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第六話 村上水軍

「で、そもそもなんで、お前は隆景(又四郎)様の刀を持ち出したんだよ」


 立場、逆転。


 刀匠と並んで正座させられた宮寿丸は、膨れっ面でそっぽを向く。


「いいよ。お前が喋る気ないなら、こっちの人から聞くから」


 就辰が、宮寿丸の隣に座る刀匠に体を向けた瞬間、小声でぽつりと宮寿丸が呟いた。


「……写しを、作るつもりだった」

「写し? 宗近のか?」


 それ以上はしゃべるつもりはない。と、また無言で宮寿丸はそっぽを向く。


『写し』とは、いわゆる刀の模倣品(コピー)である。

 ただし銘まで偽り買い手を騙す目的で作られた贋作とは違い、有名な古歌を取り入れて新たに歌を作る『本歌取』のように、依頼主と作り手の同意の元、名高い名刀を(モデル)にして新たに作刀される刀のことだ。


「なんでも、元服したあかつきには自分で打った、兄君とお揃いの刀を使いたい……と仰りまして」


 あーッ! こらッ! と、宮寿丸は他人に聞かれたくない真実を暴露した刀匠の口を慌てて塞いだが、時すでに遅し。


 バツの悪い表情で、赤面しながら宮寿丸はぽつぽつとしゃべりだした。


「……ずるいじゃないか」

「ずるい?」


 何が? と首を傾げる就辰に、宮寿丸は怒鳴る。


「なんで年下の幸鶴(アホウ)がとっとと元服して、年上の俺や椙杜の吉満(おとうと)が後回しなんだよ!」


 あー……と就辰は渋い顔で頷いた。


 客観的に見るならば、隆元の急死はそのまま毛利家当主の不在を意味する。

 一度引退した元就(大殿)が再び表舞台に立ち、幼い幸鶴丸の後継となって彼の元服を急いだのは、当主不在の毛利家の混乱を抑える為だったのだが――しかしそれ故に、元服の順序をすっ飛ばされ、後回しにされた当人達にしてみればたまったモノではないのだろう。


(うん、まぁ確かに。ただまぁ、説明したところで納得して飲み込めるかどうかってのは、そりゃあまた別の話だよなぁ……)


 宮寿丸の様子を見るに、たぶんコレはまったくもって納得などできていない。


 御家の一大事で混乱期であったことを差し引いたとしても、隆景に丸投げもとい預けていた現状を見るに十中八九、元就側も宮寿丸に対して元服の経緯についての根回しや説明、説得などの努力を十分にしていないだろうと思われる。


(ないがし)ろにされたと感じても、無理はないよなぁ……)


 もちろん就辰の憶測を含む話ではあるが、ちょっとだけだが宮寿丸に同情しなくもない。


「オマケにあの阿呆(幸鶴)が俺の烏帽子親だぁ? ふざけんな!」

「あーまぁ……烏帽子親は普通、主君や棟梁(身近な偉い人)ですからねぇ……」


 主人の元就(自分の加冠の儀)を思い出し、ははは……と就辰の口から乾いた笑いが出た。


 あの時は知らなかったが故に「身に余る光栄」としか感じなかったが、その主人が実の父であると事前に知っていれば――どうであっただろうか?


