以上に鋭い痛みが広がった。

「そうだな」

 心とは裏腹に俺は精一杯平常心を保とうと、冷静な声を出した。

『ねぇ、私あなたにお願いがあるのよ』

「お願い? その前にこの状況を説明してくれよ。俺には何が何だがさっぱり分からない。お前の子ども達、俺のことお父さんなんて呼んでるんだぞ」

 俺がそう強く言うと、電話の向こうで美紗子が笑い声を上げた。

『ふふふ、ヤダ。身に覚えがないとは言わせないわよ』

「……」

『あの子達は今年七歳になるの。私たち別れて七年目。計算は合うでしょう』

「嘘だろう」

『どうして嘘なんかつく必要があるのよ』

 美紗子の声は落ち着いていて、冗談なのか本気なのか判断しかねる。またも混乱してきた頭を振って、俺は言った。

「美紗子。仮にあいつらが俺の子だとしよう。だったら何故、お前は俺の前から姿を消したんだ」

『……』

 美紗子は沈黙した。俺はその沈黙に耐えられず、美紗子の名を呼ぶ。

「美紗子」

 少し間をおいて、美紗子がまた話し始めた。

(りょう)、過去のことでしょう。今更そんなこと言ったって始まらないわ。あの日私はあなたの前から姿を消して、あなたはそれを探そうとしなかった。違う?』

 美紗子の問いに俺は答えられなかった。事実だったからだ。

『ねぇ、時間が無いの。昔のことは置いといて、今の話をしましょう』

「今の?」

『そう現在(いま)の。ねぇ、涼。私あなたに依頼したいのよ』

「依頼だって?」

 思ってもいなかった美紗子の言葉に、俺はもう一度聞き返した。

『そう、依頼よ。あなた探偵でしょう。お金を払えば、依頼受けてくれるんでしょう』

「まあ、内容にもよるけど」

 俺は慎重にそう言った。

『よかった。じゃあ、決まりね』

 美紗子が喜びの声を上げた。俺は慌てて、口を開こうとしたが、美紗子の方が早かった。

『依頼の内容は、私を探して欲しいの』

「は?」

 俺は耳を疑った。こんな内容の依頼は初めてだ。猫や犬捜しはよくあるが、私を探してなんて初めて言われた。

『私の居場所を探して、会いに来て。それが私からあなたへの依頼よ』

「ちょっと待てよ美紗子。どういうことだ」

『ヒントはあげる。だから二週間以内に見つけて。それ以上は待てないから。あ、あと息子達をヨロシク。私は事情があって、あの子達の面倒を見られないの。お願い。あなた父親なんだから、あの子達の面倒を見てね。その後のことはお互いが顔を合わせた時に』

「おい、待てよ美紗子、俺に子どもの面倒まで見ろって言うのか。そんなこと出来るか。お前、厄介払いしようとしてるんじゃないだろうな。俺に子ども押し付けて」

 ついそう怒鳴ると、美紗子の反論が返ってきた。

『失礼なこと言わないで。私があの子達手放して喜んでるとでも思うの。私にはあの子達しかいないのよ。二度とそんなこと言わないで』

 余りの剣幕に、俺はたじろいだ。確かに失言だったと俺は謝った。

「……悪かったよ、美紗子」

『いえ、……こちらこそ、ごめんなさい。少しイライラしていて。お願いしているのは私の方なのに。……とにかく息子達をお願い。今は春休みだから、学校はないの。まだ小さいし、迷惑かけるかもしれないけど、あまり怒らないでやってね』

「ああ、二週間だな」

『そう、二週間の我慢よ、涼。でもあなたが二週間以内に私を見つけられなかったら、罰として、これから一生あなたに子どもの面倒を見てもらうからね』

「おい、美紗子」

『依頼料は前金で二十万払うわ。子どもに託してあるから、受け取って。悪いけど、子ども達の生活費はとりあえずそこから出してもらえると助かるわ。じゃあ、ヨロシクね』

「おい、待てよ。美紗子、美紗子っ、おいっ。……畜生、切れてやがる」

 美紗子は言うだけ言うと、電話を切ってしまっていた。受話器から聞えるのは、回線の切れた音だけだ。俺は腹立ち紛れに受話器を電話にたたきつけた。

 今更なんだと言うんだ。俺の子どもだと? 俺の……、俺と美紗子の子? まさか。

 まさかという思いしか浮かばない。確かに計算は合うのだ。けれど、では何故美紗子は俺の前から姿を消し、他の男と結婚したのだ。

 いくら考えても答えは出てこない。俺はイライラと、拳を机に叩き付けた。ふと視線を感じて振り向くと、子ども達が怯えた目を俺に向けていた。

「ああ、悪い。ほったらかしにしていたな」

 子ども達はそろって首を横に振った。本当にそっくりだ。

「ねぇ、お父さん」

「お父さん。今のお母さんだったの?」

 そう言われて、俺は気づいた。美紗子はこいつらの母親だ。電話をかわってやった方が良かったのかもしれない。

「ううん。別にかわらなくてもいいよ」

 快がそう言った。俺は驚いて快を見つめた。

「なあ快。俺、今声に出して言ってないよな」

「あっ」

 口元に手を当て、怯えたように見上げてくる快の前に立ち、目線を合わせる為にしゃがむ。

「お前どうして俺の考えていることが……」

「あっ、ねえねえお父さん。アレ何」

 俺の声を遮る大声で叫んだのは風だ。風の指さした先には、今朝買った『はちみつあんこレモン風味』の缶があった。

「コレは今朝買ったんだが、飲みたいのか」

 期待に満ちた目で風に見つめられ、俺はそう問いかけた。

「飲んでいいの?」

「不味いかもしれないぞ」

 いや、十中八九不味いだろう。

「いい、飲みたい。な、爽、快」

「うん」

 爽が元気良く頷いた。快もほっとしたように頷いている。

 いいように話を変えられた気がしたが、俺はもう快に問いかける気をなくし、立ち上がると缶を取りプルトップをあけた。それを風に手渡す。渡したジュースを飲んだ三人のリアクションは、俺の想像通りのものだった。

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