闇夜に浮かぶ赤い月-3-
---皐月Side---
「ごめんな、華。 こうするしかなかったんだよ……」
俺の手には今、ナイフが突き刺さり果汁が滴り落ちる林檎がある。 その林檎には、『新嶋華』と言う文字が彫られている。 ……いや、正確には俺が彫った。
華は今、真っ赤に染まっている。 心臓があるあたりから滴り落ちる血は、俺が今手に持っている林檎の果汁を思わせた。
「これでよかったんだよな、咲楽……」
咲楽が殺された6年前。 その日、その現場に、俺はいた。 偶然遭遇してしまったのだ。
俺は通学路で華と一緒に話している咲楽を見つけてうれしくなって、声をかけようとしたんだ。 けどそこの雰囲気から感じたのは、鈍感な俺にもわかるくらいの重く暗い雰囲気だった。 これは行くべきではないと察した俺は、塀の陰に隠れた。
「華、大事な話ってなあに?」
咲楽はいつもの笑顔で、華に問いかける。
「お姉ちゃんにずっと伝えたかったことがあってね」
そこから先は、華が小声で話し始めたからよく聞き取れなかった。 ただ、華が話し終えた瞬間、咲楽がものすごく青ざめた表情をしているのは見て取れた。
そして次の瞬間----------咲楽は突然血を流し、その場に倒れこんだ。
「さく------っ!!」
咲楽の名前を叫びたかった。 今すぐ駆け寄りたかった。 けど、華の行動を見て俺の足は止まった。
倒れた咲楽に華が寄った。 と思ったら、今度は血しぶきが上がった。 ぐちゃぐちゃと、気持ちの悪い音がたつ。
「うっ……」
あまりにもグロテスクな光景に、思わず嘔吐しそうになる。 ナニガオコッテイルノカワカラナイ。 目の前のアレは……華なのか? 本当に?
だって華はいつも咲楽のことを心から慕っていて、いつもくっついていた。 それは俺が嫉妬を覚えるくらいだった。 それだけ2人は仲が良かった。 そのはずだ……。
そうこうしているうちに時は過ぎていき、俺がもう一度様子を見ようと塀の陰から顔をのぞかせようとした時だった。
----------ブチブチブチッ
何かが引きちぎれるような音がした。 華は引きちぎったソレを見て、ニヤリと笑っている。
ソレからは紅が滴り落ち、そのせいでソレは少し輝きを放っていた。
まるで宝石……そんな魅力さえ感じてしまった。 しかし、俺が魅力を感じたソレは、咲楽の心臓だった。
「……そこにいるんでしょ、皐月君?」
「っ!」
我に返ると、華はこちらのほうを向いていた。 まずい、ばれたか。 けど俺は覚悟を決めて、華のもとに行った。
「華、なんでこんなことをしたんだよ……説明してくれないか」
怒りを通り越した怒りが、俺の精神を支配する。 華の答えによっては一線を越えてしまいそうで怖い。 けど、真実を知りたい。
「……だったから」
「え?」
「だから」
華は大きく深呼吸をすると、こう答えた。
「お姉ちゃんが邪魔だったから」
「はぁ!?」
俺は返り血で染まった華の胸ぐらをつかんだ。 それにもかかわらず華はまだにやにやと笑い、こう続けた。
「お姉ちゃんは人気者で、頭がよくて、運動神経もいい。 それに比べて、私は何もない。 親戚や先生や親にずっと言われ続けてきたの、『咲楽はいいのにどうして華は……』って。」
ヤメロ。
「次第に私は、そんなお姉ちゃんが憎くなった。 殺したいくらいに。」
それ以上言ったら、俺は一線を越えてしまう。
「だからこうやって殺した。 皐月君は知ってるかな、林檎で人を殺す男の都市伝説。 あれは自分の命が代償なんだけど、こうやって心臓をあげれば少し生き延びれるって」
「うああああああああああああっ!!」
……気がつけば、俺は近くにあった棒で華を殴っていた。 華はそのまま気を失った。
俺は怖くて逃げた。 走ってきた道がわからないくらいに、無我夢中で逃げた。 そして、あの記憶は俺の中にずっとしまっておいたんだ……。
自分でもどうしてすぐ誰かに話さなかったのかがわからない。 ただわかったことは、俺は無力で、愛する咲楽を守れなかったことだけ。 後悔だけが俺の脳内を支配する。 なぜあの時飛び出してでも咲楽を助けなかったのか? なぜ咲楽が青ざめたときに異変に気付かなかったのか? そもそも、どうして華がああ思っていたことに気付かなかったのか?