 ――と、宮寿丸の話を聴いているうちになんだか彼に共感的になってしまったが、しかしそれはそれ、これはこれと切り替えなければ――。


 就辰は首を横に降ると、パァンと自分の両頬を叩いて気合いを入れた。

 その様子を見て突然何事かとビクつく宮寿丸に、改めて就辰は向き直る。


「結果的には勝手に宗近持ち出して盗まれる原因作ったのはやっぱり坊ちゃんなんで、ちゃんと責任は取りましょうね!」


 棟梁! と今度は刀匠に就辰は話しかける。


「ついで……なんて言うと気分を害されるかもしれませんが、今回の集落全体の被害状況を教えてください」

「はぁ? お前、何言って……」


 訝しむ宮寿丸に、状況把握は探索のイロハだろうがと内心思いながら、就辰はため息混じりに口を開いた。


「被害状況から盗賊の規模や逃げた方向を割り出し、場合によっては隆景(又四郎)殿の助けを借りて取り返すんですよ! 宗近を!」



  ◆◇◆



「状況はわかりました」


 海賊――と呼ばれている者たちの棟梁の割には柔和な表情のその優男は、目の前に座る大柄な義兄――乃美宗勝に人懐っこそうに微笑む。


 宗勝は大急ぎで馬で忠海の賀儀城(拠点)まで戻り、舟で向島の余崎城(因島村上氏の拠点)まで向かった。


 隆景が先触を出してくれていたおかげで話は通っており、宗勝は待たされることなく吉充(義弟)と面会ができた。


「他ならぬ義兄上や隆景(又四郎)様の頼みです。それに実はその……胡散臭くはありますが、尾道絡みでこちらも少々、きな臭いお話がございまして……」


 吉充は声を落とし、どう話したらよいものかと悩みつつも宗勝に打ち明ける。


「なんでも、宇賀島衆(うかじましゅう)の残党が、尾道に集結しつつあると」

「まさか!」


 頭の片隅にもなかった名前に、宗勝も思わず「はぁ?」と、あんぐり口を開けた。


「奴らを壊滅させて十年だぞ! 今まで一体、何をしておったのだ……」

「ですよねー。やっぱり義兄上(あにうえ)もそう思いますよねー」


 義兄の反応に、はぁ……と吉充はため息を吐いた。


 宇賀島衆は村上氏とはルーツが異なる海賊で、おおよそ十年前に毛利に反抗したため、隆景率いる小早川水軍に完膚(かんぷ)なきまでに叩き潰された経緯がある。


 とはいっても討ち漏らした残党はどこにでもいるだろうし、その生き残りの中に毛利や小早川に対してメラメラと敵意を燃やす者たちがいても、そりゃあおかしくはない。


 しかし、それにしても十年もの間全く音沙汰無し、気配の一つも無かったというのに今頃になって突然動き出すというのも少々おかしな話である。


「念には念をで、一応警戒はしているの……」


 ですが――という吉充の言葉を掻き消すよう、突然部屋の外からぎゃあぎゃあと赤子の鳴き声が響きわたった。


 はて? と宗勝は首を傾げる。


 妹と吉充――二人の仲は睦まじいようではあるが、妹から(やや)を産んだといったような話は特に聞いていないし、色男の吉充が側室を迎え、子が産まれたのだろうか――と宗勝が訝しんでいると。


「あー、待って! アレはウチの子じゃないですよ!」


 と、焦ったような吉充の声。


 声には出していなかったのだが、うっかり素直に顔に出ていたか――宗勝の疑念に対して、吉充は全力で否定した。


「実は今、親族が集まってまして……おお! そうだ! 義兄上がとてもよくご存知のお方も来られてますよ!」


 吉充はポンっと手を打ち、宗勝の背中を押して少し離れた別の部屋に案内した。


 中にいたのは妹よりもずいぶんと若い一人の女性。

 吉充の言うとおり、宗勝はどこか、見覚えがあるような――。


「まぁ! 兵部殿ではございませんか!」


 雪の降り積もる雪山よりは遥かにマシな環境とはいえ、強く海風の吹きつく寒い冬なのに、パッと夏の花が咲いたような、明るい微笑。


「まさか……(えい)姫様? 栄姫様にございますか?」

「はい!」


 にっこりと微笑む女性――栄は、嬉しそうに宗勝に駆け寄った。


「? あの頃のように、抱き上げてはくださいませんの?」

「……ご冗談を」


 頭を抱える宗勝に、栄はまたおかしそうに笑った。


 毛利家一門衆、宍戸(ししど)隆家(たかいえ)の長女、栄。

 同時に宗勝の主人、小早川隆景の(姉の娘)であり、そして――。


「ねえ。兵部殿。お義父(とう)様はご息災かしら?」

「もちろんでございます」


 十年と少し前に、陶晴賢を打ち破った厳島合戦。その際に結ばれた同盟の際、栄は隆景の養女として、吉充とは別の村上の一族に嫁いだ経緯があった。


 あの頃、栄はまだ十を少し過ぎたくらいの少女で――宗勝は先ほど彼女が言った通り、隆景(主人)に頼まれては自分の娘たちを連れて彼女に会いに行き、小さな彼女から「たかいたかい」をせがまれたり、肩車をしたりして、両親から離れ寂しい思いをしていた栄を慰めていたものだった。


 もっとも、村上に嫁ぐまでの僅かな期間であったが。


(さて、栄姫様が、此処に()られるということは)


 普段、宮寿丸に露骨に阿呆呼ばわりされている宗勝でも、さすがにこの状況は理解できる。


 先程吉充も「親族が集まっている」と言っていた――ということは。


「席を外しており申し訳なかった。吉充(又三郎)殿」


 突如、背後に現れた気配に宗勝は硬直。殺気を放たれた訳ではなかったが、思わずその場を飛び退き、そして其れ(・・)を目視した途端、目を見開いた。


 背の高い宗勝より、さらに頭一つ大きな大男。

 以前会った時は普通に顔を晒していたが、今日は頭巾を目深に被り、顔のほとんどを隠している。


「来島の通康殿……か?」

「ああ、ご無沙汰している。乃美殿」


 表情は読めないが、宗勝の様子に通康は少し笑ったような気がした。

栄(天遊永寿)  ?-1594


 本名がわからないので名前はオリジナル。

 元就の愛娘である五龍局と宍戸隆家との間に産まれた娘です。


『たぶん五龍局と宍戸隆家の間に最初に産まれた子であろう』といった仮定となっている前提条件はあるものの、両親の婚姻時期と女性としては珍しく生まれ年が判明している母の年齢、弟の誕生年、本人の婚姻時期から大体の生年を計算すると、1542〜1546頃の生まれとなり、今作では1545年生まれとしました。かなり高い確率で元就の初孫です。


 1554年に厳島合戦前の軍事同盟のために村上通康に政略結婚で嫁ぎます。しかし村上通康には既に正妻がいたため通康の本拠地の来島城ではなく、通康の主人である河野氏の湯築城内にあった通康の屋敷に入ったとのこと。


 当然、輿入れ当時はすぐに子どもを産めるような年齢ではないため、しばらく放置されげふん彼女が子を産んだのは十年後の1564年。通康の死後に通康の主人にあたる河野通宣と再婚し、一緒に連れて行ったこの息子が後に戦国大名としての河野氏最後の当主となる通直となりますが、これはまた別のお話。

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