自分、名前は熊次郎ですけど
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スマイル様の為なら、自分、何でも答えますよ。ええ……ええ……はい。なるほど、つまり、どうして自分があのミリア嬢に買われたのか気になってるんですね?
確かにおかしな話だと思いました。わざわざ1週間という限定で自分を買うなんて、いかに自分が魅力あるピンクベアーだからと言って、奇妙だと……ね。
違いましたよ。
1週間という限定で自分を買ったのは、つまり、1週間でよかった。1週間しかなかった、という事なんです。
スマイル様ならば、既にお気づきになられているかもしれません……ええ……そうです。そこの男の子です。自分は詳しくありませんが、どうもそこの男の子が病気とやらにかかったらしくて。感染率? は驚くほど低いらしいですけど、それ故に対処法がない……って。そんな事を、今日の夕方頃に参られたお医者様が言って、それはもう聞いた! ってミリア嬢の母にあたる人間が叫んでました。
いやーその点、病気と無縁の人形って完璧ですよね。完成された存在ですよね。
おっと、話を戻しますよ。
ミリア嬢はニコニコしながら、ジャジャーンと言いながら、自分を男の子に見せました。男の子は驚いたようですね。なんと、いやいや別に自慢話ではないのですが。男の子がまだ元気だった頃、店の前を通った時に、自分を見つけて一目惚れしたようなんです。
まあ、それをミリア嬢が言っても、男の子は「バッカじゃねーの!?」と憤慨なさってましたが。あれは照れ隠しですね。分かります。
……ご理解していただけましたか? ミリア嬢は男の子に、せめてもと、自分を買ったのですよ。……この家から1週間に消えるのは、自分だけではないかもしれませんね。
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なるほど、な。全容は把握できた。どうしてミリアがクマちゃんを買ったのか……うんうん、泣ける話だなぁ。あいにくと流す涙は持ち合わせていないが。
むしろ、僕の顔から笑みが絶えることはない。この仮面はいつも、笑ってる。
「それじゃあクマちゃん。僕はもう帰らなければ。色々と教えてくれてありがとう」
『そんなお礼なんて……えっ、もう帰ってしまわれるのですか!? 自分は、自分はどうすれば!?』
「ミリアが出した対価は銀貨1枚。すなわち1週間。契約は守らなきゃな」
『ぬぉー! もう正義のヒーロー、クママンを演じるのはキツイですー!』
人形が何を言ってるんだか。
……そう、1週間。ミリアに突きつけられた現実はそれっぽっちしかない。しかし同時に、マスターが提示したのは契約というよりは約束。言葉で交わした口約束。紙の上ほどの強制力は、ないといえば無い。だからミリアがそんなの聞いてないと言えば、1度商品を渡したマスターは引き下がるしかないのだが……
果たして人間は、どうするのかな?
場合によっては、この僕が自ら、全てを滅茶苦茶にしてやろう。面白おかしく……怖ろしく。