第57話「長老のおそば屋さん」
長老、すごく強いんです。
それに近付くと酒くさいんですよ。
も、もしかしてあれはTVで見た「酔拳」?
わたし、改めて長老とバトル。
乙女心を踏みにじりやがってーっ!
わたしとポン太くんで台車を押しておそば屋さん。
お店のドアには「準備中」。
お昼ちょっと前だから、まだオープンしてないんですね。
「!!」
わたし、何度もこのおそば屋さんの前を見てます。
でも、近くでじっくり見たのは初めて。
入り口入ってすぐに「アレ」がいたんです。
そう、学校のおそば屋さんの前にいた「焼き物」が!
「ポン姉はこっちは初めてですよね?」
「う、うん……そだね」
わたし、ポン太くんと一緒に台車を押しながら、タヌキの焼き物の前を通過します。
お店の隅の売り場にお醤油やお味噌を並べながら、
「ね、ポン太くん、あのタヌキの焼き物は?」
「う……」
「ねぇ、あれは?」
って、薄暗い店内から、長老が現れます。
「あのタヌキは……マスコット」
「長老……わたしが聞きたいのはそうじゃなくて、どこから持って来ましたか?」
「うむ、山の中にあったのじゃ」
「山の中の小学校の前にあったんじゃないですか?」
わたしと長老の視線が火花を散らします。
「ね、ポン太くん、わたし、長老とお話あるから、外してくれる?」
「は、はい……」
って、ポン太くん素直に外してくれると思ったら、わたしの袖を引っ張って小声で、
『ポン姉……』
『なになに?』
『長老強いの、覚えてますよね?』
『今なら勝てるような気がします』
「ポン姉っ!」
「はいはい、声、大きくなってますよ」
「ケンカはダメですよ~」
「わかってます」
わたし、ポン太くんをにらんでから、店の外に追い出します。
さて、二人きりになりました。
わたし、焼き物のタヌキの前に立って、
「長老さん、これ、盗んできましたね?」
「違う」
「なにが違うですか、これ、学校にあったヤツです!」
「いーや、山の中じゃ」
そりゃ、山の中の学校ですから「山の中」なんですけどね。
「長老がこれを盗んだりするから、わたしお外でお休みになったんですよ!」
「盗んではおらん!」
「じゃ、なんですか?」
ふん、証拠がここにあるのに盗んでないなんて言ってもムダです。
わたし、ダッシュで間合いを詰めます。
またテキトーな事言ったらぶん殴ってやる……つもり……だったけど……
「くさいっ!」
「良い香りであろう」
「ひ、昼間っからお酒飲んでますね~!」
「浮世に酒でもやっておらんと、やってられん」
「く~さ~い~」
もう、一気に間合いを取るために離れます。
長老カウンターから酒瓶出してコップに注ぎながら、
「あれは、ポンちゃんを救出に向かった時じゃった」
「……」
「私はTVで事前に情報を収集して、あの村に潜入した」
事前に情報収集って絶対「見ただけ」ですよね。
「月の綺麗な晩でした」
それ、わたしも覚えてます、青い月がぽっかり浮かんでました。
「私はそんな闇の中でポンちゃんを発見したわけです」
ああ、もう、拳固まってます。
肩もプルプル震えてますよ。
ついさっき、大豆の袋を運んで肩も出来上がってます。
「長老……それでわたしをさらったつもりが、焼き物タヌキだったと?」
「違う」
「違うって、現にあそこにあるじゃないですかっ!」
「違う……焼き物なんかじゃない……」
「なにを……」
「あれは焼き物に見えてコンクリート!」
そ、そっちなんですね。
「どっちにしても、わたしのつもりで間違って持ってきたんですよね」
「その通り」
わたしの・こころ
なにかが・はじけた
おとめごころの・プライドを
のんだくれじじいが・ぶちこわし
「ポン姉、ポン姉!」
「はっ!」
「ポン姉、大丈夫?」
「ぽぽぽポン吉くん……えっと……落丁? 乱丁? 誤植?」
「ポン姉、しっかりっ!」
ポン吉くん、わたしを揺すりまくり。
体を起こして見回せば茶の間みたい。
確かおそば屋さんにいたのでは?
「ポン姉、長老と戦って負けちゃったんだよ」
「え!」
「あんなに長老とケンカしたらダメって言ったのに」
「わ、わたし、ケンカした記憶さえないんだけど」
「ボク、心配だったから、ずっと見てたんです」
「そ、そうなんだ……」
「ポン姉、一瞬でやられてしまって……ボクびっくりしました」
「か、介抱してくれたんだ……ありがとう」
「長老は強いから、もう、絶対ケンカしないでください」
「た、確かに長老、激強ですね」
わたし、コンちゃんと戦っても簡単に負けないのに。
長老を激破するには、わたしも修行しないとダメですね。
「でもね、ポン太くん」
「なんです、ポン姉」
「わたし、ケンカはしないけど、長老のところにもう一度行く」
「え……でも……」
「本当にケンカはしないから……だから」
って、本当にケンカをするつもりはないんです。
でも、長老に「アレ」をどうやって運んだかを聞かないと。
あの焼き物タヌキ、すごく重いんです。
運び方を聞く……ついでにうまいこと、パン屋さんへの帰り方も探るんだから。
薄暗いお店のカウンターに長老います。
お酒クサイから接近はしません。
いきなりやられるのもなんですしね。
「長老……さっきはよくもやってくれましたね!」
「ポンちゃんでは私に勝てません」
「悔しいけど、そのようですね」
「何でまた来ましたか? 再戦しますか?」
「いいえ……あの焼き物のタヌキは……」
「いいでしょう、確かにあれは盗んだものです」
「こ、今回はあっさり認めますね」
「またケンカになっても……ポン太が心配しますから」
まぁ、早速本題に入りましょう。
「あの焼き物、すごく重いでしょう、どうやって運んだんですか!」
って、長老、カウンターから出てきました。
わたしの方に来ます。
ま、まさか、わたしの気持ちを読んだのかもしれません。
帰り方を探るの、いきなり失敗?
