ピンクのクマは、クマってる
◇◇◇◇◇
実際、この目線で。人形としての低い視線で見る世界は、かなり面白かったりする。ちょっとした塀なんかがあれば、普通の人形では絶望的だ。ネズミなんかと出会ってしまえば、逃げたくなるのも無理はない。
まあ僕やセカンドスターからすれば、この程度の塀は平気のへっちゃらで、ネズミなんかは出合頭に始末できる。途中で団体様のやさぐれ野良猫集団に出会ったが、しっかりと叩きのめしてやった。
そんなこんなで目指したミリア家は、意外とすぐに着いた。思えばセカンドスターとの戦いで、僕は確実に人形の動きを熟知した気がする。
「よいしょ……っと」
明かりは……まだある、か。
「ーーグルルゥ」
「ん?」
ふと、唸り声がして。隣を見ると、茶色の毛をフサフサさせてる犬がいた。その唸り声から分かるように、こちらを敵対視している。
ーー犬、というのは、時々こんな風に、上下関係をはっしりとしなければならない時があるらしい。
番犬としてはふさわしかったのだろうが、動物として僕に刃向かったのは……生き急ぎすぎだな。
「キャうん、キャうん」
「よーしよし、えーっと……ポルフっていうのか。よしポルフ、静かにしとけよ。っていうか寝てよし。お休み」
「ワンッ」
ちょくら痛い目みせて分からせた。するとどうだろう。こんなにも可愛らしいではないか。
ポルフにはポルフと書かれた犬小屋で大人しくしてもらい、窓からミリア家を覗き込む。ちょうど、こんな時間にもうっすらと明かりのついてる部屋だ。
中にいたのはミリアと、そしてーーベッドに横たわる弱々しい男の子。げっそりと痩せ細った顔を見て、僕は確信したーーもう、長くない、と。
ピンク色のクマも見つけた。ミリアが手で動かしながら、それに合わせて喋っている。
「ーークマさんは言いました。やいっ、弱いものいじめは僕が許さない、ぞ……ふぁわぁ……ん、えっと、そしてみんなを倒してめでたしめでたし」
「みんなを倒したらダメだろう」
「あ、えっと、悪い奴らを良い子にして仲直りさせました……ふわぁ」
「滅茶苦茶優秀だなクマさん。
っていうか、姉ちゃんはもう寝なって。寝不足は女の敵だぞ」
ミリアは男の子の言葉を聞いて、思い出したように自分の頬をグイッと伸ばした。目尻には痛みのせいで涙がたまってる。
「コーちゃんだって、寝てないじゃん」
「俺は朝も昼も寝たきりだからいいんだよ。寝たくても寝れないんだよ」
「コーちゃん……うん、私も全然大丈夫だよ……ふわわぁ」
「さっそく大丈夫じゃねーよ」
「……ん、もう、ここで寝る」
ミリアが寝ぼけ眼で男の子のベッドへ入ろうとする。男の子は顔を真っ赤にさせると、慌ててミリアをベッドの外へ追い出した。
この、おませさんめ。
「ばっか、そんな歳じゃねーだろ!」
「眠たいよぉ……」
「だから言ってんじゃん」
「……ここでいいよ」
「だからダメだっつーの! うつったりしたら、どーすんだよ! ほら、お休み!」
「ふわぁ……い」
ミリアは欠伸をしながら部屋から出て行く。……あの慌ただしいミリアの、新しい一面。これだから人間というのは面白い。
「ったく……」
残された男の子。口ではそんなことを言いながら、ミリアが部屋を出ると残念そうにしている。
この、おませさんめ。
……途端、静かになる部屋。男の子はしばらくして明かりを消した。
人形の目に明暗などほとんど関係ない。暗くなった部屋の中で、男の子はピンクのクマを抱きしめながら眠りについたのを、僕は見逃さなかった。
ーーさて……と
音を立てずに窓を開け、部屋の中へ侵入する。トコトコトコ。ポフンッとベットに飛び乗り、ピンクのクマに近づいた。
『こ、こんばんわスマイル様』
「よしよし。さっきぶりだなクマちゃん」
『はい。自分、1週間もスマイル様に会えないなんて、悲劇の極みです!』
嬉しい事を言ってくれるじゃないか。
実はこのクマちゃん、店内ではいつも僕の隣にいて、店の前を通る通行人をガラス越しに見ては愚痴を言っている。
「ところでクマちゃん、僕は今回、ただ会いに来たってわけじゃない。実を言うと君に、聞きたい事があってね」
『自分、何でも答えます!』