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第十四話 元清

 時は少し前。


 千光寺山城内に忍び込んだ就辰は、パァンと両頬を叩き、弱気になっている場合じゃないと気合を入れた。


「おー、元気出てきたかなぁ?」

「おう、その……就勝(与七郎)。……ありがとう。心配をかけたな」


 ――急いで与右衛門殿たちを探すぞ! 照れ隠しに早足で庭を横切る就辰に、就勝は「あー……」と言いにくそうに声をかけた。


「たぶんねぇー、皆が捕まってるの、そっちじゃないと思うんだぁー」

「へ? なんでそう思うんだ?」


 問われた就勝はちょっと得意そうににっこり笑い――。


「ちょっとした趣味でねぇ、近年できた城の絵図面(間取り図)を大殿から借りて時々読んでるんだぁ。この城の絵図面を見たのは数年(ちょっと)前だけれど、たぶん、座敷牢の場所はこっちだと思うよぉ!」

「……それ、趣味の範疇超えてない?」


 っていうか、なんで絵図面? なんで大殿がそんなもの持ってるの? 疑問が就辰の頭の中をぐるぐると駆け巡ったが、「大殿と与七郎のことだから、どうせまともな理由じゃない」という結論に達して就辰は深く考えるのを諦めた。


 そして、就勝の言う通り――。


「みんなぁー! 助けに来たよぉ!」


 座敷牢前の見張りを二人であっさり倒し、囚われた与右衛門(よえもん)たちの解放に成功。その後城を制圧して、隠された複数の刀や鎧の発見に至ったのであった。



  ◆◇◆



「皆様方の悪事の証拠、千光寺山城にありましたので返していただきました」


 鞘に描かれた左三つ巴(小早川の家紋)

 しかし、当の木梨元清は、何のことか理解していないようで、ポカンと大きく口を開ける。


「あー、もしかしてとは思っていたのですが……やはり把握されてなかったのですね」


 三条宗近と言えば名刀揃いにも関わらず、就辰がこの刀を見つけた蔵の中は幾本もの刀が雑多に置かれ、当の宗近は数本の刀の下敷きになっていた。


 しかし意図的に隠していたにしては実に雑な状況で、もしかしたら、賊はこの紋や価値に気付いておらず、あくまで戦利品の一つとして持っていってしまったのでは? との考えに至った。


「これ、実は隆景(又四郎)殿の愛刀の宗近なんです」


 就辰はため息まじりに、タネを明かす。


「はぁ? なんで奴の刀がウチの城にあるんだ!」

「強欲な貴様か貴様の家来が、刀鍛冶の棟梁のところから根こそぎ城に持っていったからだろうが」


 突然ぬっと元清の背後が暗くなる。後ろを見上げると、先ほど舟の上で踊っていた少年――宮寿丸が、小さな小舟に乗り移って港に接舷した。


「遅いぞ余次」


 何者だ! と怒鳴る元清を無視して、宮寿丸ゆっくりと舟から降りてくる。


「すみません。本当は刀が見つかり次第すぐにこちらに参上するつもりだったのですが……捕まった皆(与右衛門殿たち)が満場一致で仕返しに一泡吹かせたいとのことでして、ひとまず城を制圧させていただきました」


 就辰の言葉にさすがに頭を抱えつつ宮寿丸は見上げた。


「……アイツらの仕業か。あの煙は」


 なんてったって襲ってきた賊を返り討ちにして海に沈める連中だ。やることが違う。


「降りてくるときにチラリとしか見かけていませんが……(やぐら)がちょこっとだけ焦げてた……カナ……?」

「ちょっとどころじゃないだろうあの黒さ! 山に燃え広がって山裾の住民に迷惑かけたらどうするつもりだ!」


 もくもくと立ち上る黒煙の量は先ほどよりどんどん酷くなっている。


 至極まっとうな宮寿丸の怒りに、就辰は慌ててフォローした。


「た、たぶん就勝(与七郎)が残っているから、そんなに酷い事にはならない……はず……」


 ――ダメだ。どうしよう。なるかもしれない。


 むしろ嬉々として笑いながら城中に火をつけて回る就勝の姿がありありと想像できて、就辰は真っ青になった。


「あぁ、もう! しょうがないな」


 就辰の手から、宮寿丸はひったくるように(宗近)を受け取る。

 一瞬、ホッとした表情を一瞬浮かべ――宮寿丸はその剣を抜いて、元清に突きつけた。


毛利(もうり)陸奥守(むつのかみ)元就(もとなり)が四男! 宮寿丸! 義兄弟とはいえ、貴様のような弟は、(隆景)には必要ない! 故に」


 宮寿丸の背後に控えた舟の上で、武吉が合図とばかりに、宴会で吹いていた横笛にピィーッと一気に空気を送り込んだ。


 途端、大騒ぎで宴会をしていた連中が、舟の上から一斉に全員弓をつがえ、木梨軍に的を絞る。


「その元清の名(・・・・)、元服の暁には真なる弟の俺が貰い受ける(・・・・・・・)!」

「かかれぃッ!」


 武吉が大きな声を張り上げた。


 実はこの際、格好だけで舟の上から弓が射られることは無かったのだが、心理的な効果は絶大で、末端の木梨軍は恐怖のあまり一目散に逃げ出しあっという間に雲散霧消してしまった。