「よっ……と!」
長老、焼き物タヌキを一気に持ち上げました。
そのまま相撲でもとっているみたいに移動。
あ、引き戸閉まってます。
って、簡単に足で開けちゃいました。
焼き物タヌキ、店先に設置完了。
「まぁ、これくらいの重さなら運べます」
「す、すご……力持ち」
わたし、ポカンとしちゃいます。
いかんイカン、本題忘れるところでした。
「ど、どーやって村から運んだんですか!」
「車で」
「え……車、運転できるんですか?」
「まぁ」
なんか帰り方探るどころじゃなかったです。
目の細い配達人……
重い焼き物タヌキ……
きっと村は近くって思っていたのに……
「ポンちゃん」
「はい?」
「パン屋では元気に働いていましたね」
「はい……それが?」
「ここで働いてみませんか? 気が紛れるかもしれません」
って、表からポン太くんがいきなり入ってきました。
「ポン姉、一緒に働きましょう!」
「そ、そうですね……働いている方が、気が紛れそうですね」
でもでも、わたし、まだあきらめてないんだから。
そう、あの目の細い配達人がまた来るんです。
今度来た時、パン屋さんに一緒に連れて行ってもらうんだから。
「ポン姉、すごいすごーい!」
今日はポン太、ポン吉と一緒にお風呂です。
もう二回目だから五右衛門風呂もへっちゃら。
「ふふ、見直しましたか」
「ポン姉、お店で大活躍!」
「わたし、パン屋さんでも大活躍だったんだから」
ふふ、そう、わたし、大活躍だったんです。
おそばの丼をテーブルに運ぶの、最初は慣れないで大変でした。
でも、パン屋さんでもレジに立ちっぱなしじゃなかったんですよ。
お客さんがイートインしたらお茶くらい出してたし、パンも追加で置きにいけば、トレイやトングを置きに行く事だってあるんです。
もう、一時間もしたら、わたしはお店の中でダンスを踊っているかのような身のこなし。
なんでしょう、パン屋さんで働き出した時の事、思い出しちゃいました。
お客さんがおいしそうに食べているところは、やっぱり見てて楽しいし嬉しいです。
なんだか、ここも、居心地いいかも……なんて「ちょっと」思ったり。
わたし、ポン太の背中を流し終えると、五右衛門風呂に入れちゃいます。
今度は浸かっていたポン吉を出して、背中を流すとしましょう。
「ポン姉……」
「?」
うん、なんだかポン吉、ちょっと怒った顔してます。
「ポン姉……」
「なになに、どうしたの?」
「オレと遊んでよー!」
「え?」
「お店なんかつまんねーよ」
「……」
ああ、そう、ポン吉の相手、全然していないような気がします。
「なんでポン吉はお手伝いしないんですか?」
「だってー!」
ポン吉、わたしの手を握って放してくれません。
これじゃ洗えませんよ。
「ポン吉もお手伝いしたらいいのに……」
「ポン姉のバカ……」
ああ、なんかポン吉、シュンとしてます。
釣りの時の元気とか、どっかいってますね。
お風呂でわかりにくいけど、泣いてませんか?
って、ポン太くんが肩を叩きます。
なにかな?
目で語ってきましたよ。
『あのあの……』
『どうしたんです?』
『今日、お店でボク、レジでしたよね?』
ですです、それがどうしたんでしょう?
『ボクがレジで、ポン姉が接客配膳』
『でしたね』
『ポン吉、配膳なんてできません』
『え、なんで?』
『ボクもだけど、身長が』
ああ、なるほど、確かにおそば屋さんで丼を運ぶには低いですよ。
『ついついポン太くんがお手伝いしてるから……』
『それにポン吉はあんまり向いてないし』
それが一番な気がします、ええ。
わたし、手桶にお湯を汲んで、ポン吉の頭にザバーっ。
これで涙も流れちゃったでしょう。
「うわ、なにすんだバカ!」
「えへへ、今日はしっかり働いたから、明日はごはんのおかず、釣りにいきますよ」
「え、本当!」
「本当ほんとう、だからもっと別の所に連れてってください」
「ポン姉、今度はうなぎとかエビはどう?」
「いいですねポン吉たのみましたよ~」
「おまかせだいっ!」
ポン吉、すごく元気になりました。
よかったよかった。
でも、お風呂のポン太くんがシュンってなっちゃいます。
「ポン太くん、お弁当頼みますよ~」
「!!」
「ポン太くんのおにぎり、最高です」
「はい、たくさん作っておきますね」
ふふ、ポン太くんも笑顔復活。
わたしも例の配達人を当てにしないで、この辺を調べたいしですね。
毎日楽しく過ごしてきたけど……
でもでも、いよいよ我慢できなくなりました。
朝ごはんでついついため息です。
「ポン姉、どうかしたのかよ!」
「うん……」