人形としての真価
◇◇◇◇◇
いきなりの宣戦布告。それも信頼すべきはずのセカンドスターからの言葉を、僕はちょーっとばかし理解できなかった。
『急展開! 急展開!』
『意味がわからないです?』
『お言葉が斜め上みだよ』
『人気は下降気味かな?』
『すげー!』
この桜スマイル、今だけはお前たちに同意しよう人形達よ。
「すまないセカンドスター。僕は天才だけど、お前の言葉は少しだけ遠回りすぎると思うんだ。もっと分かりやすく僕に伝え方がいいと思うぞ。うん」
「ですから。私を倒せば、スマイル様はそこの扉から外へと出ていただいても構いません。好きな所へ、好きなだけどうぞ」
「どうしてお前を倒さなくちゃならないんだ? いや、この際だからはっきり言おうセカンドスター。どうしてお前はそんなに倒されたいんだ?」
「ご冗談を。今日、初めて動いたばかりのスマイル様が、この私に勝てるとでも?」
耄碌してんのかこのジジイは。
「この僕に勝つつもりらしいな」
「いつでも、どうぞ」
余裕綽々の態度に、僕はすぐさま右ストレートをぶち込みたかったが、ここは冷静になるべきだと自分をなだめる。口ではああ言ったものの、このご老人は楽々と倒せる相手ではないだろう。向こうの言い分通り、僕もこの体を把握していないのが痛いところだ。
手始めに、足を前に出す。するとどうだろう。まるで蜘蛛の巣にでも引っかかったように体が重い。これは何も、魔法や術の類ではない。
ただの威圧!
研鑽された構えには、微塵の隙も存在しない。少しの油断で、僕の首が跳ね飛ぶ未来さえ見える。
「……くはっ」笑ってしまう。
それがどうした?
お前にできて僕に出来ないはずがない。隙がないなら作ればいい。油断が許されないのなら、そもそも油断をしなければいいだけの話じゃないか。
「面白い。実に面白いな! 面白い事は大好きだぞ。……だが、後悔しろよセカンドスター。この僕に刃向かうという事が何を意味するのか。その身をもって知れ」
達人は、ゼロからトップスピードに至るまで何の前動作もなく瞬間的に体を動かせるらしい。そしてそれは、人形である僕なら容易く可能だ。
しかし……だ。分かる。分かるぞ。僕の得意な事は欺く事。本来は達人をおちょくるような、悪戯めいた動きが大好きなんだ。
全ての闘いに通ずるもの。すなわち勝利。勝ちさえすれば、何をしたって構わない。
ーー動かす。足だけではなく、体全体を動かし、一瞬の内にセカンドスターの背後へまわり、そのままかかと落としを決めた。
相手もさるもの。こちらを見ずに腕で受け止める。ただ、それじゃあ甘いな。
僕の足は、人間のそれではない。かかと落としを決めた足首だけを動かし、すぐそばのこめかみを蹴る。威力自体は、かかと落としをさほど変わらない。
セカンドスターはギリギリの所で左手をクッション代わりに守れたが、向こうの壁まで吹っ飛ぶ。床には幾らかの部品が散らばった。左手は破損したらしいな。
「参ったと言えば許してやるぞ。僕も、マスターの作った人形には等しく愛を持っている。なるべくなら、その体を壊したくはない」
きっとあのご老人の事だ。自分の体くらい、自分で直せるのだろうけれど。
無駄だと思いながら降伏を促した。そしてそれは、無駄だった。
ーーヒュッ。と、鋭い音が飛んでくる。首を横に倒すと、それは後ろに通り過ぎた。
「……紙、か」
「厚紙でございます」
「っ……」
僕同様、素晴らしい動きを見せるセカンドスターの連撃。両手に厚紙を装備し、彼の前ではそれが凶器となりうる。
空気を斬り裂く音で分かる。それをくらってしまえば、腕の一本くらいは覚悟しなければなるまい。しかも意地悪なご老人は、厚紙を先ほどのように飛び道具として活用してくるものだからタチの悪い。意識の隙間隙間を縫って投げてくる、鉄すら切断してしまう厚紙手裏剣は恐ろしいの一言だ。
「いい武器だな。うん、しかもお手頃価格だろう。実にエコだ」
「このっ、歳になると、ゴミを、再利用したくなるのですよ」
「いい心がけだ、参考にしたい。
だが、実を言うと僕も便利な飛び道具を持っていてな。是非、その威力を知ってもらえればと思う」
……タイムラグ、ゼロコンマ2秒。セカンドスターが厚紙を投げ、次の厚紙を手にするまでの時間。
ーーここだ。
僕はポケットからそれを取り出し、セカンドスターに投げた。
「っ……」
セカンドスターは避けた。避けるしかなかった。そして、避けながらそれを見て驚いただろう。
飛び道具?
