頑張れ、ミリア!
◇◇◇◇◇
「あ……ぁ」
「大丈夫ですか!?」
良かった。悲鳴をあげたであろうその貴婦人は、多分どこも怪我をしていません。
路地裏を進み壁を曲がった所にいたその人の元へ、私は急いで駆け寄りーー途中で、気づきました。
どうして、貴女はそんなに怯えているのでしょう? 何を見ているのでしょう?
好奇心? いえ、つい。私はつい、そちらを見てしまいました。
ーー野太い男性の首元を、今まさにへし折ろうとするその姿。シルクハットをかぶり、まるで演劇でも使うようなマントを羽織ったその姿を。
ポキっ。
私が木の枝を折るみたいに、その人は、男性の首を折ってしまいました。血の気が引いて顔が真っ青だった男性は、苦しみから解放されたのです。首がナメクジのようにくにゃりと倒れます。
「ひっ」
思わず、口元を手で押さえて、今はそんな時ではないと、再び倒れた女性の元へ駆け寄りました。
「逃げ、逃げましょう、今のうちに」
「え、えっと……ええ……えぇ」
私は女性の手を繋ぎます。そして、今来た道を戻ろうとしましたが、ぐんっとーー引っ張れたような気がしました。
女性が、動いていなかったのです。
「逃げましょう、早く、早く」
「ダメ……腰に、力が……」
「そんなっ」
私だって、足が震えているのに。人を1人背負うなんて、とてもじゃありませんが、無理です。
「あ、貴女だけでも逃げて頂戴」
女性は、涙をこぼしながらそう言います。私は首を横に振りました。そうする事しかできずに、また、女性と同じ言葉を繰り返すだけで、時間だけが過ぎていきました。
そうです。時間は、待ってくれないのです。ドサッと、息の絶えた男を地面に落として、殺人鬼は億劫そうに手を払うと、ゆっくりこちらを向きました。
1秒が1分。1分が1時間にも感じられる、そんな瞬間に私は見てしまいました。殺人鬼と恐れられる、その顔を。
……いえ、「顔」と呼ぶには、少々過ぎた物言いで、正確には「仮面」。
「桜スマイルさん?」
「っ……」
仮面の内側から、言葉にならぬ言葉を聞いた気がしました。
でも、そうなんです。大きさこそ違えども、よく見ればその格好でさえ、メリーさんの大事な人形なのです。
ーーあれ……でも
同時に、何かが違うと思いました。私は私の出した答えに、疑問を覚えました。
「我、は、僕は……ぐっ!」
「あっ、待って!」
軽々と家を飛び越え、闇に紛れた桜スマイルさんに、私の声は届かなかったみたいです。
……一体、何がどうなっているのでしょう。混乱する頭。唯一はっきりとした思考は、リトル・リドル・ドールズ。
絶対にあそこへ行かなければならないと、私は決心しました。
〜〜〜〜〜
「もう大丈夫だ」
あれからすぐに、駆けつけてくれた衛兵さんたちに保護され、私ともう1人の女性は家まで送り届けられます。
年上ということもあり、私よりその女性の方がよく質問をされていました。後日、詳しく事情聴取? をするらしいですけど、私は黙って、ずっとあの姿を頭に浮かべます。
シルクハット。マント。そして……桜? 目の前をひらひらと桜の花びらが横切りました。桜の季節には、まだ早いと思うんだけど。
「ーーでは、貴女がその男性に襲われようとした所に、現れたのですね」
「ええ、目の前で、その男は……」
「なるほどー! でもあれっすね。死んで万々歳な男で良かったイテッ!」
「馬鹿。滅多なことを言うな!
ーーそれでは、最後にもう1つだけ伺いたいのですが、殺人鬼の顔。もしくは特徴的な格好か何かは……?」
「……ごめんなさいね。真っ暗で、影のあるところでしたから。顔も何も、詳しい物は見えませんでしたの」
……え?
2人の衛兵さんが歯ぎしりをする中、女性は私にウィンクをしました。その訳を知る前に、私の名を呼ぶ声がします。
「ミリア!」
気づけば、私の家の近くでした。それでもまだ結構離れているけど、お母さんが必死になってこちらへ走っています。
少しだけ、泣きそうになりました。
「もう大丈夫っすね。これからは早めに帰るんだぞ〜」
「私たちは、全力をかけて殺人鬼を探し出しますので」
ここまで見送ってくれたお二人に頭を下げます。そして、早くお母さんのところへ行こうとした私の背中に、女性は確かに言いました。
「強く生きるのよ」
後ろを向いても、既に3人はどこかへ行ってしまっています。きっと、今度は女性の家まで送り届けてくれるのでしょう。
……強く? 私が、強く生きる?
私にそんな事が出来るかはともかく、なら、出来ることをしようと思いました。
因みにこの後、こっぴどくお母さんに叱られました。とほほ。




