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物語シリーズ

奇跡の物語

作者: 瀧音

誰でも一度は聞いたことのあるような王道ファンタジーな物語。

悪い魔王にさらわれたお姫様を助けるために、国一番の騎士が勇者となって旅をする、そんな物語。

もちろん最後は魔王を倒し、勇者とお姫様は結ばれハッピーエンド。


しかし、最近ではそうでない物語もたくさん存在する。


たとえば、国一番の騎士、ではなくてその世界ならどこにでもいるような村人の少年が突然勇者に任命されたり。男でなく、女、それも少女が身に余る力を得てしまうこともあったり。はたまた元奴隷がなし崩し的に勇者をやるはめになったり、というように主人公がきれいな人ばかりではないものもある。


もっと変化球では、実は魔王は悪い魔王ではなく、人間が一方的に嫌悪しているだけのものもある。そんな中で魔王は勇者を説得しようと奮闘したり、むしろ魔王と勇者が顔を合わせた瞬間から本当の物語が始まることも。


ひねくれた物語は、ハッピーエンドにならなかったりする。


しかし、それらはその物語の筋書通りなのだ。勇者が道半ばに倒れてしまっても、魔王を倒せなくても、ハッピーエンドにならなくても、物語がそうならばそうなるしかないのだ。たとえ多少の誤差があったとしても、少なくともその物語から乖離することはない。それが当たり前なのだ。


そして、当たり前から外れてしまったものは、誰かが修正しなくてはいけない。





日本から異世界に召喚された少年、キョウヤは焦っていた。

もちろんわけのわからないところに召喚されるのは焦る、というか困るがさすがにそれから2年たって気持ちの整理ができていなかったら何らかの心の病を疑ったほうがいいだろう。むしろキョウヤはすでにこの世界になじんでいた。

だから困るのではなく、焦っていた。


この世界で起きている明らかな異変に。


キョウヤが召喚されたのは、もちろん王道ファンタジーの世界。

魔法があって、魔物がいて、魔王がいる、そんな世界。

そしてお決まりのお姫様から「勇者となって魔王を倒し、この国を救ってください」と言われる。


その後のごちゃごちゃした話は置いといて。


とりあえず勇者になることを了承し、訓練して力をつけた。

そしてキョウヤにとっては運のいいことに、1人で城から放り出されることもなく、国が誇る騎士団とともに魔王城に攻め込む手筈になっていた。

それがつい1ヶ月ほど前のことだったのだが。


「魔王城が…崩壊しました」


その報告から事態は急変する。

あまりにも急な朗報。しかし原因が問題だった。


魔物の急激な強化と狂暴化。


魔物には知能が高いものとそうでないものがいたが、その区別はもはやなくなった。

魔王城の崩壊を皮切りに、国のあらゆる地方から町村の壊滅、死亡者数が伝えられる。

狂暴化した魔物が見境なく襲い始めたせいだ。

しかも、以前より強大な力をもって。

なんと、最弱といわれているスライムでさえ騎士団の一人が死亡するほどであったのだ。


これが魔王の仕業かといえばそうでないことは明白だった。

人間ほどではなくとも統率のとられていた魔王軍の理性をなくす利点がないからだ。


原因不明のこの事件を民衆は「世界の終り」と呼んだ。





「もはや、この城と城下町以外に残されている町村はありません」


その言葉に全員が絶望しているのがわかった。

もちろん俺の顔も絶望に染まっているのだろう。自分ではなんとか普段通りに振舞おうとしているが、それはパニックにならないためだったし、どんなに我慢しても体の震えが止まらなかった。


「『世界の終り』…まさしくそうなのかもしれんな…」


王様のつぶやきが静かな広間に響く。

いつもならそんな気弱な発言を許さない大臣でさえ、その言葉を否定しなかった。

誰もがその通りだと思ってしまっているのだろう。


俺は何のためにこの世界に来たのだろうか。

訓練と女神の加護によって、俺はこの国を救うだけの力は得たはずだった。

そして魔王を倒せばハッピーエンド、になるはずだった。

そのあとこの世界に残るにしろ、日本に帰るにしろ、幸せな結末が待っているはずだった。


しかし、俺にはこの世界を救うほどの力はなかった。


「勇者キョウヤよ」


突然俺を呼ぶ声が聞こえて顔を上げる。

王様だった。もう誰の声かもわからないくらいだった。


「おぬしは、帰れ」


一瞬、意味が分からなかった。

しかし、意図がわかると俺の口は勝手に動いていた。


「なぜです!

