魔術学院歴代最高の特別生が、よく分からない理由で喧嘩を吹っかけてきたので、一口もセリフのない劇で演技させた話。
※前作未読でも読めます。
言葉で“完璧”を壊す話です。
エルフの森の魔術学院には、一人の完璧な女がいた。
ターインズ。ドルイドの特別上級生。美しく、賢く、勇敢で、言葉もなめらかだと、誰もがそう言った。そして何より、彼女自身がそれを信じていた。
学院では、魔法と剣や槍、さまざまな武器を組み合わせた戦い方を学ぶ。ターインズは、そのすべてにおいて、誰よりも優れていた。
全学年の論文発表で、初めてファルダが最優秀として選ばれた。
ターインズが選ばれなかったのは、この四年間で初めてだった。
だから「言葉の神に祝福された」ファルダが、疎ましく思えた。
称えられるべきは、わたしだと、そう思っていたのだ。
ある午後、ファルダは小鳥の囀る広場で一人、書物を読んでいた。
「ファルダ・ヴァンスマイト」
顔を上げると、陽光の中にターインズが立っていた。
知っている。彼女のことは、この学院で知らない者はいない。
智と美貌をもつ、歴代の学院生のなかでも、圧倒的な存在だった。
「仲間のいない戦士に、仲間の大切さを説いたそうね。誇りを忘れた薬草師に、誇りを取り戻させたとも聞いたわ」
ターインズは微笑んだ。それは美しく、完璧な微笑みだった。
「ただ、相手の足りないものを、そっとつついているだけでしょう? 足りないところがあるから、言葉が刺さる。その点、私は唯一無二の完璧なの。言葉も、あなたより確かなものよ。だから、あなたは私には何もできない」
「あなたは言葉の神に祝福されているって本当なら、私に何をしてくれるの? 私はこの学院で完璧と認められているの。何かを気づかせてくれるのかしら」
「あら、完璧なのね。すごいわ」
ファルダは静かに言った。
「そうよ。だからあなたは私に勝てない。いえ、勝ち負けの勝負にもならないの」
「そう」
ターインズは小首を傾げた。
「あら、『そう』だけなの?」
「だって、完璧なのでしょう。何も言うことはないわ」
「ほらごらんなさい。私の言った通りでしょう。あなたの論文が最優秀? 辞退をなさってはいかが? 学院の恥になるわ。恥を知ったほうがよいのであれば、そうするべきだとお思いにならない?」
「分かったわ」
ファルダが書物を閉じた。
「あら、嬉しい。物分かりが早くて。わたし、そういう子好きよ。さすがわたし」
「ターインズは、その美しさも、その知恵も、勇気も、言葉も、唯一無二なのよね」
「そうよ。その通りよ」
一呼吸、ふた呼吸の静かな沈黙。
「わたし、あなたに祈るわ」
「……は? 何を祈るというの?」
「叡智の祝福、勇気の祝福、憧憬の祝福。私、言葉の祝福以外も授けてほしいの。だってあなたは完璧で、唯一無二なのでしょう? 神は祝福を授けてくれる、唯一の存在なの。だから、私は祈り、願い、思う」
ファルダはゆっくりと立ち上がり、声を張った。
「みんなー! 見ていてほしいの!」
「な、何をしているの」
二人の様子を見ていた広場のエルフたちが、少しずつ、そして遠巻きに二人を囲んだ。
その中には、先日リアーゼに絡んできたルークの姿もあった。
ファルダはルークに目配せして、やわらかく微笑んだ。
「書類」をルークに分かるように見せた。
「ファルダ、いったい何を」
「ちょうど練習相手が欲しかったの」
「……練習相手ですって?」
ファルダは真剣な表情になり、背筋を正した。
滑らかに剣を抜き、それを空に突きさした。
片膝をつき、ひざまずいて、剣を前に胸に手を当てた。
「唯一の神ターインズに――私のすべての祈りを捧げる。かよわきわたしに、エルフの仲間を守るための祝福を授けてほしい」
世界は静まった。
光は来なかった。
「……おかしいわ。唯一の神ターインズから祝福を得られなかった。光に包まれるはずなのに」
ターインズがファルダに視線を向けたが、その口は閉じたままだった。
そして、ファルダは言葉を重ねた。
「くッ、私の言葉では届かぬというのか――ならば!」
