桜の花びらをバックに、貴方は1人の少女と出会った
◇◇◇◇◇
貴女はまだ幼かった。貴女はその時一人ぼっちだった。
ーーずっとこのまま? どうして誰も助けてくれないの? どうしてみんな私を無視するの? お母さんとお父さんはどこ?
子供らしく取り留めのない感情ばかり生まれ、ただ泣いていた。
そこへーー
『どうしたんだい』
『ひっ』
いきなり知らない人に声をかけられた貴女は、失礼にも悲鳴をあげる。
その人は男の大人だった為、確かに驚くのも無理のない事かもしれないが。それに少し変わった服装だった事も、警戒心を強めるには十分だったのかも。
『おっと、怖がらせてすまなかったね。……ん、そうだ、これをやろう』
貴女が貰ったのは、まーるいお菓子。それは飴と呼ばれる甘いお菓子。
『……美味しい!』
飴の魅力に負けて、食べて、そして甘さの上に警戒心を解いた貴女。
子供はとても純粋だから。その時にはもう、すっかり機嫌が良くなり、泣いていた事さえ忘れていたのかもしれない。
『ははっ、そうだそうだ。笑顔でいよう。僕はそれが一番好きだ』
悲しみも辛いのも、そんな面倒くさいものはゴミに出してしまえばいい。
子供に聞かせるには少し難しい言葉を、貴方は言った。
『ところで、何故泣いていたんだい? そんなんじゃあ、可愛い顔が台無しだぞ。幸せだって逃げてしまう』
『……いやだぁ』
『おっと、だから泣くな。ほら、もう1つこれをやろう』
『アメ!』
貴方はチョロイと思った。
『……ま、あれか、大方親とはぐれてしまったんだろう。そう悲観する事でもない。僕が一緒に探してあげよう』
『ほんと? あなた、優しい! えらい!』
『ははー……今の僕は機嫌がいい。どれ、名前をまだ聞いていなかったな。僕はスマイル。人形師をやっている』
『私ミリア! 人形……って、それ?』
『ん? ああ、そうそう』
貴方は……マスターはポケットの中でじっとしていた私を取り出し、貴女……ミリアに見せた。
私を持つマスターの手は、とても優しげで……それでいて、心地よかった。
『これは、僕の最高傑作さ。どうだ、全てにおいて完璧だとは思わないか?』
『かわいい!』
『そう、可愛い』
『うつくしい!』
『ああこれは美しいとも』
『繊細なディティール?』
『難しい言葉を知ってるな……』
と、そこでマスターは思いついた。自分の信念を、少しでもこの純粋な少女に教えたくて、伝えたくて。
私を、見せびらかしたくて。
『ついてきてごらんミリア。いいものを見せてやろう』
『いいもの? いく!』
ミリアの将来を少し心配しながら、マスターは仲良く手をつないで歩いた。
五分とかからない内にそこへ着く。すぐ側では川が流れ、魚が跳ねて、それを見たミリアは興奮した。
もっとよく見てみようと、橋の手すりに駆け寄るミリア。すると、わぁーと年相応に泳ぐ魚を楽しむ少女の鼻の上に、花びらが乗る。
『くしゅっ……ん?』
ミリアは上を見上げた。そこで見た光景は、少女が見るにはあまりにも大きな存在。
空を埋め尽くすピンクの天を仰ぎ見て、ただ目を輝かせる事しかできなかった。無限とも思える数ほど、ひらりひらり、また花びらが散ってゆく。
マスターは意地悪が成功した子供のように、可愛らしい笑みを浮かべる。
『どうだ、これが僕の一番好きな花だ。風流があるだろーー桜には」
『うん、ふうりゅー!』
マスターは秒速2センチメートルに漂う桜の花びらを器用に手のひらへと乗せ、ふうっと息を吐く。再び空中へと投げ出されたそれは、どこまでも飛んでいきそうだった。……どこまでも……どこまでも……
『ーーこの人形は、桜・メリーゴールド。イメージは桜。モチーフはマリーゴールド家。清楚で可憐で、それでいて黄金の輝きを持つ……そんな願いを込めて作った』
マスターは私を持ち上げる。その時、どれだけ私がこの気持ちを伝えたかっただろうか。思いを叫びたかっただろうか。
でも私は……人形だったから。
桜の花びらをバックに、私は訪れるかも分からない貴方と、いつかの出会いを待ちわびた。
