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華の人形 ー緑の国 外伝ー  作者: watausagi
序章 桜・メリーゴールド
7/35

ミリアです。実は15歳です。

◇◇◇◇◇


 私が言うのもなんですけど、私の生活はとても平凡なものだったに違いありません。

 朝は6時に起きて、お父さんはお仕事に出かけて、私はお母さんのお手伝いをして、弟は学校へ行くのです。夜になるとご飯を食べて、お風呂に入り、そしてまた、明日になるのです。


 普通。


それを恥ずべき事だとは思っていませんでした。けれどそこに、何かそれ以上の意味を感じていなかったのは確かです。だからこその普通なのですから。


〜〜〜〜〜


 ーー弟が病気にかかりました。


お医者様が言うには、年に1度、1人か2人はかかってしまうそうです。


 どうして、どうしてそんな特別が弟に? 私はこの世の何かを呪いました。何でもいい。弟をこんな目に合わせた何かを、ひどく恨みました。


 ……治らないそうです。治したくても、対処法が見つかってないようです。症状は至って緩やかに、徐々に、確実に、弟の体を蝕んでいきます。痛みが無いというのが、唯一の救いかもしれません。

そんな、最期は眠りにつくように死ぬ事から、この病気の名はーー


 〝沈黙葬〟


◇◇◇◇◇


 やったです。クマをゲットです。


 ここらでは唯一の人形が置いてある人形専門店、リトル・リドル・ドールズ。実を言うと、悪い噂の絶えないこの店に入る事を、私は躊躇っていました。


 曰く、人形の中には、元人間の魂が詰まっているとか。

 曰く、夜になると、人形達は動き出すとか。それも人間の魂を求めて街を彷徨っているとか。


 それらは、リトル・リドル・ドールズのオーナーがお亡くなりになられてから、より一層拍車がかかりました。



 ……でも、私は知っているのです。あの店の前を通る時に、弟はいつもピンク色のクマを物欲しそうに見つめていたのを。私は思いました。これしかないっ……て。


 メリーさんはとても優しい方でした。やっぱり、噂なんてものはあてになりませんね。巷では魔女魔女と言われているメリーさんは、私のわがままを聞いてくれましたよ。何よりとても綺麗でした。まるで、人形のように整った美貌でした。


 そんなメリーさんは、私のわがままに1つだけ条件をつけました。


 ーー1週間。


それは偶然にも、弟に突きつけられた余命宣告と、同じでした……


〜〜〜〜〜


 クマを預かり3日目、私はその間ずっとピンクのクマを使って、下手なりに劇なんかをやりました。今日なんか、お父さんとお母さんと一緒の大演劇です。

弟は私がミスをする度にツッコミを入れてきます。私はその度に嬉しく思いました。何か、1つでも楽しめるものがあればいいと思っていたから……私はこのピンクのクマに感謝しました。


〜〜〜〜〜


 クマを預かり4日目、いつものように弟から注意を受け、ほとんど意識が朦朧としながら、多分自分の部屋に戻ろうしていた時ーー

 

ーーゴトッ


 何かが倒れる音がしました。


「……お母さん?」


 音がした場所まで行きました。キッチンです。床に、リンゴが転がっていました。机に積まれてある1つが落ちたのでしょう。


 でも、おかしいですよね。何という言い方をすればいいのか……こう、タイミングが良すぎるというか。

 

ーーゴトッ


「っ……」


 夜、十分な明かりのない室内を、私は初めて怖いと思いました。


 すっかり目も覚め、今度は恐る恐る、音がした場所を確かめます。けれども、その前に、足元の影が揺らいだ気がしました。辛うじて月の光が差し込んでいるのは、窓しかありません。私はびっくりして後ろを振り返りましたーーしかしそこには、何もおらず……


「……ミリア」

「っ……だ、だれ?」


 こうなるともう、足が震えてきましたが、私は自分の好奇心を抑えきれませんでした。怖いもの見たさというのでしょうか、私の名を呼ぶ誰かへ、私は近づきます。


 ゆっくり、音を立てずに、私は床の軋みを気にしながら声のする方へ進みーーふと、気がつけば、弟の部屋の前でした。


「ーー」


 何か聞こえます。もしかして誰かは、弟の部屋に?

  私はどうしていいか分からず、何が起きているのか知ろうとドアへ耳をぴったりとつけて、聞き耳を立てました。


「……グスッ」


 その正体に気がついた時、私はほとんど何も考えずドアを開けると、驚く弟を無視して抱きしめます。

 私よりも細く、今にも折れそうな体は、流す涙を増やします。


「ね、姉ちゃん……痛い」

「っ……ごめん」


 でも、抱きしめるのは止めれません。それに、いま弟の顔を見てしまえば、私は私を抑えきれる自信がありませんでした。


ーー泣いているのは私だけではないのです。弟の病気を恨んでいるのは、弟だけではないのです。


 当たり前じゃないですか。泣きたいのは、泣いているのは弟もです。病気を誰よりも恨んでいるのは、弟なんです。


「ごめん……ごめんねコーちゃん」

「……なんで、姉ちゃんが謝んのさ」

「だって! 私、何も出来ないっ……こんなんじゃ、お姉ちゃんなんて失格だよ……!」


 馬鹿だなぁ私。こうして泣いても、それこそ何の意味もないのに……


「……馬鹿だなぁ姉ちゃんは」


 弟、昔から素直な子でした。


「ほら、潰れてるって」

「……え?」


 ようやく私は弟から離れ、その視線の先。いままで私と弟のクッションとなり、ペチャンコに潰れてあるピンクのクマに気がつきました。


ーーそういえば、このピンクのクマを弟は抱きしめてたっけぇ……


 この部屋に入った直後を私は思い出して……あわ、あわわわ、メリーさんに申し訳ない! だ、大丈夫かな……どこも汚れてないかな? 傷とかあったら、どうしよう!


