第十一話 宮寿丸という男
木梨杉原氏の当主元清は、元々尾道の北部にある木梨庄鷲尾山城を元々拠点にしていたのだが、数年前に見晴らしの良い千光寺山の山頂に城を築き、麓に広がる港町尾道の実質的な支配を行うようになっていた。
というのも元来領主である元清は、その尾道で富を産む商人たちを庇護する立場であるはずなのだが――古くから付き合いのある隣国上原氏および、上原氏の配下で備後国内の鋳物師の棟梁であった丹下氏の要請を受け、棟梁であるはずの丹下氏に従わないどころかその丹下氏から独立しようとする動きを見せる尾道の商人たちを押さえつけ、いつしか丹下氏同様領民たちから反発を受けるようになっていた。
その目障りな商人の代表格ともいえる渋谷与右衛門一派の身柄を、元清はでっちあげの罪で確保。
「おいコラッ! 何しやがる!」
否、あながちでっちあげでもなかったか。縄で縛られ、犬のように吠える与右衛門たちは引きずられるように山を登り、城内に引っ立てられた。
当初は小早川家と因島村上家に滅ぼされた宇賀島衆の名を隠れ蓑に、尾道商人たちから嫌がらせの略奪を行うつもりだった元清だったが、ある時、与右衛門の父が件の宇賀島衆頭領であったことを知ってしまう。
元清は好機とばかりに予定を変更し、尾道以外の領民に向けて、宇賀島衆復活の噂を意図的に広めた。
そして実際に略奪行為を起こし、その罪の全てを本物の宇賀島衆になすり付け、領主として処断してしまえば容易く尾道を手にすることができる。
そのように悪知恵を働かせていた元清だった。が、捨てた武器防具以外の盗品を目ざとく奴らが見つけてしまったことは予定外であった。
しかし考えようによっては、逆に何も知らない領民たちには、僅かばかりでも渋谷たちに疑念が湧いたことであろう。
その疑念は溝となり、領民同士の不和のきっかけとなる。
捕らえた者たちは陳情などで顔を合わせた者たちがほとんどで、中には見覚えのない者たちもいた。しかし元清は気にも留めず、渋谷改め宇賀島衆たちをまとめて牢に放り込み、してやったりと高笑いをした。
そんな時だった。
「殿! 大変です!」
大きな声をあげて駆け寄る伝令に、元清は何事かと返す。
「海上に、大量の舟が押し寄せています!」
なんだと! 元清はその足で櫓を駆け登った。
「どこだ! 何処の舟が攻め込んできた!」
「折敷に揺れ三文字、丸に上文字が二種、左三つ巴が……」
「小早川だと!」
元清は忌々しく歯噛みする。
実のところ父の代に一度、尼子に攻め滅ぼされた木梨家を、元清が今は亡き周防の守護大名大内氏に取り入って再興したという経緯がある。
隆景とはその頃からの旧知の仲であった。
その恩ある大内が滅んでしまったため、元清は渋々ながらも毛利の傘下になり、隆景と義兄弟の契りを交わしてその配下となる。
お互いにまだ元服もしていなかったあの頃の隆景の第一印象は、人形のように色白の柔和な美少年で――大内義隆の夜のお気に入りと元清は侮っていたこともあったのだが。
しかし、蓋を開けてみれば隆景は、戦に出るととんでもない化物であった。
もっとも、戦の化物とはいえ隆景はその才とは裏腹に、謹少慎微――石橋を叩いても渡らないほど慎重な気質である。
鋭すぎる観察眼と慧眼を持ち合わせる上に熟考に熟考を重ね、時にとんでもない策をぶつけてくる隆景だが、奴は勝算の無い危険な賭けには絶対に乗ってこない。
これまで尾道商人たちがどんなに頼っても隆景が力技に出てこなかったのは、木梨をはじめとした杉原氏や上原氏に対して絶対に勝てる見込みを見出せていなかったからである。
加えて今は尼子攻めの最中で、尾道に構っている場合ではないハズだ。
そんな奴が――隆景が、ここにきてまさか動いた――だと――?
