星々が散らばる漆黒の空間を背に、二つの影が対峙する。
片方は頭の両側に大きな二本の角、額の中央に一本の角を戴く鬼神。
もう一方は右手首に長剣、左手甲に指と同じ数の鉤爪を生やす異形。
どちらも目に見えるほどの凄まじい気迫を発し、ひたすら相手を屠ろうとしている。
「これ以上昇ればもう、地上には戻れぬ。ぬしは死ぬ気か?」
「もとよりその覚悟。ただしお前にも付き合ってもらうぞ。」
「は…、そうまでして人間どもを守りたいか。誰も感謝なぞせんのに、愚かしいのう。」
「俺はあくまで俺の信念に従っているだけだ。お前には解らんだろうがな。」
「吾はこの世界の頂点に君臨する存在。ぬしのような有象無象の考えなど解る筈がなかろう」
「だが、その有象無象の王になりたいのだろう。矛盾しているな。」
剣を構えた異形の指摘に、三本角の鬼神の表情が強張る。一瞬の、しかし決定的な沈黙。そして
「…やはり、どうしてもぬしを排除せねばならぬようだ。」
歩み寄りの余地が全くないことを悟り、異形は低く嘆息した。
もはや解決は相手の死のみ。両者の間で更に高まった殺気が空間を歪ませる。
頭上には星空、足下遥かに真円を描く青い大地。戦いの決着を求め、彼らは大気圏の外まで来たのだ。人間はもちろん、同族をも遠く凌駕した超越者達には、絶対零度の真空は何の障害にもならなかった。
鬼神の両掌の間に高密度のエネルギーが圧縮され、光の渦を作る。
異形の刃が持ち主の意を映し、輪郭を失うほどの輝きを帯びる。
仕掛けたのは同時。鬼神の両手が異形の胸を貫き、異形の剣が鬼神の首を断ち切る。
最後の激突はひどく呆気く幕切れた。
胴から離れた鬼神の首には、信じられないという表情が浮かんでいた。目も口も大きく開かれ、何かを叫ぼうとしたようだった。
恐らく力は自分が上だった筈なのに何故、というような言葉だろうと、異形の男は思った。男自身、力の差は自覚していたからだ。彼が勝っていたとしたらただ一つ、絶対に負けられぬという覚悟だろう。
鬼神の見る者に畏れを抱かせる美しい角に、驚愕してなお端整な顔にひびが入り、脆い石膏のように崩れた。この世の秀逸を結集したような体躯は頭という最大のパーツを失い、塵になって散った。
己を絶対と信じ、挫折という発想を持たなかった鬼神は、皮肉なことに最期に敗北という最大の挫折を知った。その衝撃ゆえに余裕も威厳も、不死も喪った。
男は消えてゆく体温に逆らい、鬼神の最期を確認した。
勝つことはできなかったが、負けもしなかった。満足だった。