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第十三話 饗宴

「兄者ぁ。来島頭領の代役(・・)が舟の上でそんなに震えていたら格好つかんぞ」

「仕方なかろう! 海育ちのお前と違ってこちらは山育ちなんだから!」


 主人の隆景に緊急事態だと新高山城へ呼び返され、何事かと思えば「別動隊として動いている通康殿の影武者を頼みますね」とにこやかに命じられた乃美(のみ)隆興(たかおき)は、舟の床に張り付くように座り込んで宗勝(従弟)に呆れられていた。


 一応通康不在の状況は来島水軍に伝えてあるし、細やかな戦闘指揮に関しては来島水軍副官の村上(むらかみ)吉継(よしつぐ)が行う事で話は付いている。


 が、それはそれで「松姫様が主役の宴席の場に、実父である(かしら)がいないのは格好がつかない。誰か似たような体格の代役を寄越せ」との意見が来島水軍側からあがったらしく、なかなかあの背丈の者がいるわけもなく急遽代役として隆興がやってくることに相成った。


 っていうかただでさえ地面(舟の床)が揺れて心もとないのに、この服動きにくくない? 頭巾邪魔なんだけど、戦闘になったら動き回るの無理じゃない? ねぇ?


「あぁあああ! もうッ! どこに行かれたのだ通康殿は! それ以上に何を考えているのだ宮寿丸はッ!」


 状況が飲み込めぬまま借り出された隆興(祖父)の悲鳴が、宮寿丸の知らないところで海上に響き渡った。



  ◆◇◆



 元々向島の余崎城に集まっていた村上三家の舟に加え、頭領武吉と指揮官宗勝の連絡を受けた能島城(のしまじょう)賀儀城(かぎじょう)から出航した舟が港を埋め尽くす。


 その中をこっそりと尾道港から出航した小舟が、多数の舟の間に紛れて進んでいく。そして一際(ひときわ)大きな舟に接舷して乗り移った。


 小舟に乗っていたのは、宮寿丸と松姫、そして大きな舟の主である松姫の養父、村上武吉。


「協力、感謝する」


 宮寿丸は就辰の服を借り、女装から着替えて宴の席に座る。

 隣に座った松姫は、宮寿丸には気づかれないようにほう――と小さく息を飲んだ。


 袖丈が少し大きいが、女装姿とはまた違う、瑞々しくも凛々しい若君。


「私、興味を持ちましたの」


 松姫の言葉に、宮寿丸は首を傾げた。


「貴方の、頭の中に」


 松姫は目を細め、宮寿丸に微笑む。

 どういうことかさっぱり解っていなさそうな宮寿丸に、松姫は笑いながら説明した。


「滅多にお会いできませんけれど、私、お栄姉様から隆景(又四郎)様のお話は何度も聞いておりましたのよ。とっても頭の良い方だって」

「お栄? ……あ! 姉上のところの!」


 ギリギリなんとか記憶に残っている程の昔に、一度だけ会ったことがある年上の姪。


 そうだ。彼女は隆景()養女(むすめ)となって、松姫の父に嫁いでいたのだった。


「そうだろう! 兄上はすごいんだ!」

「私から見れば、貴方もかなりすごいですわよ」


 大好きな兄の話題になり上機嫌な宮寿丸だったが、突然兄ではなく自分が松姫に褒められてしまい、理由を考えてはみるものの全く思い至らず。


 実のところ宮寿丸は、あの元就()隆景()に比べれば悔しいが自分はまだまだ凡庸であると思っており、考えれば考えるほど理由がわからなくなって首を傾げた。


「ほら、私の周りの男子(おのこ)って、言葉を選ばずに言えば実に残念(・・)方々(かたがた)なんですもの。ほら。与右衛門(よえもん)とか太郎とか源八郎とか……兄様とか」


