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華の人形 ー緑の国 外伝ー  作者: watausagi
序章 桜・メリーゴールド
2/35

一歩一歩、前に進もう

◇◇◇◇◇


 努力をするに差し当り、まず僕がすべき事といえば。誰もかれもが出来て当たり前の、さしずめ生き物の前提条件。


ーー歩く事。


 まずは、それだろう。

 

 ……いや、違うな。どうやら僕は、動かす事から始めなければいけないらしい。改めて自分の状態を再確認すると、指先1つ動かなかった。


 マジか。


 いやいや、そう悲観する事でもないな。この僕が全力を出せばこの通りーーハハッ、どうだ。人差し指がピクリと動いたじゃあないか。


 ……風に揺られただけであった。

 ん? 風?


「お、おじゃましまぁ〜す」


 恐る恐ると言った感じに店の中へ入ってきたのは、マスターと同い年か、もしくはそれ以下の女の子。

 この人形だらけの空間に、圧倒されているようだ。萎縮ともいっていい。


「ようこそ、リトル・(小さく)リドル・(謎めいた)ドールズ(人形達)へ。今日は、1人で来たの?」


 こ、これはマスターの声。くそっここからじゃ見えない! 一体誰だこんな入り口近くに僕を置いたのは!

 マスターでしたねすいません!


「は、はい。今日は私、1人で来ました!」

「そう。店内ではお静かに、ね」

「あわわっ、すみません……」


 完全に店の雰囲気に呑まれた少女に、マスターは深呼吸をお勧めした。流石マスター。何たるご慧眼。

 言われた通りに大きく息を吸ったり吐いたりした少女は、ようやく落ち着きを取り戻した。それでも周りの人形達を怖れる視線は変わらない。


 ……場違いだな、と思った。


 この店に来る人間は、多くが貴族や一部の富裕層。人形といえど安くはないのだし、よほどの余裕がなければ指を咥えて鑑賞するしかない。

 貴族なんかはプライドが高いのだろう。内心の怯えを見せずに、店内を「ふむふむ」頷きながら人形を手に取る。そういう意味でも、この慌ただしい少女は場違いなのだ。


 というか、見えない。マスターが見えない。動けぇー! あ、指が動いたかも!


「あの、その、実はですね。今日は人形師さんにお願いがあって、来たんです。すいません」

「謝られても、私には貴女が何をお願いしに来たのか分からないけれど」

「す、すいません」

「……自己紹介をしましょうか。私はメリー。ミ……貴女の名前は?」

「ミリアと言います!」

「そう。いい名前ね。……私の次に」

「はい?」

「ううん、何でも」


 変に自信のあるマスター。最高。


「それで、お願いというのは?」

「あ、はい……迷惑なのは分かっているんです。私、お人形が欲しいんです」

「欲しい。というのは、つまり……」

「……お金、ちょっとだけです」


 ミリアという女の子は、ポケットから銀貨1つを取り出した。

 確かに、少なすぎる。どの人形が欲しいのか知らないが、銀貨1枚では話にならない。その5倍でようやく、この店の1番小さな小指サイズの人形が買えるくらいだ。


 例えマスターが聖母の様に優しかろうが、お金が無ければ人形が作れない。おいそれと頷けるお願いではないな。


「その銀貨は、どうしたの?」

「えっと、私の全部です」

「そう。そこまでして欲しい物があるのね。一応聞いてみるけど、何が欲しいの?」

「それは……」


 ミリアが見たのは……僕? いやいや、まさか。しかしどうだろう。ミリアは着実に僕へと近づいているではないか。

 い、いくら僕の出来栄えが凄かろうと、この身はマスターのもので……残念だね。嬉しいのは嬉しいけど君の期待には応えられないーー


「この、クマさんが欲しいんです」


 ミリアが手に取ったのは、僕の隣にいたピンク色のクマであった。


 ……そっか。良かった。


「良かった……うん、ミリアちゃん。そのクマでいいの?」

「……いいんですか?」


 ミリアは自分でお願いをしたくせに、申し訳なさそうに聞いた。


「ーー金貨1枚と銀貨2枚」


 マスターは言った。


「その、人形というよりはクマだけど。売り物というよりは飾りだけど。妥当な値段をつけるなら、そのくらいかな」

「……そうですか」


 ミリアはゆっくりとクマを元の位置に戻そうして。しかしマスターの言葉はまだ終わっていなかった。


「1週間、という期限付きなら。特別に銀貨1枚でもいいよ」

「えっ……ほ、本当ですか!?」

「うん。ちゃんと返してよ?」

「はい! 絶対に!」


◇◇◇◇◇


 マスターは優しすぎる。

大体、ミリアの言葉に嘘がないとは限らないではないか。1週間経っても返ってこなかったら? よしんば返ってきたとして、傷や汚れでもついていたら大きな損害だ。


「不満なの?」


 心臓がドキッと跳ねた。いや、僕には跳ねる心臓も流れる血も存在しないけど。


 動かせない体ではあるが、どうにかして視界の中にマスターの顔を捉える。

 マスターはこちらを見つめていた。蒼の双眸が僕の心を探るように。黄金の髪は僕の体をくすぐる。


 ってか、パジャマ姿のマスター可愛すぎる! ほのかに膨らんだ胸とか。破壊力ありすぎてびっくりするわ。

 ……何より、その容姿。整いすぎたシンメトリーの顔は、100人が100人こう答えるだろう。


ーーまるで、人形のようだと。


「私、間違ってたかなぁ」


 マスターは大きな欠伸をする。その全てが絵になるのだから、美少女というのは困りものである。


 

 ……しばらくしてマスターは目を閉じ、動かなくなった。時は深夜の12時。いつもと同じだ。マスターはこれから、朝の6時まで起きることはない。


 ーーピクリと、僕の指は動く。念じればいいのだ。巡り巡る糸が自分の体に流れていると仮定して、こうーー手を。足を。動かす。

 生まれたての子鹿よろしく弱々しく、何より作り物のように不気味な動きだが、僕は確かに今、自分の足で立っている。


「ぁ……あ」


 どうやら喋れるようだ。どういう仕組みかは知らないが、色々と便利なので良しとしよう。これもマスターの素晴らしさだと思えば納得ができるというもの。


(ご安心を。この桜スマイルが、貴女の代わりに事を成しましょう……お休みなさい……桜・メリーゴールド)


 マスターの優しさは、僕の厳しさで埋めよう。間違っていれば正せばいい。その役割は、僕がやればいい。


 全ては、マスターの為に。

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