第十二話 元就の息子
宮寿丸の発言に、一同ざわめいた。
唐突な申し出に、武吉は苦笑を浮かべながら元就からの使者である就勝に目配せをする。
「能島村上としては、お松の婿は毛利の大殿の息子の誰か……って程度の、具体性の無いまだ先の話だったと思うんだが」
「け、結婚、大殿の許可なく勝手に決めちゃっていいんですか? 坊ちゃん?」
動揺する就辰に、宮寿丸はあっさり。
「毛利は元春兄上の前例があるから大丈夫だろ」
「いやぁーそうは言いますけど、あの時もそこそこ揉めたらしいんですけどねぇ……」
そうは言いながらも裏腹に「もう最高!」とばかりに、おかしそうに腹を抱えて笑う就勝。
次兄元春の妻は熊谷信直の娘である。
当時元春は元就の許しなく勝手に婚約してしまい、慌てふためく元就が「面目丸つぶれじゃぁ……」と頭を抱えつつも、最終的に元就は元春に押し切られて両者は結婚。
以降、熊谷氏は元春を全力で後押しするようになったため、結果だけ見るなら間違いなく政略的な意味合いの強い婚姻ではあったのだが、毛利領内でもこの二人は鴛鴦夫婦として大変有名だったりする。
――なお、その頃――。
「っくちょいッ!」
「……父上って、相変わらずでっかい見た目に反して実に可愛らしいくしゃみをしますよね」
「誰ぞ、隆景あたりがわしの噂でもしよるかのぉ……」
日野山城の元春が、今回の尼子攻めで初陣を飾る息子の元資にからかわれていたことはさておき――。
「俺は本気だが、婚姻は互いの一族の行く末を左右する話だ。可、不可は能島殿や松姫の意思を尊重する」
「と、いうと?」
宮寿丸の言葉の端の含みに気付いたのか、武吉は面白そうにニヤリと笑った。
当の宮寿丸は相変わらず「言葉にするのは難しい……」と眉間に皺を寄せつつも、目の前の海賊の頭領をどう納得させようかと、思考を廻らせる。
「能島殿がご息女の裳着を待たずに今、この頃合いで来島の松姫を養女に迎えてまで毛利と縁を結びたいのは、瀬戸内か四国に何らかの懸念事項があり、その際毛利と唯一直接的な縁が無い故の焦りからでは? と思った次第」
「……」
武吉は無言で宮寿丸の話を聞く。
もうちょっと手心を加えるとか、言い方を考えるとかしろよ――と聞いていた就辰は頭を抱えた。
来島は小早川および毛利と、因島は乃美と婚姻関係にあり――宮寿丸の言葉に決して間違いはないのだが、表現というかあまりにも言い方が直接的過ぎる。
やはり渋い顔の武吉だったが、次の宮寿丸の言葉に不意に顔を上げた。
「ただ、元服もしていない若輩者の俺の言葉だけだと問題があるだろうから、今回は婚約締結したフリで構わない」
「なんだと?」
武吉は興味深げにまじまじと、目の前の少年を値踏みするように見る。
「この場において、婚約締結の宴会を大々的に行う。尾道の港を埋め尽くすほどの舟で千光寺詣と称して」
「つまりは、我々は囮ってことかい?」
武吉の隣で聴いていた吉充が、食いつくように訊いてきた。
宮寿丸は深くうなずいて「たぶんだけど」と続ける。
「木梨軍は港を囲まれた段階で、慌てふためいて山から降りてくると思う。だからその隙に別動隊が通隆殿や与右衛門殿たちを解放し、刀も取り戻す」
降りてこなければ? 武吉の意地悪な問いに、宮寿丸は「それならばより簡単だ」とニヤリと笑う。
「そのまま直接、千光寺を通り越して千光寺山城に攻め込んでやればいい」
◆◇◆
「港を埋め尽くすほどの大量の舟で、宴会をしています!」
「………………はぁ?」
気の抜けたような声を上げる元清に、与右衛門たちに簀巻きにされ沈められた件の盗賊たちの武具を剥ぎ取って纏い伝令兵のフリをした就辰は「いかがいたしましょうか」と問いかけた。
宮寿丸から「元清は隆景と義兄弟の契りを交わした」との情報をもらった就辰だったがその割には隠すことなく小早川に敵意むき出しの元清の態度を目の当たりにして、備後衆とはいえ同じ毛利家臣としては少々心配になってしまう。
大殿のお耳にも一応入れて置こう。まぁ抜け目のない元就様の事なので、既に知っていそうな気がするけれど。就辰は気取られぬよう、心の中でため息を吐いた。
「申し上げます。詳しい状況が判明しました。なんでも毛利の若君と村上の姫が婚約されたとかで、千光寺詣にかこつけて宴会をしている模様です」
就辰に少し遅れてもう一人の伝令が駆けつけた。就勝の変装である。
「これから尼子攻めというこの時期に、一体何をやっておるのだ」
バケモノの弟がうつけとは――元清は呆れかえり、思わず呟いた。
「元就には、まともな息子がおらんのか」
うぐッ――元清の言葉に不意打ちをくらって、就辰の心に棘が刺さる。
いや、大きな声では言えないけれど、自分は普通というかまともだし。っていうか、元春殿はよく判らないし坊ちゃんは確かに変だけど、隆元様と隆景殿はとてもいい人じゃないか!