「唯一の神ターインズよ、聞いてほしい。いまこの世界は闇と混沌からようやく解放されつつあるのだ。神々が邪神と戦い、残された我ら人が血を流し続けているからだ。明日となりの仲間が倒れ、子供が魔物に攫われる世界など、だれが許せようか。私を信じ、どうか、戦う力を授けてほしい!」
沈黙の世界が続いた。
「残念ね。唯一の神ターインズから、仲間を助けるための祝福を授けてもらえなかった。私の祈りは届かなかったようね。私にはその資格がないということなのか。――言葉の神から授かった祝福では、唯一の神には届かないということね」
風が吹いた。
ターインズは微動だにしなかった。
「はッ! そうか。もしかして、ターインズは偽神ベルドに『呪われてしまった』のかもしれない。卑劣な偽神め。世界を混沌の時代に、また飲み込もうというのか。このままでは魔神が復活してしまう」
「もう一度、祈るわ」
ファルダの声は穏やかだった。
「正しき神は偽神を許すことはしない。この世界の神はそうやって秩序を保ち、我らに道を示した。思い出してほしい。打ち勝ってほしい。我らを導き、そして青き月の神の救いとなってほしい」
もう一度、胸に手を当てた。
「ターインズは偽神に呪われている。
――だから言葉が出ないのだ」
「言葉の神よ! 偽神ベルドの呪いから解放する力を私に!」
世界は、静かに時を刻んだ。
ファルダは手を天に捧げた。ファルダの魔力が光った。
「言葉の神から確かに呪いを解く祝福を授かった。ターインズよ、あなたの尊厳を取り戻すぞ!」
ファルダはゆっくりと立ち上がり、固まったままのターインズをまっすぐに見た。
ターインズは、答えなかった。
ファルダは静かに息を吐いた。
ファルダは両手を広げた。指先に淡い光が灯る。
「ルーク! 名高き剣士ルークよ! 今まさに世界の秩序を取り戻すために、偽神の呪いをかけられしターインズを我らが救う時が来た! その剣は誰のためのものだ、今その光を示せ!」
ファルダは振り返った。
「ルーク・ドラウベルグ。ともに歩まんとする名高き剣士よ。私とともに並び、いま魂の浄化をその手でなそうぞ!」
遠くにいたはずのルークが颯爽と現れた。剣を鞘から引き抜き、胸に当て、深く頭を下げる。
「ファルダ・ヴァンスマイト。言葉の神に祝福されし聖女よ。わが剣は秩序の剣、世界をあるべき姿にする剣。この剣をあなたに預ける! 愚かな偽神よ! 我が剣がすべてを断ち斬ろうぞ!」
ルークは剣を掲げた。光が刀身を滑る。ファルダは両手を空へ向け、治癒の光をターインズへと注いだ。ルークの剣舞が、その光を纏い、風を切る。
静寂の中、二人の「儀式」は終わった。
「ありがとう、ターインズ先輩。次の劇の練習に付き合ってくださって。もう口を開いても大丈夫です――完璧な演技でしたわ」
ファルダは、にこりと笑った。その手の「書類」を胸の前に持ってきた。
広場は拍手に包まれた。
「……ええ、お手伝いできて光栄だわ、ほほほ……」
ターインズは静かに言った。
それ以上は何も言わなかった。
その表情は何もくずれず、完璧な美貌のまま固まっていた。
そうして一礼し、静かに去っていった。
中庭に、風が吹いた。
「いきなり呼ばれたときは、どうしようかと思ったぞ」
「いいじゃない。お昼ご飯を食べに行くのだから。あ、リアーゼが降りてきたわ、行きましょう」
「ねえ、リアーゼの書いた脚本は完璧だったでしょう」
ファルダは書物を脇に抱え、ルークを見た。
そして微笑みながら歩き出す。
「ファルダの言うセリフの場面は、まだ何も書いていなかったはずだが」
ルークは口元に手を当て、咳払いをした。
「ファルダのセリフを考えるなんて恐ろしい、か。安心しろ、リアーゼ。今、出来あがった」
二人はリアーゼの元に向かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ファルダの過去エピソードはこちらです。
・魔術学院一位の天才に夕食で恥をかかされたので、「水とワイン」でこてんぱんにやり返した話
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・魔術学院最強の戦士が、親友に絡んできたので、絶対に逃さなかった話
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