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波の上の酒蔵  作者: 曽根崎令
父の名前がニュースに流れた夜、止まっていた時間が動いた
4/12

内側と外側に生きる人間

第四話です。


今回は、再び山梨へ戻ります。

悠司が蔵の中で過ごす時間です。

冬の富士酒造は、朝が来る前から息をしている。


水の音。

蒸気。

木と米の匂い。


悠司は蔵の中に立っていた。

父の古い写真を手にして。


イアンとハヤシ。

並んで笑っている。


「……何を作ろうとしてたんだろう」


知らなかった。

父の夢も、迷いも。


ハヤシは静かに言った。


「最初はクラフトビールだった。

でも、酒に出会って変わった」


「イアンには空軍でも将来を保証されていた。

でも、ここは手放さなかった」


悠司は盃を口に運ぶ。

昨日より、少しゆっくり。


ここは、過去を守る場所じゃない。

何かを、未来をつくる場所だ。


***


主蔵の奥。


川村が一人、米を返している。

動きに迷いがない。


若い蔵人の声。


「今はハイボールですよね」

「ハイボールぽい酒をつくとか?」


川村は黙ったまま、壁の屋号を見る。


「……あの人が」


「川村杜氏だ」

ハヤシが答える。


川村の視線が悠司を捉える。


「手が柔らかい」


「まだ勉強中です」


川村は発酵タンクを軽く叩く。


「これは酒じゃない。管理だ」


沈黙。


悠司は一歩前に出る。


「消すためじゃありません。

引き継ぐためです」


川村は古い柄杓を差し出す。


「壊すな」


それだけ言って去った。


***


夜明け前の麹室。


「嗅げ。黙れ」


悠司は息を吸い、米に触れる。

怖がらず、急がず。


朝。


川村は一粒の米を口にする。


「……悪くない」


短い言葉。

それで十分だった。


川村は背を向けたまま言う。


「ケイコは、ここに残る道もあった」


悠司の手が止まる。


「ハヤシと結婚して、アメリカへ行った」

「離婚したが、酒からは離れなかった」


「今も、バークレーにいる」


川村は振り返らない。


「内側に立つ者もいる。

外へ広げる者もいる」


「どちらも、必要だ」


***


回想


夕暮れの丘。

風に揺れる草。


制服姿のケイコが、通学鞄に座っている。

開かれた教科書。

見つめる先は、動かない富士山。


同じ屋根。

同じ蔵。

同じ未来。


ケイコは膝を抱えた。


***


その日の夜。

教会の地下室。


「Free English Conversation」


若い宣教師の声。


「自己紹介のフレーズです」


沈黙の中、

ケイコが手を挙げる。


「Hi, my name is Keiko. I’m from Yamanashi.」


澄んだ発音。


「完璧だ」


ケイコは少しだけ視線を落とす。

誇らしさを隠すように。


外へ行く。

そう決めた瞬間だった。


***


蔵に戻る。


蒸気の音。


ハヤシが言う。


「ケイコは野心的だった。昔から」

「だが、酒を信じていた」


「お前の父も。

そして、お前もだ」


悠司はうなずく。


米を返す手が、少しだけ落ち着いていた。

こまで読んでいただき、ありがとうございます。


次回から舞台はアメリカへ。

バークレー編が始まります。


引き続き、読んでいただけたら嬉しいです。

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