 要は体力や体格、武力方面で優れてはいるのだが、脳筋具合が残念だと言いたいらしい。


 横で聞いていた武吉が思わず噴き出して、必死に笑いを堪えている。


「貴女の兄上は、とても上品で知的に見えたが……」


 宮寿丸の言葉に松姫は「とんでもない!」とばかりにブンブンと松姫は首を横に振って力説した。


「あんなの、見かけ倒しですわ! 普段は割とおっとりボーっとしていますし、顔は良いから女性にモテますけれど、戦闘になれば勇往(ゆうおう)邁進(まいしん)……なぁんて言えば聞こえはいいですが、結局のところは猪突猛進、正面から突っ込むしか能がない阿呆です!」


 毎度毎度鎧に大穴開けて、自分と敵の返り血で真っ赤になって帰ってこられるこちらの心臓の身にもなってくださいまし!


 松姫の言葉に「あー、松姫様のイノシシっぷりは、兄君譲りなのですね……」とはとても言えず、咳払いで誤魔化す宮寿丸。


 武吉もとうとう我慢に限界がきたのか、大声でゲラゲラと笑っていた。


「だから、私は昔から頭のいい方の嫁になりたかったのです! その点貴方は頭が良いし、面白いし、見目麗しくて可愛らしいしで文句なしの合格ですわ!」


 がしっと松姫は宮寿丸の両手を握る。


「誰に何と言われようと、貴方の嫁の座は私が譲りませんから! そのおつもりで、早く元服なさってくださいましね!」

「は、はい……わかりました」


 松姫に気圧された宮寿丸は、ことの成り行き上婚礼話をでっちあげたことに対し、ちょっと判断間違えちゃたかな――とほんの少しだけ後悔した。



  ◆◇◆



 杉原元清(すぎはらもときよ)が港に着くと、港は見物の住民たちで溢れかえっていた。


 舟の上に作られた台の上で、笛や太鼓、琴の音と舟に乗り合わせた者たちの歓声に合わせ、一人の少年が舞っている。


 遠目からなので具体的な容姿は判らないが、所作は美しく、扇が季節外れの蝶のように、ひらひらと踊っていた。


「おお! これはこれは! 木梨殿ではないですかー!」


 元清たちが見物人を立ち去らせていると、因島村上氏の旗を掲げた舟の一つが港に近づく。


 船首に立つ男は酔っているのか顔は真っ赤だが、しかし揺れる舟の上で一度たりともよろけることが無かった。


「これはこれは。武装されていかがなされた? あ、尼子攻めへそろそろ御出立の時期でございますかなぁ?」

「……吉充(又三郎)殿。我が領内にて、この騒動は一体何事でございますか?」


 はて、お聞きになられていませんでしたかな? と、吉充は赤い顔でにっこりと朗らかに笑う。


 対して元清はというと平常を装ってはいるものの、少々こめかみがひくついていた。


隆景(又四郎)殿の弟君と、通康殿の姫君のご婚約が成立いたしましてな。これから千光寺に参ろうと思った次第にて、その前に宴会を……」

「……それは実に、めでたい事ではありますが、それがしの耳には何も入っておりませぬな。尼子攻めを控えた時期も時期なので、今回はご遠慮願いたく存じますが……」


 そんな時である。


「大変です! 城から煙が!」

「はぁ? なんだと!」


 元清が見上げたその先の千光寺山の頂上付近からは、かなりの勢いで黒い煙がまっすぐ上空へ昇っている。


 同時にその山裾付近からすごい勢いで、馬が二頭、港に向かって転がる勢いで駆け下りてきた。


「わーっはっはっはっはっは! 義経がなんぼのもんじゃい! 鵯越(ひよどりごえ)の逆落としくらい、ちょろいもんだ!」


 そう言うと男は駆ける馬から飛び降りて、着地の勢いそのまま背負った大太刀を抜かずに鞘ごとぶん回し、周囲の兵たち数人を一撃で薙ぎ倒す。


