表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

4

ユベナイ基地の食堂はメニューが豊富だ。

それは福利厚生が充実しているという意味ではなく、ここが世間一般で言うところの“荒くれ者”の寄せ集めであることに由来する。問題が多く扱いにくい連中はとりあえず餌付けしろ、という訳である。

その朝食メニューに最近、日替わりのパンが加わった。この世界において、パンは主食としては余りメジャーではないのだが、様々な味や食感に香ばしく焼き上げられたそれらはすこぶる好評で、人気メニューとして定着しつつある。

「最後の一個、もーらい!」

「あーっ、テメー、よくも! 半分寄こせ!!」

「やだね。」

サービスレーンの前で、いい年をした兵士がどこの中学生かと問い質したくなるような会話を交わすところに、厨房の中から声が飛んだ。

「すまん、あと5分程で次が焼き上がる。」

「やたっ! 次は何?」

「木の実のベーグルだ。」

「何か分かんないけどうまそー。俺一個予約ね!」

「あ、俺も俺も!」

やや年若い兵士が行儀悪くフォークを振り回すのを、ゼクトは満足げに(と言っても表情はほとんど動かない)眺めた。

異世界の軍事基地に就職してから一カ月余り。逞しい長躯を特注のコックコートに包み、調理師のおばさん達に混ざって背中を丸めて働く壮年の大男は、思いがけず充実した毎日を送っていた。

「おはよー、ミューンひゃぬ。」

間延びした挨拶は、司令官・デュフリだ。あくびを噛み殺しながら喋ったので後半は謎の発音になっている。

「お早う、准将。またここに来たのか。」

「来ちゃ悪い?」

「悪くはないが…、曲がりなりにも一軍の将が、毎朝一般兵士用の食堂を使うのはどうかと思うぞ。」

「そーゆう差別は悲しいなあ。」

「差別ではなくけじめだ。」

低い位置から高い声が上がる。

「メシエ、お前も士官だろう。」

「わたしは尉階級だ。別にどちらを使っても構わない。」

「いや、大尉はあっちだろう…」

ゼクトは半ば諦めつつも控えめに反論してみるが、

「やめておけ。そもそも中尉待遇である貴官が食堂で調理師を兼任している時点で、この基地の規律は死んでいる。」

デュフリの副官にして基地の副司令・フィノー中佐が容赦ないツッコミを入れたので、すごすごと引き下がるしかなかった。

「身も蓋もないなあ、中佐。」

「事実でしょう。大体、色々と有り得なさすぎるんです、ここの基地は。」

「まあまあ、フィノーちゃん。朝からしかめっ面してると美容に悪いよ?」

主任調理師の女性が笑いながら彼女のトレーにハムエッグを載せる。年長とはいえ一般職員に「ちゃん」呼ばわりされ、フィノーはもはやため息をつくしかなかった。


朝食の時間が終わると、訓練が始まる。

レベルD以上の異物の処理、および対異物特務班候補兵の教練と指導。ゼクトが軍属として与えられた正式な任務がそれであった。

ちなみに対異物特務班の正式構成員は、現在のところ隊長のメシエと副隊長のゼクトの2人しかいない。「班」と称するには無理があるのではないかとデュフリに言ったところ、

「2人以上いれば組織だ!」

と力強く断言され、納得した。

「いいんですか、それで?!」

隣でフィノーが顔を引き攣らせていたが、人手不足の深刻さを身に染みて経験済みのゼクトにしてみれば、デュフリの言い分にも理を感じる。すかさず逆に提案した。

「今は2人だが、将来的に拡充すべきと考える。候補者の選定と転属の人事権、および訓練施設の確保と各種装備を整える予算を申請したい。計画案は早急に提出する。」

対する基地司令官の答えは

「オッケー。やっぱ経験者は話が早くていいねー。あ、ウチ貧乏だから、予算は抑え気味でヨロシク。」

もはや二の句も継げない副官に、せめてもの謝意を表して敬礼し、さっさと準備に取り掛かった。

メシエと二人で各部署から有望な人材を引き抜きまくった。幸い、危険な部署への配属にも関わらず断る者はほとんどいなかった。空いている倉庫を訓練所に改装し、候補者たちを鍛える一方、足りない予算を少しでも補うため、敷地の一角を開墾して野菜を栽培したり食堂でパートタイマーをしたり、という日々を送っているうちに、あっという間に現在に至る。


