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婚約破棄、承りました。ーー元トップオペレーター令嬢の対応記録  作者: 蓬(よもぎ):


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1/1

契約

王城の春の舞踏会は、優雅な音楽とともに始まった。

壁際の小卓には洒落た軽食が準備され、グラスを持った侍従たちが来客の合間を縫うように動き出し、貴族は談笑を始め、シャンデリアの光が宝石をきらめかせる。

その空気を、王太子エドワルドの声が切り裂いた。


「アリシア・フォン・ヴァルツェン公爵令嬢!」

広間の中央で、彼は高らかに宣言した。


「私は貴様との婚約を破棄する!」


ざわり、と貴族たちがざわめく。

王太子の隣には、涙ぐむ聖女ミリア。いかにも悲劇のヒロインといった顔をしている。

そして周囲の視線が、一斉に私へ集まった。


さて。


私は指先まで美しく見えるよう、丁寧に、静かに一礼した。

「承りました、殿下」


王太子が眉をひそめる。

「……は?」


私は顔を上げ、にこやかに微笑んだ。

心の内の欠片さえ、微塵も表に出さない。

「恐れ入りますが、まず確認させていただきます」


前世の癖だ。

コールセンターのトップオペレーターとして、数万件の契約を扱ってきた。

そう。交渉は、言葉の温度と置き方。そして手順がすべてである。

笑顔ではなく〝笑声〟。


私は優雅に見えるよう計算された所作で顔を傾け、王宮書記官の存在を確認する。

「王宮書記官、記録をお願いいたします」

壁際の書記官が羽ペンを取り出す。

「はい。記録いたします」


「ありがとうございます」

私は続ける。

「念のため、ヴァルツェン公爵家書記官も」


婚約の白紙、または解消となるのではないかと予想はしていた。聖女とやらが現れて、何かと理由をつけては王太子宮に足繁く通い、エドワルド殿下と仲良くなっていく経緯も見ていた。

もちろん聖女は尊い。その聖なる力は実際王族のためにある。

 

神聖力など本当は存在しない。この世界に魔法はないし、魔族なんていない。要は、神殿と王家のための偶像。求心力でもあり、王家の醜聞が出た時の言い訳用の駒である。

そして、何も知らず、見目の良い、神殿にとって都合のいい、つまり御しやすい女性が市井から選ばれる。〝神託〟という権威を利用して。

そういった意味での「尊い聖女」。王族と王侯貴族なら知っていること。

なのにあの愚か者は、神聖力を王家に取り込むだのと世迷いごとを言い出した。


あれね。言い訳に使っているうちにだんだんそれが本当に思えてくる現象。単なる浮気を運命だのと言ったり、離婚原因を、相手が鬼嫁だっただのと捏造したり。居たわ、そんなやつ。前世でも身近で見てきたから。

知ってる。

 

愚かだからこそ、国王様と王妃殿下が隣国に視察で不在の間に何かしてくるとは思っていたわ。念のため、常に書記官を連れていて良かった。でもまさかここで言い出すとは。


「承知しました」両書記官は顔色も変えず冷静に行動しているようだ。

書記版と紙を取り出したのを確認した。


王太子が苛立った声を出す。

「おい、何をしている」


私は丁寧に頭を下げる。

「恐れ入ります。本件は契約確認となりますので、発言はすべて記録させていただきます」


貴族たちがざわめいた。

王太子は鼻で笑う。

「記録でも何でも取るがいい。王家の判断は覆らん」


「さようでございますか」私は微笑む。

そう。ここまで来たらもう、なかったことにはできない。

「それでは確認を開始いたします」

 

