第七話 尾道商人と海賊の娘
「先の戦で顔に酷い火傷をしてしまいましてな。見苦しい故、この姿でご無礼致しまする」
「いや……こちらこそ失礼を致した」
姿勢を正して、宗勝は来島村上水軍の頭領、村上通康に改めて向き合う。
(はて……? このお方は一体、幾つになられたのであろうか)
確か隆興ほどではないにせよ、三十九よりはずっと年上だと思っていたが、その動きは非常にきびきびとして姿勢も良く、まるで年下の若者のようだと宗勝は思った。
寄り添う栄と、とても親子並みに歳が離れているとは思えない。
「ところで、毛利方は小早川水軍も列席されるので?」
「列席……?」
宗勝は首を捻る。
「はて。某は主人の命で、急遽こちらに参った次第で……来島から細君連れだってのお越しとは、何かございましたかな?」
簡潔に、かつ正直に事情を口にした宗勝だったが、「聞いておられぬのか?」と通康に逆に驚かれてしまう。
「この度、我が娘の松を村上武吉殿のところに養女に出すことになりまして――」
「コレからですねぇ、毛利の使者と村上一門が大集合してぇ、その松姫と、毛利の一門衆の誰かと、結婚させましょ! って話し合いをするんですよぉ!」
通康の言葉に被せるよう、突然場違いなほど明るい声が響いた。
「おまえは……井上の……」
宗勝は通康の時以上に目を見開き、思わず後ずさる。
それは「どうしてお前が此処に居る?」とでも言いたげで、まるで化物を見たかのように、声が震えた。
「もちろん! 大殿の差配ですよぉ。自分、あんまり武闘派じゃないんでぇ、ぜぇんぜんお役に立ちそうもない尼子攻めは最初から外してもらいましたぁ」
おっとりと間延びした語尾が大変特徴的な話し方で印象に残るのだが、相反して、容姿自体にはこれといって目立った特徴のない地味な若い青年。
元服前から元就に気に入られ、小姓として取り立てられた――とは、風の噂で聴いてはいたがこれは――。
「もー、やーだなぁ。そんなに露骨に警戒しないでくださいよぉ。隆景様のところにも粛清を免れたウチの一族、何人かいるでしょうに」
実に軽い口調で笑う青年に対し、宗勝は唸るよう、声を絞り出す。
「虎法師殿……」
「いやだなぁ。昔の名前で呼ばれるなんてー。今は元服して、与七郎就勝ですよぉ」
表情はあくまで柔和で、所作は優雅にゆっくりと――しかし宗勝を追い詰めるように、じりじりと就勝は近づいた。
「貴方や――貴方に命を下した隆景様が、俺の父や兄を殺したことなんて、これっぽーっちも恨んでませんからねぇ」
――かつて毛利家中で権力を握っていた井上氏が、元就の命令で誅殺されたのが十五年前のこと。
三十人にも及ぶ死者の中、その最初の一人目――彼の父親である井上元有を騙し討ちの形で討ち取ったのは齢十八の隆景であり、実際に手を下したのは宗勝だった。
「ねぇ? 宗勝殿?」
この青年に、隆景のような艶やかさや華やかさは無い。
けれど彼の雰囲気に、何故か宗勝の脳裏には、本気で怒った時の、恐ろしい主人の顔がよぎった。
◆◇◆
「渋谷与右衛門か?」
やや傾きかけた太陽に照らされる尾道の港。そこに泊まる舟の中でも、一際大きな舟から荷を下ろす男たち。
そしてそれを指揮している若い男に就辰は声をかけた。
見たところ、自分と同じくらいの年頃かと思われるが、声をかけられ振り返った青年は、胡散臭そうに就辰をじろりと見る。
「そうだが、お前は?」
「毛利家臣の二宮余次と申す。昨晩の盗賊について聞いてまわっているのだが……」
就辰の言葉に、与右衛門は「ああ」と短く一言。
「ウチは特に被害無しだ」
「被害無し?」
これまで街中で盗難被害の様子を宮寿丸と二人で聞いて回ったところによると、大なり小なり皆被害を受けているようなのだが、「被害無し」の報告は初めて聞いた。
これだけ立派な舟をいくつも持つ商家で? 就辰が思わず宮寿丸と顔を見合わせていると、何が言いたいか二人の様子を察した与右衛門は、小さくため息を吐いた。
「昨晩、確かに武装した者が四、五人ウチに押しかけてきたが、全員簀巻きにして、重りつけて海に沈めてやったんだよ」
「強いなッ!」
思わず就辰は仰天。対して宮寿丸はというと、口にはしていないが「ナニソレちょっと詳しく話を聴かせてほしい!」とばかりに就辰の隣で興味津々に目をキラキラと輝かせてじっと見つめている。
