リトル・リドル・ドールズ
◇◇◇◇◇
いてっ。こけた。
うーむ、まだ完璧にこの体を掌握しきれてはいないか。まあ、仕方がないと割り切ろう。僕は言わば生まれたばかりの赤ん坊。歩けるだけで十分ではないか。
とりあえず寝室を抜ける。桜スマイルはよく出来ているらしい。身体能力も問題なく、ジャンプをすれば自分の丈の2倍もあるドアノブに届き、ドアを開けるのにさほど苦労はしなかった。
ーートコトコトコ
小刻みに鳴る足音。中々どうして、自分で出している割には耳に心地よいではないか。
さて、最初に目指すは外。の、前に。もう一度ドアを開ける。
ここは仕事場。マスターが人形を作る、命の部屋。そこにある姿見で、自分の姿を確認した。
精巧に作られた手足。今となっては、人間には不可能な動きでさえ難なくこなす事ができる便利な体。服は、つかみ所のない不思議な形だ。はっきりと言えるのは、マントがあり、レザーグローブをつけ、シルクハットを被ってある。ポケットにハンカチも入っているのは、マスターの性格が表れている。
……そして、顔はーー無い。ん、無かったで済ませるのは間違いかもしれない。ただ、顔があるはずのそこには仮面がつけられている。三日月のように細い目と口。目にはイナズマが走ったようなマークがあり、この口は……なるほど……スマイル。
一言で示すならば、道化師。
マスターが自分の誕生日にどうしてこんな人形を作ったのか、僕は知らない。知る必要もないだろう。僕はマスターの為だけに動く、そこに、例外はない。
「さて……と」
やりたい事は済ませた。
次の扉を開ける。営業時間になるといつもここに僕は連れてこられる。その部屋は人形。人形。人形。人形、人形、人形人形人形人形………こんな夜中に、1人で来てしまった場合、ミリアではないが叫び声の1つでもあげてしまいそうだ。
昼もここは不気味だが、朧げな月明かりが照らすだけで、より一層恐怖を掻き立てる場となるらしい。
『スマイルだ。スマイルがきた』
『動いてるぞ〜』
『痛いよー』
『ほんとだ。すげー』
『今日の朝ごはんなんだろなー』
『美味しかったらいい』
『不味くても食べてみたい』
人形達の声がする。一般人には聞こえない、人形だからこそ伝わってくるシンパシー。表情1つ変えないとはいえ、されど表情豊かな奴ら。
実は、客が物色している時など、言いたい放題の彼らなのだ。
「うるさいぞお前達」
『すんません!』
『ほら怒られた』
『怖いなぁ』
『すげー』
うん、意思の疎通は難しい。それと、序列はやはりこちらが高いのだろう。マスターに気に入られている、それが僕らのステータスみたいなものだ。
実はこうして喋るのは初めてで、少しばかり緊張している事を、僕は否定しない。
「誰か、動ける奴はいるか!」
『いる?』
『いるいる』
『あっちだよな』
『こっちかも』
『セカンドが適任かと』
『すげー』
情報の取捨選択が凄まじい……役に立ったものといえば、セカンド?
「私の事でしょう。スマイル様」
「っ……」
他とは一線を引いた存在。しかも、俺と同じく、ちゃんと喋っている。
声のする方向を向く。それは影からやってきた。白髪のオールバックに、燕尾服。背筋はピンっと立っており、前後左右、どこからどう見ても紳士なご老人だ。老いというのも変な言い方なので、年季があると付け加えよう。
「お前は?」
「私は名をセカンドスター。桜・マリーゴールド様が初めてお造りになられた人形です」
「ならば僕の先輩か」
「ご冗談を。私どもが敬うべき存在はスマイル様、貴方です」
「それは……マスターよりもか」
「……」
「失礼。狡い言葉だったな」
「すみません」
他の人形達はアホで、僕はそれも結構好きだが。このセカンドスターは優秀そうで頼りになりそうだ。
「スマイル様。これを」
セカンドスターは紙を渡してきた。
「何だこれは?」
「ミリア様のご自宅です」
「……よく知ってるんだな」
「老いぼれの特権ですな」
早速その優秀っぷりを見せてくれたセカンドスター。紙をもう一度よく見てみると、うん、分かりやすい。字もうまいな。少し女らしさを感じるが。
「セカンドスター、これを渡すということは僕のすべき事を理解してくれているのだろう。ならば他にアドバイスはないか? 参考にしたい」
「そうですね……」
セカンドスターは考える素振りを見せ、わざとらしい態度でポンっと手を叩くと、とても嫌らしい笑みを浮かべながらーーどういう事か、臨戦態勢をとった。
「そこまでミリア様のご自宅に行きたければ、この私、セカンドスターを倒してからにしていただきたい」
何故バトル展開!?