「姉ちゃんは、このクマくれたじゃん」


 心の中で私がパニックになっていると、弟はそう言いました。


「それだけじゃねえよ。いっつも眠たそうにしてさ、こんな遅くまで、俺に下手な芝居見せてくれてるじゃん」

「へ、下手……うん、分かってたけど」

「俺、すっげー楽しいよ」

「……楽しい?」

「ああ。とっても」

「ほんと?」

「姉ちゃんに嘘つくかよ」

「……私、偉い?」

「時々エロいな」

「エッ…ロくないよ!?」

「仕草とかだよ! 弟として心配になるくらい無防備だよ!」

「そ、そんなの知らない!」

「自覚しとけよ! ……俺がいなくなったら、姉ちゃんは自分でそーゆの何とかしなくちゃならないんだからよ」

「……いなくなったりしないもん」

「するんだよ。やっぱり、どこまでも馬鹿だなぁ姉ちゃんは」

「むっ」


 イラッとしました。私はムカついて、弟のベッドへ入り込みました。

 何か弟は言ってますが、私は聞く耳持ちません。本気を出せば、お姉ちゃんが負ける道理がないのです。


 ……結局、弟、クマ、私という順に、川の字で収まりました。

 何やってるんでしょうか私?


「……なあ姉ちゃん」


 ベッドに入った私は、今まで忘れていた分、とんでもない眠気に襲われます。


 ……そういえば、あの時、私の名を呼んだ誰かの正体はまだ分かっていません。もしかすると、弟が泣いてることを教えてくれた、優しい妖精さんかもしれませんね。


「なぁにコーちゃん?」

「……クマだけどさ。本当にありがとな。俺、恥ずかしくて、言えなかったんだけど……おい、ニヤニヤすんなよ。っていうか、よくクマなんて貰えたよな」

「そ、そだね」


 1週間という条件を、まだ弟に伝えきれてない私でした。


「明日も、これからも、ずっと……こうして、一緒に眠れたらいいよな。あ、だからニヤニヤすんなって。せっかく俺が弟っぽく可愛らしい事を言ってんのによ」

「そっか。ずっと、一緒にかぁ」

「そーだよ。はい終わり。やっぱり姉ちゃんにこんな事、言うんじゃなかったぜ。絶対に忘れろよな」


 ……1週間という条件を、もっと弟に伝えられなくなった私でした。正確には明日になると返さなくちゃならないという事を。


「忘れても、いいの?」

「いいって言ってんだろ。ほら、お休み姉ちゃん。瞼閉じて羊数えてな」

「……んぅ」


 弟の言葉に甘えてもいいんでしょうか? こんな事を考えてしまう辺りで、私は、どこまでもダメなお姉ちゃんですね。


◇◇◇◇◇


 クマを預かり5日目。目が覚めると、目の前にはお母さんの顔がありました。


「おはようミリア」

「ん……おは……よう?」


 頭がはっきりとしません。ですから、おかしいと気づいたのは欠伸をしてからです。


 そういえば私、昨日、どこで寝たっけ?


 自分の顔が赤くなるのを実感しました。恥ずかしい恥ずかしい。真夜中のテンションは私を大胆にさせるようです。しかもそれを、あろう事かお母さんにバレてしまいました。って、よくよく見ればすぐ隣にお父さんもいるではありませんか。


 穴があったら入りたい。


 「うぅ……」と、私は呻きながら、ふと、弟を見ました。弟はまだ眠っているようです。もしも、ここで弟に起きられては私の羞恥心が限界突破します。


 早くベッドから抜け出そうとーーそこまで考えて、もう一度、弟を見ました。


 ……寝むっていますね。

 ぐっすりと。

 寝息1つ立てずに。


『明日も、これからも、ずっと……こうして、一緒に眠れたらいいよな。あ、だからニヤニヤすんなって。せっかく俺が弟っぽく可愛らしい事を言ってんのによ』

『そーだよ。はい終わり。やっぱり姉ちゃんにこんな事、言うんじゃなかったぜ。絶対に忘れろよな』


ーー昨日の夜の、弟のあの言葉が、鮮明に思い出されます。


 ……コーちゃんが忘れちゃったんだね。ずっと一緒にっていう言葉を。だから1人で、寝ているのかな。ずっと……ずぅっ……と。いつまでも、いつまでも。


 バカなのは、コーちゃんだよ。私は絶対、忘れないんだから。


ーー弟が起きてくる事は、もう、なかった

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