「本日からは近接戦闘を中心に訓練を行う。」

「よろしくお願いします。」

「近接戦は危険が高いが、マキナゴーレムのような無機物には有効な手段になり得る。」

基礎訓練は履修済み、実戦経験もそこそこ積んでいる兵士達が対象なので、訓練は自然と演習が中心になる。

ゼクトが模範を始めると、候補者達の視線はおもちゃのネズミを前にした子猫の如く、教官の一挙手一投足を追いかけ始めた。

ハイペースで事が運んだ最大の要因は、実は彼らにある。彼らは互いの関係はともかく、ゼクトには協力的だった。

デュフリに選抜者名簿を見せた時、「よりによって、曲者ばっかり選んだねえ・・・」と複雑な表情で唸られたので、相応の覚悟を決めて臨んだのだが、予想していたような反抗や嫌がらせはなかった。

最初は辺境の基地に飛ばされた挙句、危険任務に就かされて自棄になっているのかと心配したが、そうではないらしい。

(はー、相変わらずかっけーなー!)

(ゴツイし青いしおっさんなのに、このイケメンぶりwwwwwwww)

(両手が武器…漢のロマンだ。)

(あれで料理得意とか、あり得んわ。今日のおやつ何だろ?)

(てか、おっさんとチビっ子のコンビって、存在自体が反則でしょ。)

ひそひそと囁く小声から悪意は全く感じらない。

彼らは、「異界から飛ばされてきた悲劇の魔物」に、過剰な夢を見ているようなのだ。

いくら何でも単純すぎないかという疑問は、フィノーの説明で解消した。


「クープラント大尉の戦闘は見ているな。彼女は姿こそ少女だが、あらゆる点で我々を凌ぐ。」

「ああ。身体組成が根本的に違う。」

「やはり分かるんだな。そう、彼女は人間でない。『生体兵器』だ。」

「『生体兵器』?」

生体兵器とは、文字通り生ける武器のことだ。正確な記録は失われてしまったが、起源は数百年前に遡る。

界間の均衡が崩れ、領域衝突が激しくなり始めた頃、異物排除の切り札として自律行動兵器が開発された。元は戦艦や戦車、戦闘機といった大型のものだったらしいが、異物出現の頻度が高まるにつれ、次第に機動重視・小型化されていく。

そしてある偶然の事故がきっかけで、人体そのものを兵器化する技術が確立された。

それは遺伝子操作のような科学技術ではなく、変種発生と同じ原理に基づく次元操作――魔法のようなものだ。一定の条件に該当する適合者に、自律行動兵器の知能と記憶ストレージと融合させることによって、存在自体を再構成する。新たに生成された人間でも兵器でもないモノが『生体兵器』である。

彼らは境界線を超えたが故に、生き物のように飢えることも、渇くことも、老いることもない。機械のように修復や保守を必要としない。必要なのは時間だけ。多少の損傷や消耗であれば、数分から数日で自動的に復元する。

「記憶や人格はどうなる? 兵器になる前は人間なのだろう?」

「消える訳ではないが…、変容する。考え方は自律行動兵器に近くなり、感情は極端に乏しくなる。」

「本当に兵器となるんだな。補給や治癒を必要としないと言ったが、不死なのか?」

「いや。体組織の三分の二以上を失えば死ぬ。ただ…」

完全に死ぬ前に、知能と記憶ストレージを分離できれば、次の適合者に移植して再生が可能である。

非道と思うかと問われ、ゼクトは首を横に振った。世界が感情だけで測れないことを彼は知っていた。

「クープラント大尉が生体兵器に就いたのは60年程前らしい。自身で志願したと聞く。」

「そうか。」

ならばもう、部外者の自分に言うことはないと思った。

物申したいのは、むしろ生体兵器当事者を取り囲む者達だった。

メシエはその幼い容姿と相俟って、基地の職員たちから少なからず同情されていた。何とかしたいと願いながら、非常時には彼女を頼らざるを得ない現状に、誰もが心を痛めていた。