元清はごくりと唾を呑み込む。
何かしらうっかりと、馬脚を露してしまったかと思わず動揺し、おろおろと狼狽えてしまう。
しかし、続く伝令の言葉は、元清の予想を遥かに越えるものだった。
「港を埋め尽くすほどの大量の舟で、宴会をしています!」
「………………はぁ?」
色々な意味で、元清は他に言葉が出てこなかった。
◆◇◆
主人のいなくなった渋谷邸。
就辰と宮寿丸、そして就勝、松姫の前に三人の援軍が到着して間もなくの事。
「細かいことは現場に任せる……と、お前の兄貴からの伝言だ」
だが。と能島村上水軍大将、村上武吉は、含みを持たせて宮寿丸と就辰に向かってニヤリと笑った。
「まずはお前さん方に、色々と確認しておきたいことがある」
どっしりと構えた姿は、同じ村上海賊でも上品で繊細な印象の通隆や、また隣の小柄で愛嬌のある吉充とも違い――筋骨隆々さは阿形の金剛力士に近しいが、而して独特の威厳を持ち合わせているというか――同じ仏像で例えるならば四天王といったところか。
さすがに一筋縄ではいかないなと、就辰もゴクリと唾を飲み込んだ。
「そんなに警戒するよ。なぁに。簡単なことだ」
就辰の視線に気がついたのか、武吉は面白そうに笑う。
そして、その視線を、隣の宮寿丸に移した。
「お前さん、なんで女装してるんだ?」
一瞬、シーンと周囲が静まり返る。
「……えぇ?」
「………………あー。確かにそういえば」
気がついていなかったらしい松姫は目を丸くし、なんだかんだで色々あり過ぎて、特に理由を聞いていなかった就辰も武吉のその質問には納得した。
「あなた、男の子だったの?」
「加えて言うなら、毛利の大殿の四男坊でしてぇ……貴女の旦那様候補のお一人ですよぉ。松姫様!」
クスクス笑いながら就勝が松姫に耳打ちした。
あー待て余計なことを言ってトドメを刺すなトドメを! と就辰が慌てるが時すでに遅し。
「な……なんてこと……」
よろけて座り込む松姫。
宮寿丸が元服前とはいえ、男と狭い空間にすし詰めにされていた事実は、さすがに衝撃が大きかったか――。
「女の私より、旦那様の方が、見目麗しくて可愛いだなんて!」
そっちかぁー。松姫の予想外の反応に、就辰は固まった。
いや、まぁ、宮寿丸の見た目が大変可愛いことに、特に否定はしないけれど――。
「えっと……言わなきゃダメか? 今」
武吉に改めて面と向かって指摘をされた宮寿丸は、頬を赤らめながらぽつぽつ話した。
「景様……兄上に聞かれても平気なのに、知らん奴に面と向かって聞かれると恥ずかしいな……まぁ、いいけど……」
はぁ、とため息一つ。しかし、腹は決まったようで。
「そうだな。言葉にし辛くはあるが、相手の油断を誘うため……いや、ちょっと違うな……相手の虚を突くため。が適当かもしれない」
虚、とは。武吉は笑うことなく真面目に、さらに深く問いかける。
「与右衛門殿はずっと自分のことを女だと思っていた。徹頭徹尾女として扱ってくれていて、それはそれでいいんだが……例えば余次」
不意に宮寿丸に問いかけられ、俺? と就辰は自分を指さす。
「お前は初めて会った時、俺を男と見抜いた。その上で斬り合いになったが、頭の中でずっと考えなかったか? 何故、コイツは女の格好をしている? 何者だ? と」
「……確かに、その通りです」
その時の状況を思い出し、宮寿丸はクスクス笑った。
「困惑具合が随分顔に出てたぞ。とまぁ、こんな感じで、相手の集中を掻き乱すことができる。ここだけの話、恥ずかしながら自分はそんなに強くない。体も小さいし、何かあったらすぐにじじさまたちに押さえつけられてしまう」
なぁ? と宮寿丸はチラリと宗勝を見あげた。宗勝はというと、渋い顔でその通りだとうなずく。
「だから初対面に限るが……相手の虚を突き、本気を出せなくさせる。その為の女装だ」
もっとも。と宮寿丸は頬を掻く。
「相手の頭の中を「何故?」でいっぱいにできれば実のところ女装じゃなくともなんでもよかったんだが……思いのほか、本当に女だと思ってくれる奴が多くてな」
そのことで、予想外に情報を得ることができたり、扱いの違いがでてきたり等の利はあったので数年前から城から出る際は女装をすることにした。と宮寿丸は武吉を見上げた。
「もちろん、元服したら別の方法を考える。じじさまたちをぶっ飛ばせるほど背が伸びたり体力が付けば、そもそもこんなことをする必要は無いしな」
だから……。そう言うと宮寿丸は改めて武吉に対して座り直し、頭を下げた。
「松姫を、俺の嫁にください。義父上」
村上武吉 1536-1604
かのルイス・フロイスに「日本最大」と言われた海賊の長。「村上海賊」と言われて連想して最初に出てくるのは大体この人。
最初村上通康の長女(一説によるとムメ(ウメ)さん)が嫁いだものの間もなく亡くなり、代わりに次女(一説によるとハナさん)が嫁いで、二男一女を産んだ──というのが有力な通説。
しかし、それじゃあ面白くないので、ウチでは太郎=ムメさん、源八郎=ハナさんの息子で、ハナさんが二人とも実の子として育ててる……という設定にしております(ただし諸説ありで、この説も実際に見かけました……古い本でしたが)。
ちなみにかの有名な『村上海賊の娘』では、この一家がはちゃめちゃに大活躍します! 読んで!
ところで……貴方、隆景より若かったんですね……いや、『のぶやぼ』の髭もじゃダンディのイメージががが……。