「馬鹿だな、俺……」
暗い部屋で一人、笑って見せた。
今思えば、俺はあの時からくるっていたのかもしれない。 その日から数日経って、後悔の次に俺の脳内を支配し始めたのが華に対する『憎しみ』だった。 だからこそ俺はずっと華のそばにいたんだ。 そのために、華が通おうとしている高校まで友人から聞いたりした。
全ては、今日のため。 何も知らずに死ぬのが一番残酷だから。 華があの都市伝説の話題を振ってきたらボロを出したふりをして、おびき出すように仕組んだんだ。 そのまま何も知らずに地獄に落ちて、永遠に自問しているといい。 これが、咲楽を殺した代償だ。
「だがしかし、貴様も同類だ」
そう言って、突然俺の後ろに現れたのは、あの男だった。 たしか……××と言ったか。
「同類? どういうことだよ」
俺は××に問う。 ××はにやりと笑って、俺に言った。
「では逆に問うが、なぜ貴様は心臓を取り出している」
「え……?」
ふと、俺の左手にずしりと重いものがあることに気が付いた。 それは紅く輝きを放つ林檎……いや、心臓。 まさかと思い足元を見てみれば……ぐちゃぐちゃになった華。
「うわああああああああああっ!!」
怖くなった俺は、その心臓を落としてしまった。 その心臓はベシャっと音を立てて原型をなくす。
「なんで……なんで俺がッ!!」
本当は、華を殺したら俺も死ぬつもりだった。 復讐を果たせたら俺が生きる意味はなくなるから、死ぬつもりだったのに……どうして俺は生き延びようとしているんだ?
「そんなの簡単だろう。 貴様は貴様の都合に合うように行動した、それまでだ。 6年前も、今もな」
「っ!!」
××は俺の心を見透かしたかのように囁く。 いや、見透かしたんだ。
俺自身も、記憶をすり替えていたのか。 あの時出て行かなかったのも、本当に危険だったからとかじゃなくて、殺されたくなかったから。 誰にもあの事実を言わなかったのは、面倒なことに巻き込まれたくなかったから。 今心臓を持っているのは、生き延びたいから。
「だが、遅かったようだな」
その声が、俺が聞いた最後の声だった。 ぼやける視界の中で見えた華の笑みは、きっと俺の幻覚なのかな……。
---華Side---
「お姉ちゃんにずっと伝えたかったことがあってね」
「ん?なあに?」
お姉ちゃん、私が大好きで、憎いと思っているお姉ちゃん。
「私、お姉ちゃんが憎い。 だけど大好き」
私はおうし座。 お姉ちゃんの神様。
「華? 何言って……」
「だから私がこれ以上お姉ちゃんのせいでみじめになる前に、私がお姉ちゃんを完全に憎む前に……」
神様は、自由にその人の人生を操れる。
「……死んで」
だから私は、お姉ちゃんに制裁を下したんだ……。
---NO Side---
「……人っていうのは、都合のいいように生きるように設計されてるようだ」
静かで、暗くて、けど紅く染まりすぎたその部屋で、男は一人たたずむ。
「代償の貴様らの命は、確かに頂いた。 どれだけ都合のいいように行動しようとも、それが絶対適うとは限らない……」
男がにやりと笑った瞬間、風で広がるカーテンが男を覆い隠す。 カーテンが狭まった時には、既に男の姿はなかった。
空には、紅く光る月が浮かぶ。 しかも今宵は満月だ。
その姿は、まるで------------。
闇夜に浮かぶ赤い月-END-