そこに登場したのが、生体兵器を上回る力を持つ流され人・ゼクトミューンだった。


彼の戦績はあっという間に基地内に広まった。勿論、途中で噂につきものの尾鰭というオプションが付いて。

曰く

「剣一振りでレベルEのマキナゴーレムを吹っ飛ばした」(これはあながち間違いでない)

曰く

「パンチ一発でレベルEのマキナゴーレムの胴体に穴を空けた」(穴は空けたがパンチはしていない)

曰く

「口から火を吹いてマキナゴーレムを焼き払った」(雷撃は使えるが火は吹けない)

曰く

「デコピンでマキナゴーレムの首をへし折った」(デコピンって何だ?)

公的機関が流言飛語に踊らされては拙いだろうとデュフリに進言したところ、

「全く事実無根って訳じゃないし、いんじゃね?」

と、あっさり流された。

常識人のフィノーに相談すると、

「貴官が食堂で働いたり、畑を耕したりしているせいで、更に好感度が上がっているらしい。自業自得だ。」

と、ばっさり切り捨てられた。

メシエに謝ると、

「わたしのせいだ、すまない…」

と、逆に謝られた。

ゼクトは悟った。この世界でも自分は『英雄』たることを期待されているのだと。

プレッシャーや罪悪感に葛藤すること半日。

一度役目を果たして死んだ男は、潔く腹を括った。

こうなったら、とことんやってやる。元々、この基地の窮状を打開するために力を貸すと約束したのだ。手段を選んでいる場合ではない。


「サティ上等兵、瞬発力を活かして距離をゼロまで詰めてみろ。」

「は、はい!」

「ギュマン兵長、もう少し脇を締めて構えろ。それでは胴を狙われる。」

「了解!」

「モンシニ一等兵、ゴセック一等兵、落ち着いて相手の動きから目を逸らすな。」

「はいぃ~っ。」

「うぃっす!」

「プランクェット伍長、前に出すぎだ。リーダーは視野を広く持て。」

「はっ。」

ゼクトはレジスタンスの最高責任者に据えられていたが、常に最前線で働いていた。人手不足を補うというより、彼自身の性分がいわゆる世話好きだったためだ。その成果が発揮され、ゼクトの指導は的確かつ濃やかであった。

「そこまで。一旦休憩とする。」

メシエの声が響く。同時に兵士達がその場に座り込んだ。

「水分を補給しろ。ゆっくりだ。」

ゼクトが飲料水のボトルを配って回る。その間にメシエがおやつの用意をするのが常になっていた。士官のすべき仕事ではないのだが、メシエもゼクトもこれが雑用だと認識していない。

「一息ついたら手を洗って来い。」

「今日は何ですか?」

「焼きドーナツだ。ちゃんと甘くないのもある。」

「ひゃっほう!」

一番体格の良いギュマンと若いゴセックがついさっきまでへばっていたとは思えない勢いで復活する。

「ジャムとクリームも用意した。疲れが取れるぞ。」

「ありがとうございます。」

細身のサティと小柄なモンシニが荒い息をつきつつ丁寧に頭を下げた。

最年長のプランクェットは無言でメシエを手伝い始めた。

「いただきまーす!」

軽食を囲む一団に緊張感は欠片もない。かと言って馴れ合いのような惰性もない。

司令官に「曲者」呼ばわりされる者達である。確執もあれば小競り合いもある。だがそれ以上に、仲間という自覚を共有しつつあった。

(不思議な感覚…。でも、嫌いじゃない。)

メシエが心の奥で漠然と抱く印象が、奇しくも全員の心情を代弁していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