そんな就辰の心の声など当然気づくはずもなく、元清は好き放題言い放った。
「いや、そういえば元就も正妻以外の子は虫けらのようなる子と言っていたではないか」
目を見開き、就辰が思わず動きを止める。
虫けら……元就様が……?
就辰の手がわなわなと震えた。が、そっと就勝がその手を押さえ、元清から隠すように前に出た。
「いかがいたしましょう? 弓でも射かけて、港から追い出しましょうか?」
就勝の言葉に、元清は頷く。
「そうだな。先に領内に入ってきたのはあちらが先だ。領主の我が、直々に相手をしてやろう」
者ども! ついて来い! そう言うと高笑いをしながら、城を出て行った。
◆◇◆
武装した元清や家臣たちを煽って城外に出し、こっそり残った就辰と就勝は、捕らえられた宇賀島衆や通隆たちを探しながら城内を歩く。
「お前、普通に喋れたんだな」
ヒヤヒヤしたぞ。と言う就辰の言葉に、就勝は嬉しそうににっこりと笑う。
「あのくらいならできるよぉ。余次も、よく我慢したねぇ」
いいこいいこ。と、まるで子どもをあやすように就辰の頭を撫でる。
「馬鹿……俺は子どもじゃないッ!」
「でも、余次は元就様の息子でしょう?」
な……。就辰は絶句する。
「お前! 知ってたのか!」
うん。と相変わらず笑いながら就勝は頷いた。
隠してきたこと――これからも隠し続けていかなければいけないことを、知っている人間が他にもいた。
隆景の時もそうだったが、一度そう思うと気を張っていた身体の力がなんだか抜けてきて、就辰はへなへなとその場に座り込んだ。
「大殿はね、本当はものすごく寂しい人なんだよぉ。すごく寂しがりやなのに、家臣たちの前ではどうしても厳しい人にならざるを得ない」
あとで、隆景様にでも訊ねてみるといいよぉーと、就勝は人目につかないように就辰を支えながら建物の陰に隠れつつ、就辰の肩を抱き寄せる。
「隆元様ご逝去の時なんて、本当に連日嘆き喚いて、再起不能廃人寸前。立ち直るまで本当に大変だったんだから」
「でも、それは隆元様だから……」
就辰の言葉に、就勝は首を横に振った。
「俺は知ってる。あのお方は隆元様でも、五龍局様でも、元春様でも、隆景様でも、余次でも……誰かに何かあった時には、めちゃくちゃ泣いて、大騒ぎして、手が付けられなくなっちゃう人だってさぁ」
それこそ。
「父上や兄上たちが殺されたことについて、幼心にもうどうでもいいやと思えちゃうくらいにはねぇ」
ふと目を細めた就勝の眼差しが、元就の優しい微笑みに重なって見えた。
今まで性格や表情が違いすぎて、全く気が付かなかったけれど。
「もしかして、お前……」
お前も……? 就辰の言葉に、就勝は是も否も答えなかった。
けれども、ただ就辰の気持ちが落ち着くまで、就勝はそっと、静かに抱きしめてくれた。
井上就勝 ?-1618
当初、今作には出てくる予定ではなかったのですが……。
安芸井上氏粛正の際、一番最初に殺された井上元有の三男。古い本には「元勝」と記載されているものが多く──というかほとんど。理由は近年の研究で『萩藩閥閲録』の「元勝」自体が記載ミスであることが判明し、就勝が正しい……らしい(ちなみに「井上元勝」という名の武将が同時代の毛利家に別にいる上、就勝を元勝と書いてある資料の中には、父の元有や兄の与四郎を就勝と書いてあるものもあって余計読み手を大混乱に陥らせている)。あまりにも混乱するので開き直って(?)通称の『与七郎』記載になってる資料もある。
実はこちらも元就のご落胤説有り。大体の事情は就辰と一緒。一説によると母が元就の侍女または妾で、お手つきになったあと元有に嫁いで直後産まれたのが就勝。
幼少期に一族粛清に巻き込まれたけど、その際、元就の命を受けたのちの五奉行の一人である粟屋元親に救い出され、彼の養育を受けて成長したとのこと。
就辰に比べると活躍が地味げふん控えめであり、具体的に何をやったかと言われると少し困るが、朝鮮出兵や関ヶ原以降も生存し、関ヶ原以降出奔する井上氏が多い中、彼は出奔することなく子孫も代々毛利に仕えています(ちなみに養父の従兄弟の家系から、後に明治維新の際に活躍する井上薫が生まれます)。
なお、(養)父元有が殺された地名が「たけはら」となっており、殺した側の隆景のせいで「何かしらの要件でわざわざ元有を隆景お膝元の竹原(安芸国竹原荘、現在の広島県竹原市──木村城近辺なら新庄町か東野町?)まで呼び出して誅殺」となっている資料や小説が多々ありますが、実際は井上氏の主な拠点が安芸国高田郡竹原、現在の広島県安芸高田市吉田町竹原であり、吉田郡山城にも近いので、実際に元有が誅殺された「たけはら」はそちらだと思われます。
本編中、隆景に執拗にウザ絡みをしていた……わけではなく、実は普通にお兄ちゃんにじゃれてただけなんです。就勝からすると隆景(というか兄弟全員のことが)大好きなんで。
ただ、隆景が自分に対して微妙な感情持ってることも知ってます。でも気にせず絡みに行きます。怒られても突撃します。大好きだから懲りません。前向きな性格。