 書記官が羽ペンを構える。

「本日、王太子エドワルド殿下は、ヴァルツェン公爵家との婚姻契約を破棄すると宣言されました」

私は顔を上げた。

「こちらの認識でお間違いございませんか?」


王太子は腕を組んだ。

「そうだ」


「ありがとうございます」私は頷く。


目線で合図する。「書記官」

「記録:王太子、婚約破棄を宣言」


さらさらと羽ペンが走る。

私は続けた。


「それでは契約書第八条、婚姻契約解除条項を確認いたします」

指を一本立てる。

「王家側からの婚約破棄の場合。違約金、金貨三万枚」


ざわり、と広間が揺れた。

二本目。

「王国軍への鉄供給契約の再検討」

三本目。

「塩専売契約の見直し」


沈黙が落ちる。


王太子の顔色が変わった。

「……待て」


私は笑顔を崩さずに穏やかに答える。

「お待たせして申し訳ございませんが、ただいま契約条項を確認しております」


「鉄…まさか王国軍の装備更新が止まる…?」貴族の誰かが呟いた。

「塩も……王都の食材は…」

今の言葉は文官の誰かかしら。現状把握が早いわね。


そちらへ目線を向けることなく私は続けた。

「なお、婚約中の不貞についてですが」

聖女がびくりと震えた。


「資料三番を」

侍女が小箱を差し出す。私は書類を一枚めくる。


「三月十二日。舞踏会エスコート不履行」

「同時間帯、王宮東庭園にて聖女様と一時間滞在」

「証人:近衛騎士二名」


書記官が書く。

「記録」

さらに次の紙。


「三月十九日」

「礼拝堂にて贈り物」

「証人:侍女三名」


王太子が顔を歪めた。

「お、お前……」

聖女は青ざめている。

ごめんなさいね、あなたに悪気がないのは知っているわ。ただ好きになってしまった、それだけ。貴族社会も政略の意味も、知らなかった、ええ。でも世の中は無知でいること、それそのものが罪になることもあるのよ。

そう。無知は免罪符にはならないの。


私は穏やかに尋ねる。

「確認させていただきます。これらの記録は事実でお間違いございませんか?」


王太子は怒鳴った。

「そんなもの認めるか!証人の正当性を真偽に挙げよ!」


私は一礼する。

「さようでございますか」私は微笑みを浮かべたまま。「ただいま不受理事項を申し受けました」

広間のあちこちからざわめきが聞こえ出した。


私は続けた。

「なお、本件につきましては判断権限を超える可能性がございますので」


王太子が眉をひそめる。

「……何?」

私は穏やかに言った。

「上席確認いたします」

広間の入口へ視線を向ける。


「公爵閣下」

静かな声が響いた。

「呼んだか、アリシア」

人々が振り返る。

そこに立っていたのは、私の父―ヴァルツェン公爵だった。


広間が一瞬で静まり返る。


婚約者に宝飾品ひとつ贈りもせず、エスコートもしないからよ。父のエスコートでこの夜会に参加させたのは、貴方でもあるんですけれどね。心の中でだけ毒づく。


王太子が青ざめる。

私は丁寧に頭を下げた。

「どうやらご意見を承りました。いまだ対応中でございますので、上席判断をお願いできますでしょうか」


父はゆっくりと王太子を見た。


そして静かに言う。

「書記官、記録は取れているな」

「はい」

父は頷いた。

「委細承知している。証人についても公証人によって審理済み。問題ない、そのまま続けろ。…王太子殿下、これは“遊戯”ではなく〝契約〟でありましょう」

そして一息つくとしっかりとした声で付け加える。

「そして契約は、王家といえど例外ではない」


元々父も不満があったのだ。我が領地から算出されるあれこれを、王家が体よく安価に供出させたいがために結ばれた婚約、しかもこちらには特に利はない。


呼吸をひとつ。怒りを出してはいけない。私は父に一礼した。

「ありがとうございます」

そして王太子へ向き直る。

「それでは契約内容を復唱いたします」


書記官が姿勢を正す。

「本日、王太子エドワルド殿下は、ヴァルツェン公爵家との婚姻契約を破棄」

「よって違約条項を適用。違約金、金貨三万枚。および鉄供給契約および塩専売契約の見直し」


 羽ペンが止まる。

「記録完了」


王太子が叫んだ。

「待て!!」


私は首を横に振る。

「申し訳ございません」

そして営業終了の笑顔で言った。

「契約はすでに成立しております」


国王夫妻が不在であったのは、貴方にとって都合がいいと思ったのでしょうね。

逆ですよ。


広間に失笑が漏れる。聡い者たちは使者を自分の領地に走らせ始めているだろう。

都合がいいわ、しばらく私も領地にこもりましょう。


私は優雅に礼をする。

「本日はご契約違反確認、ありがとうございました」

そして心の中で記録する。


――王太子応対記録。


応対時間:十三分。

内容:婚約破棄宣言およびクレーム発生。

対応:上席エスカレーション実施。


結果。

契約違反成立。


成約率。

百パーセント。


ロールプレイ無しの特殊案件、しかもクレーム入り。途中エスカレーション一度。

トータルして許容範囲内のタイムだわ。

それに私にとっての完了事案としては。達成率百パーセント。


私は微笑んで父の元へ足を向けた。

某SNSでポエ散らかしている投稿を目にして、つい出来心でやりました。

後悔はしていないが反省はしている。

などと作者はんにんは供述しており。


面白かったら⭐︎をいただけると、罪が軽くなるらしいです。

(なお再犯の可能性は高い)

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