第五話 尾道騒動
尾道に出立する二人の弟たちを見送る隆景の元に、一人の配下が駆け寄ってきた。
「なんだって?」
諜報を行なっているその配下から耳打ちされた隆景は、端正な顔を顰めた。
「何事でございましょうか」
「尾道に、盗賊が出たと」
主人に問いかけた宗勝は、隆景の言葉に「なんですと!」と顔面蒼白で叫ぶ。
「今すぐお二方を連れ戻しますか?」
冷静に問いかける隆興に、「いや」と隆景は首を横に振った。
「余次と宮寿はこのまま尾道へ」
ですが……と、隆興はやや不安そうに口を開く。
散々手を焼かされながらも、なんだかんだで宮寿丸のことが可愛く、そして心配らしい。
隆景は彼を安心させるかのようにポンっと肩を叩いた。
「解ってるだろう? 今小早川が動くことで、近隣の上原や木梨を下手に刺激したくない」
――それに。
「たぶんこちらが何も言わなくとも、あの二人ならきっとそれなりにいいように対処してくれるだろうから」
ああ、でも……と、隆景は言葉を濁して思案する。
「そうだね。何かあった時に備え、彼らに連絡をつけてみようか」
そう言うと、「宗勝」と、小さく呼びつけた。
「予定変更だ。雪解けの季節まであまり時間は取れないが、事態が解決するまで北には戻らずしばらくこちらに逗留することにする。相手方に先触は出しておくが、そなたは賀儀城に戻って舟の準備を」
宗勝は主人の言葉に首を傾げた。
舟なら新高山城の麓にもあるし、尾道に向かうならわざわざ宗勝の居城に戻らずとも、そちらの方が近くて早い筈だが――。
「手紙を書く。相手は、そなたの義弟君へ」
届けてくれるかい? その一言で主人の言葉を察し、「是」と宗勝は深くうなずいた。
宗勝の義弟――妹の夫は、尾道の対岸の島々を拠点とする因島村上水軍の当主である村上吉充。
隆景は宗勝に「小早川水軍を代表して面会せよ」と命じているのだ。
「あぁ、そうだ」
――と。隆景はクスクスと品よく、しかしイタズラを思いついたように微笑んだ。
「ついでに吉充殿に、無くなった宗近の捜索も頼んでみようかな」
ぎく――。一瞬固まった乃美二人は、すぐさま主人に向かって土下座した。
「申し訳ございませぬ!」
「その、ご存知でございましたか……」
まぁ、あれだけ城中ひっくり返るような大騒ぎしていればねぇ――。と、隆景は苦笑した。
「実のところ、持ち出した犯人はなんとなく察しているし、昨日まではそんなに心配はしていなかったのだけれど」
隆景は目を細め、東を――弟たちの向かった尾道の方を眺める。
「ともかく、彼らのお手なみを拝見といたしましょうか」
◆◇◆
「なぁ、尾道に何の用があるんだよ」
就辰が質問しても、宮寿丸は無視を決め込み、道中ずっと無言だった。
(なんだよ。感じの悪いヤツ……)
|大嫌いな父親からの使者《経緯が経緯》だけに、確かに警戒したくなる気持ちも理解できなくはないが、それにしたってツンケンし過ぎだろうと就辰は頬を膨らませる。
一方的に就辰がしゃべるだけの道中だったが、やがてそれも終わりが近づき、そして――目的地であろう尾道の、千光寺山の麓にある艮神社に程近い、とある刀鍛冶の工房にて――。
「申し訳ございません」
宮寿丸を目にしたとたん、工房の主人であろう刀匠が深々と平伏した。
なんでも昨晩、このあたりの集落が盗賊に襲われ、金になりそうなものが大量に盗まれてしまったとのこと。
この刀匠もその際に、工房に置いていた数本の刀を盗まれてしまったとのことで。それはそれで大変気の毒なことこの上ない――のだが。
「申し訳ございませんで済むかッ! 兄上の刀が盗まれたんだぞ!」
宮寿丸は怒り心頭で刀匠を怒鳴りつけた。
「……?」
その宮寿丸の言葉に、就辰は変だなと首を傾げ――。
「て、いや、おいコラッ! ちょっと待て!」
何かに気づいた様子で、思わず宮寿丸と刀匠の間に割って入った。
「お前……時系列がちょっとおかしくないか?」
じっとりと就辰は宮寿丸を睨む。
その一。新高山城から盗まれたという隆景の刀を探している宮寿丸に、犯人と間違えられて落馬させられたのが昨日の夕方。
その二。刀匠宅に賊が押し入り、盗んで行ったのが昨日の夜。
その三。宮寿丸から刀を盗まれたことを咎められる、刀匠――。
そこから導き出される結論は。
「……お前かよッ! 最初に新高山城から宗近持ち出した犯人!」
「じじさまたちと違って、意外と頭回るなコイツ」
怒鳴る就辰に、バレたかとチッと舌打ちする宮寿丸。
「そうだよ。兄上の刀を持ち出して、此処に持ってきたのは俺」
でも、だから何? と悪びれることなく、宮寿丸はむしろ開き直った。
宮寿丸の強気な発言に、就辰はすぐには返す言葉が見つからず絶句。
「別に変な事は考えてないし、上手くいけば全て兄上の為になるはずだったんだよ! すぐに返すつもりだったし……」
盗まれなければね! と嫌味を込めて宮寿丸は刀匠を睨んだ。
毛利に連なる領主の刀を盗まれる――起きた事の結果を考えれば当然ではあるものの、盗賊の直接の被害者であるはずの刀匠は終始平伏しっぱなしで――。
「と、いうことは。だ」
刀匠に対する宮寿丸の態度に、なんだか腹が立ってきた就辰は宮寿丸に向かってにっこりと笑った。
「俺は、お前に刀泥棒の濡れ衣を着せられ、落馬させられたことになるんだが……」
顔が少々変に引きつっているかもしれないが、そこは気にしない。
「失礼な! 濡れ衣なんて着せてな……」
「あー! 痛い! 馬から落ちた時に打った左腕が滅茶苦茶いーたーいー!」
突然叫んだ就辰に、ぎょっと宮寿丸が目を見開いて硬直。
刀匠も就辰の大声に驚いて、思わず頭をあげた。
就辰は構わず、痛いと言っていたその左手で、宮寿丸の細い腕をがっしりと力いっぱい掴む。
「大殿の使者に怪我させた挙句、騒動起こして他人のせいにするのは、やっぱりちょぉっといただけないよなぁ! 諸悪の根源!」
責任! しっかりとってもらおうじゃないか! あぁッ?
就辰は主従を忘れ、宮寿丸がちょっと恐怖を感じる程度吊るしあげた。
乃美隆興 1513-1598
十四歳年上の宗勝の従兄。
そして宮寿丸こと元清から見ると祖父または伯父にあたる。
乃美的にはこちらが本流。というか、実は彼の父の代までは本家と同じ「小早川」姓だったらしく、彼が領地である乃美郷(現:東広島市豊栄町乃美)から「乃美」を名乗り始めた模様。
妻が宍戸隆家(小早川隆景の姉の夫)のおば(隆家の父親の姉妹)にあたる。
元々竹原小早川家に元就の姪(かつて当主であった元就の兄の娘。隆景にとっては従姉)が嫁いでいたという縁はあったけれど、そこを縁にさらに隆景を養子にもらったり、竹原・沼田小早川家の統合に尽力したり、自身の妹または娘を元就に嫁がせたりと、かなり早い時期から積極的に毛利のために動いている。とっても先見の明のある人。