『……仲良しさん、だね』
『ん?』
ミリアは、私とマスターを見て、きっと家族を思い出した。でも、さっきみたいに泣きはしない。
マスターの前だからと、我慢したのだ。マスターが私を愛しんでくれるその様子を、汚したくはなかったのだ。
『ふむ……こんな言葉を聞いた事はないか。探し物を見つけるのは難しいが、探し者を見つけるのは、それよりずっと簡単だと』
『んー?』
『つまり、だ。お前を必死になって探しているであろう両親は、とても目立っているぞ』
聡いマスターは向こうを指指す。その先では、いそいそと動き回る2人の人。紛れもなく、ミリアの両親だった。
『お母さん! お父さん!』
『行ってやれ。それと、もしもこれから泣きたい時があれば、楽しい事を考えろ。それでもダメなら、僕の名を呼べばいい。駆けつけてやるぞ、どこにでも。……難しすぎたか?』
『ううん、分かった!』
『本当かなぁ……』
マスターは微笑む。その時初めて、子供が欲しいと思ったり思わなかったり。
だがそれは、叶わぬ願い。マスターの顔に影が差した。貴方らしくない、影だった。
今すぐにでも両親のもとへと駆けつけようとしていたミリアは、最後にマスターへ言った。
『私、貴方みたいに優しい人になる!』
『ははー……僕みたいなのってのは止めておけ。でもま、優しいっていうのはいいな。ああ、なれるさ、お前なら』
『うん、またね!』
マスターは手を振る。手を振って、ミリアが見えなくなるとすぐに踵を返した。私を抱くマスターの力が、少しだけ強くなり。
ふっと、力が抜けると、私は優しく元のポケットの位置まで戻された。
……その時呟いた言葉を、私は聞き逃さなかった。
『約束、守れないかもな』
私は胸が張り裂けそうだった。世界は理不尽にも、マスターに過酷な運命を背負わせる。
花は枯れゆく。それが運命。だから貴方は考えた。枯れない華を作ればいい。美しき華を作ればいい。
咲き誇る満開の笑みが好きな貴方は、とてもロマンチックで……それが、何たる皮肉だろう。人間のマスターは重い病気にかかっていた。枯れようとしていた。そして、私の次に作った人形を最後に、人形師を止めて床に伏す。だから、2度とミリアと出会う事はなかった。ミリアも貴方を、忘れていた。
ーーたくさんの人形に囲まれて、貴方はまるで眠るように死んでいく。いつの日か2度と目の覚めなくなってしまったのを、皆が信じられない思いで目を背けた。
絶望に打ちひしがれた私たちは、八つ当たりのように、当時起こっていた金の国の戦争に乱入して暴れまわった。
魂を取り込み、貴方と同じ、人の形へと昇華する。その為だけに。
……私だけは途中で、マスターの所へと戻り、貴方の大好きだった人形作りを始めた。貴方を再び蘇らせる事。その為だけに。
やがて、出来上がった貴方はまだ未完成。私が未熟だったから。でも、それなら待つ。ひたすら待つ。出来るだけ、貴方の為になるように手助けをする。
『セカンドスター、これを持って行きなさい。マスターにきっと必要な物』
『これは、あの少女の……御意に』
そもそも、人形だから。別に眠る必要はない。貴方がついに動き出した事に震える体を必死に抑えて、私はミリアの家の住所を伝えさせた。
……ミリア。貴女との再会が、まさかこんな事になるなんて。
それにしてもおかしい。貴方は人形ごっこに身を投じ、私は人間ごっこで化かしあい。これがマスターのいう、茶番劇、なのかな。
でも、もうそれも終わり。ついにこの日が、やってきた。
◇◇◇◇◇
時は、今に戻る。
「ーー行かれるので?」
セカンドスターが心配そうに声をかけてきた。私はドアノブから手を離し、セカンドスターと向き合う。
この人形は、私がまともに作り上げる事のできた第一作品。今まで色々、マスターの影で色々と働かせすぎた。そしてこれかも、それは続くのかもしれない。全てはマスターの行動次第。
「留守は任せたから、ね。私にもしもの事があれば、あとはよろしく。……姉さんにも一応、事情は話してあるから」
「……御意に」
「うん……行ってきます」