 何のためにこの力を手に入れたと思ってるんですか!

 俺はこの世界の人たちを守るために死ぬ気で今まで戦ってきました!

 それなのに…ここで、何もできずに元の世界に帰れと!言うつもりですか!」

「おぬしの気持ちはよく理解しておる」


王様が俺の言葉を遮る。


「しかし、元はといえばおぬしにとって別の世界の出来事。

 その終りに立ち会う必要などない。

 魔法陣の準備はできている。

 おぬしが過ごした元の平和な世界に帰るのじゃ」

「…じゃあなんで俺なんかを召喚したんですか!

 俺は関係なかったのに!

 戦いなんかしたこともなかったのに!

 無関係というなら、最初からしなければよかったでしょう!」

「わかっておるじゃろう?」


「おぬしがこの世界の人々を大切に思う覚悟を持ったように、

 我らもおぬしを大切に思うようになったということじゃ」


涙が出るのを止められなかった。

王様に言われなくたって、みんなが俺のことを大切にしてくれているのはわかってた。

最初は勇者だからと思ったけど、いろんなことがあってみんなと打ち解けあえて、本当の仲間になれた。

勇者ではなくてキョウヤとして見てくれる人もたくさんできてすごいうれしかった。

だから余計にこの世界が大切になったんだ。

この国を救いたいと思ったんだ。


なのに、俺は結局何もできないんだ。





「キョウヤ」


魔法陣の前で、姫が笑う。

涙を流しながら。

俺は悔しさに唇をかみしめるしかなく。


「ありがとう」

「さようなら」


その言葉を俯いて聞くしかなくて。


「…ということでいいのかな?」


ということになってしまうのだろう。





「…」

「…」

「…」





「いや、待て。

 待て待て待て待て」


思わずツッコミを入れる。

姫も驚いている。

もちろんツッコミに対してではなく、いつの間にか壁に寄りかかっているローブを羽織った男に。


「いや、待て」

「うん、待ってる」

「いや、だから」

「うん、だから」

「いや、つまり」

「うん、つまり」

「いや、お前誰だ」

「うん、俺?俺はね…」





「報告いたします!

 魔物の力が以前と同じ、いえ、より弱くなっています!」

「おお!なんと!」

「それに狂暴性も元に戻ったようで、理性を取り戻している魔物も見受けられるそうです!」


その報告を聞いた、全員が歓声をあげた。


「騎士団はすぐに戦闘の準備を!

 城下町周辺から魔物を排除する!」

「はっ!」


その声は希望に満ち溢れていて。


「こうなったらもちろん協力させてもらいますよ、王様」

「…ありがとう、キョウヤ」


俺も剣を手に外へ飛び出していった。





『ま、そんなことどうでもいいでしょ』

『それより、魔物が暴れだした原因なんだけど』

『厄介な呪いのせいなんだよね』

『だから、この水晶あげる』

『これ壊せば世界中の魔物の呪いが解けるから』

『ま、あとは頑張って』






「結局、あれは何者だったんだろう」


『世界の終り』と呼ばれた事件から十数年後、妻となった姫と水晶を渡してきた男について話していた。

あの男を見たのは召喚の間にいた俺と姫だけで、外にいた護衛兵も見なかったそうだ。

そもそも、ローブにフードもかぶってたから顔も見ていない。

男と思ったのも声が低かったからだし。


「そうですね、不思議な方でした。

 他に見た人はいなかったそうですし」

「いろいろ考えたけどどれもしっくりこなくて」

「私の勘ですけど…」


姫は笑って言った。


「あれは、神様だったんですよ」


俺も笑って言った。


「君の勘は外れないからな。

 きっとそうなんだろう」


こうして、俺は死ぬまでこの世界で暮らすことになった。

少なくともそれまで平和が乱されることはなく、世界は幸せな物語を描き続けていた。

めでたし、めでたし。







「女の勘って怖いよね」


どこかで、誰かが、笑った。

もちろん、勇者たちから見たら奇跡です。

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