これまで顰めっ面だった与右衛門は、思わずたじろいで初めて表情を崩した。
「そ……そうか? その……商品を守るためなら信用第一の商人としては当たり前だと思うがな……」
赤面する与右衛門に、就辰は「ん?」と動きを止める。
あの、これって、もしかして――。
そんなやりとりをしていた時だった。
「えもーん!」
女が一人、就辰と宮寿丸の後方から走り込んできて、与右衛門に肩からぶつかり突き飛ばした。
その勢いで体勢を崩した与右衛門は、港に繋がれた舟と舟との隙間の海に、ドボンと音を立てて落ちる。
「ちょっと聴いてちょうだい右衛門! ウチの連中ってば酷いのよ!」
突然の事にあっけにとられる就辰と宮寿丸をよそに、女は一人捲し立てた。しかしその女が話しかけている相手は海に沈んでぶくぶくゴボゴボと泡を立て――。
「おーまぁーつぅー! このイノシシ女ッ!」
浮き上がってぷはぁと息を吸った後、与右衛門は怒りの表情で女に叫んだ。
「ぶつからないと止まれないのかよッ! お前はッ!」
「あら! 貴方が貧弱すぎるのではなくて? それとも、こちらの少女に鼻の下でも伸ばして油断してたからじゃないかしら?」
やっぱり……どうやら与右衛門は女装姿の宮寿丸を、本気で女の子だと勘違いして見惚れていたらしい。御愁傷様と、就辰はそっと深いため息をついた。
満潮に近い水位だったことが幸いし、与右衛門は岸壁から直接這い上がるように登ってきた。
そしてそのまま、怒りの形相で女に詰め寄る。
「お松! 大体お前、なんで尾道に居るんだ! 来島の殿は一緒じゃないのか?」
「そうよ! 聞いてくださいましな! 兄様ったら酷いんですのよ!」
話の調子を崩され、与右衛門が頭を抱えた。
そんな与右衛門の様子など全く気にしていない女は、先程と同じように早口で捲し立てる。
「私に、能島殿に嫁いだ姉様の養女になって、毛利の大殿の若君のところに嫁げと言うのですよ!」
「えぇ?」
「……はぁ?」
青天の霹靂――突然降って湧いた結婚話に、毛利の大殿の息子二人は、そろってあんぐりと口を開けた。
◆◇◆
「あっはっは! 最高ぉ!」
一方その頃向島では、腹を抱えて大爆笑する井上就勝をよそに、松姫の失踪で大騒ぎになっていた。
「あのうつけ娘……」
「私が付いていながら……申し訳ございません……」
村上通康が頭巾越しに頭を抱え、そんな夫に栄姫が寄り添うよう支えた。
松姫を待機させていた部屋に残された、家出を匂わす書き置き。そして、同じく姿が見えない村上武吉の元服前の息子二人を引き連れての決行。間違いなく、行く先はこの島の外だろうと思われる。
「いやぁ。いいですねぇこの行動力! 元気な女子は大好きです! なんだったら自分が夫候補に立候補するところですが。いやぁ。……一門衆に入れないのが実に残念ですよぅ!」
「吉充殿」
うるさい就勝を無視して、宗勝はそっと義弟に耳打ちした。
「某は日が暮れる前に一度、新高山城に帰ります。松姫様の行方、こちらでも捜索いたしますので、どうか尾道と刀のこと、よろしくお願い申し上げます」
「なんだかこちらでも、面白そうな話をしてますねぇ」
突然、宗勝と吉充の間に割って入った就勝は、例によってニンマリと不敵な笑いを浮かべながら、とんでもない言葉を口にした。
「久しぶりに隆景様に会いたいので、俺も連れてってくださいよぉ! 宗勝殿?」
松(松渓妙寿) ?-1590
名前はオリジナル。
村上通康の三女(次女と書いている本も多いが、正しくは三女。二人のお姉ちゃんについて詳しくは、後々登場する村上通康・武吉の紹介参照)。
後に姉夫婦の養女となり、実父通康の死後に穂井田元清の正室に。
実際の生年は不明だが、この話だと1548年生まれ。元清こと宮寿丸の姉さん女房。
個人的には宮寿より年下でもそれはそれでアリかなぁとも思ったのですが、嫁いですぐの永寿(作中栄姫)に仲良しの友人的なポジションの娘が欲しかったことと、史実で結構早くに亡くなってしまうのでちょっとでも長生きしてほしいなと思い、この年齢にしました。
かの『村上海賊の娘』では、主人公である景の義理の姉「琴姫」として登場しています。ウチとは違い、品のあるお嬢様デス。