 残ったのは元清子飼いの家臣たちのみ。


 彼らは怯むことなく陸の上に居る宮寿丸や就辰たちに襲い掛かる。


 しかし。


「まぁかせろぉい!」

「叔父上ってばカッコいい! オイラも負けてられないね!」


 気合が入って興奮気味の村上通隆が、そのすらりと高い長身に見合った大きな太刀を振り回し、小さな太郎はそのあたりの石礫(いしつぶて)を適当に拾い上げては、ちょこまかと逃げまわりながら相手にぶつけて撹乱(かくらん)させた。


 就辰も元就()からもらった刀の朱塗りの鞘を抜き、襲い掛かる兵たちを斬り捨てる。


 そして宮寿丸は兄の刀を振り回す。二尺二寸五分(約六十八センチ)のその刀身は小柄な宮寿丸でも扱いやすいようで、一番標的になっていたにもかかわらず、軽々と切り伏せ、相手を海に叩き落としていた。


 どぼんと落ちた木梨兵の海の水飛沫(みずしぶき)を浴びた刀の切っ先がキラキラと輝き、血生臭いこの場には相反するが、その宗近の輝きは宮寿丸には美しいとさえ思える。


 ふと、独特の匂いを感じた就辰は、顔を上げて周囲を警戒した。


 山頂の火事の匂いとも違う、独特のその香り――。


 火縄銃(種子島)か! そう頭で理解した時には、既に就辰の体は勝手に動いていた。


 就辰が宮寿丸に覆いかぶさった瞬間、パンッ! と乾いた音が響き、背中側に強い衝撃と、熱い感覚が広がる。


「余次!」


 口を開けるが、痛すぎて言葉にならない。


 倒れ込む就辰を、宮寿丸は真っ青な顔で支えた。宮寿丸のその手から(宗近)が滑り落ち、海の中にドボンと落ちて木梨兵同様水飛沫をあげた。


(あ、まずい……刀……)


 どうしよう……しかし、就辰の口から声は紡げず、意識はそこで途切れたのであった。



  ◆◇◆



 酷い目にあった……。銃の登場はその場を混乱させ、そのドサクサで元清はなんとか尾道を脱出することに成功した。


 損害はほとんど(・・・・・・・)無かった(・・・・)が、元清は本来の城である尾道北部の鷲尾山城(わしおやまじょう)へ逃げかえる。


 さらに兵を増やして再度尾道へ――あの調子に乗った若造らめ! 仕置きをしてやらねば――などと、元清は思っていたのだが。


「あぁ、お帰りなさい。お待ちしておりました」


 なんと鷲尾山城の門前で出迎えてきたのは、小早川隆景、その人であった。


「な……なんで貴様が此処にいる!」


 狼狽える元清に対し、隆景はやんわりとした笑顔で答えた。


「尼子攻めの為に、そろそろ皆さま日野山城に集合しておりますよ。一緒に行きましょうと先触れを出したのに、まったく連絡がつかなかったので、何かあったかと不安になってこちらに参りましたが、皆様しっかり軍備を整えられて支度十分なご様子……さすがは木梨殿です。隆景実に感服いたしました」


 どこまで知っているのか、本当に知らないのか――相も変わらずの隆景のその表情(ポーカーフェイス)からは全く情報が読めず、元清はギリリと歯を食いしばる。


「さぁ、このまま日野山城へ向かいましょう!」


 かくして隆景は柔和な微笑みを浮かべながら、引きずるような重たい足腰の元清と木梨の兵たちを自分たちの先頭(・・)に立たせ、ほぼ丸一日の行程がかかる日野山城へ有無を言わさず木梨軍(彼ら全員)を連れて行ったのであった。

小早川隆景  1533-1597


 一般的に見ると毛利三兄弟──というか、妙玖夫人の産んだ子どもたちの中では末っ子(実は同母の妹がいたかもしれないらしいけれど話の腰が折れるので今回は割愛)。


 しかし、主人公二人にとっては頼れるお兄様で、ついでに今作においては保護者枠というなんだか複雑な立場。ちなみに私の元祖推し武将。


 頭の回転が早く天才肌ではありますが、同時に気遣いのできる紳士的な人物。「死んだら日記は処分して!」と遺言残したらしく、残ってないのが実に惜しい……。


 夫人に対する接し方の記録からアセクシャル、天狗との問答の逸話から実は物の怪や幽霊など人間じゃないものがなにかと見えていたり、占い好き(※:この時代において占いは兵法の一つ)という設定だったのですが、今回は見事に出てきませんでしたね……。


 ちなみに作中にて就勝に対するツンケンとした態度は、弟と認めていないわけではなく、単なる同族嫌悪です。

 養父惨殺の件は「致し方なかった」とは思いつつ、就勝には可哀想なことをしたかなとは思っていますし、弟であることも一応認めてはいます。致命的にソリが合わずに嫌いだったけど。

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