「きゃー! 叔父上ってば鬼神! 戦闘狂! カッコいいッ!」

「こ、こんな乗り方したら、馬がすぐに駄目になりますよ! 通隆様!」


 後ろから追ってきた馬に乗っていたのは何故か子どもを連れた木梨の伝令兵だったが、先に降りてきた暗い色の素襖(すおう)を身に纏う長身の青年である。


 元清はすぐに先ほど捕らえた宇賀島衆(うかじましゅう)の一人であると気がつき、慌てて彼を再度捕らえようとしたが。


「おんやぁ。通隆(太兵衛)殿ではございませんか。どうしましたか荒ぶられて」


 舟の上からその青年に向かってひらひらと手を振る吉充。


「お知り合いか?」


 嫌な予感を感じつつ、元清は吉充に問いかける。


「彼は……」

「我が名は村上太兵衛(たへえ)通隆(みちたか)! 来島村上家頭領、通康の息子だ!」

「はーい! 俺も俺も! 能島村上家頭領、武吉の嫡男、太郎でぇーッす!」


 吉充の言葉を遮って、二人は堂々と名乗りをあげた。


 宇賀島衆(うかじましゅう)を捕らえたつもりが、よりにもよってあの名のある武家の頭領子息を捕らえていたとは――。


 これは明らかに、小早川どころか毛利に四国河野も交えた国際問題待ったなしの予想外の大変な状況である。

 この状況に元清をはじめ、木梨軍一同の顔色はさっと青ざめ、体はがくがくと震えだした。


「えっと、ついでに便乗よろしいでしょうか?」


 突然伝令兵が挙手をする。

 そういえばこんな奴、木梨(ウチ)に居ただろうか――と木梨軍がさらにざわついた。


「毛利家家臣、二宮(にのみや)余次(よじ)就辰(なりとき)です」


 え。誰……? とでも言いたげな木梨軍の拍子抜けの表情。


 そりゃ、お二方に比べたら確かに我が家(二宮)は無名ですけどねぇ。と悲しくなりつつ、ゴホンと咳ばらいをし、仰々しく腕を前に出した。


「皆様方の悪事の証拠、千光寺山城にありましたので返していただきました」


 就辰が手に持っていたのは、左三つ巴の紋の入った、一振りの刀だった。

 杉原元清  ?-?


 別名の杉原隆盛や木梨隆盛、通称の『左衛門尉』で通っているみたいですが、晩年というか亡くなる前は元清という名前を使っていたようなので(というか本音としては資料の中でコレ見つけた時めちゃくちゃガッツポーズするくらいピッタリ案件で)今作はこの名前で登場。


 千光寺山城築城について、彼が築城した説ももちろんあるのですが、実は彼の死後、この時代よりもう少し後に息子の元恒(後年渋谷与右衛門に圧をかけて尾道から追い出そうとした張本人)ではないか説があります。が、この話では元清が築城した説を採用しました。……だって鷲尾山城(尾道市木之庄町木梨)、現在の尾道市街からドンパチするにはちょーっと遠いんだもん。


 生年は隆景と義兄弟の契りを交わしたとの記録があることから隆景に近い年齢かなぁと……どちらかというと元清の方が隆景より年上の気がしますが、本文中の展開から隆景よりわずかに年下(同い年、または離れてても一歳くらい)の設定にしました。

 没年も詳細時期は不明ですが、この話の数年後、1567年から1570年の間くらいに突然西隣を領地としていた石原忠直という人に鷲尾山城を攻め込まれ、流れ矢に当たって死亡しました。

 その石原忠直もすぐに隆景に討ち取られてます。


 ちなみに三子教訓状は元就が隆元・元春・隆景に宛てた手紙であり、他の家臣には関ヶ原以降に輝元が家臣団前で音読して広まったとのことなので、実際は元清は知らなかったと思われますが、スミマセン、ご都合主義で申し訳ないです……。

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