「ただのハンカチだよ」
フワリフワリ漂う白いハンカチを使って、セカンドスターから見えない位置でハンカチごと殴る。
上手く隠せたのだろう。もろにパンチを受けてしまったセカンドスターは、また遠くまで吹っ飛んだ。
んん? さっきより手応えがなかったのは、殴られる瞬間に後ろへ飛び退いて威力を少しでも減らしたからか。へぇー。ちょっとした技術では、僕も劣るかもしれない。
もちろん、そんなのすぐに追いついてやるけれど。
「そろそろ白旗をあげてくれるかな。もしも旗がないのなら、特別にこのハンカチを貸してやってもいいが」
さっきは大活躍だった白ハンカチを軽くはたく。あとで洗わなくては。
「ぐぅ……っ、いいでしょう。ご覧に見せます。私たち、人形の力を」
埃まみれのセカンドスターが、さながら自分の世界に浸る指揮者のように、両手をバッと掲げた。
何が起こるのだろう。少しワクワクしてしまう。
僕のそんな期待は、すぐに現れた。セカンドスターの両脇に立つ2体のぬいぐるみ、蜘蛛と蛇によって。
「どうしますかスマイル様。幾ら貴方でも、3対1では分が悪いでしょう」
それはどうだろうか。むしろ、いいハンデくらいになると思う。ただまあ、こうして面白いものを見せてくれたのだ。お返しはしたいな。
僕もある程度の原理は今しがた理解した。自分の体は動いているのではない。動かしている。念力のようなものによって、強制的に。ならば、自分以外の人形を動かせない道理はない。
考えてみるとひどくシンプルで、単純で、こういう時こそ自分の人形としての未熟さを感じる。まだまだ自分が思いつかないだけで、出来る事はたくさんありそうだ。
「……僕を見くびりすぎだ」
パチンと、指を鳴らしてあげた。雰囲気は大事だから。
ーーカタッ、カタカタッ、タッカタカタカタカタッ!カタッ! カタカタカタカカタカタ。ガザ方カタカタカタカタ!ゴソガサカタカタカタカタゴソ! カタタッ!
「どうするセカンドスター。幾らお前でも、ここにいる全ての人形を相手にするのは分が悪いだろ?」
バケットから顔を出す人形。棚に置かれた人形。カウンターに置かれた人形。全てがセカンドスターの方を向いていた。
『俺たち動いてる!』
『明日は照る!』
『やったるでー。バリバリだぜー』
『すげー』
勝手に体を動かされても呑気な奴らだ。
……蛇と蜘蛛は、自分を睨む対象の数に全てを諦めていた。節足動物の足が縋るように蛇へ絡みつき、蛇も細い体を必死に蜘蛛へ巻きつけている。
セカンドスターは……
「……参りました。まさかこれ程とは」
蛇と蜘蛛を元の位置に戻し、右手を差し出しながらこちらへ歩み寄ってくる。僕も全ての人形を座らせ、セカンドスターと仲直りの握手をした。
「人形歴はこちらの方が上なのですがね。全く、自信をなくしてしまいますよ」
「悪いな。こと人形に関してはどうしてか、僕は絶対に負ける気がしないんだ」
「……それもそうでしょう」
実際に、身体能力ではほぼ互角だったからな。スペックを抜きにして考えれば、僕もまだまだ努力が足りないという事か。
「それで、教えてくれよセカンドスター。どうして僕は君を倒さなくちゃいけなかったんだ?」
「……我々にとって、外はそれだけで危険ですからね。実際に好奇心旺盛な新参者が、次の日ゴミ捨て場で子猫の玩具になったりするのも珍しくはありませんから。
ただ、スマイル様にその心配は無用でした。そのお力、やはり上に立つにふさわしい存在です」
「当たり前だろう」
僕はマスターの、1番のお気に入りなのだから。そのくらいの存在でなければ、いっそこの身は自壊するべきだ。
「留守は頼んだぞセカンドスター」
「御意に」