表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波の上の酒蔵  作者: 曽根崎令
帰らざる波の向こうに見え隠れする未来、それは父の意思が過去を変える夜
12/12

墜ちる翼

これは、勝負の物語が「人生の物語」に変わる回です。

そして、悠司が“作り手”から“背負う者”へ踏み出す夜でもあります。

佐世保の港は、闇と「浮世絵マスカレード」の熱に包まれていた。


赤い提灯の残光。

まだ消えきらない音楽の余韻。


香と酒と人の気配が、豪奢な船の中にまだ漂っている。

祭りは終わったはずなのに、船はまだ夢の中にいるみたいだった。


「では、最初の挑戦者を」


エドゥアルドの声が、グランドサロンの空気に落ちる。


障子の向こうに、気配がある。

檜の香りが、わずかに流れ込んできた。


誰かが、息を吸う音。


その瞬間、ゴウンという低い振動が、床の下から突き上げてきた。


最初は、誰も気にしなかった。

大型船では、珍しくない音だ。


だが、次の揺れは、はっきりと違うと分かるほどだった。


グラスの中の酒が、波打つ。

天井の照明が、わずかに軋む。


「……何だ?」


誰かが呟いた、その直後。


ドン、ゴウン。


今度は、空気そのものが震えた。


サロンのざわめきが、一斉に凍りつく。


遠くから、獣の唸り声みたいな音が近づいてくる。


悠司は、嫌な予感に背筋を冷やしながら、顔を上げた。


「……ヘリ?」


いや、違う。


サロンの天窓の向こう、夜空を横切る影。


V-22オスプレイ。


港の灯りを受けて、機体の輪郭が不自然に揺れている。


飛び方が、おかしい。


高度が安定していない。

左右に、わずかに、だが確実に振れている。


ブリッジの方で、怒号が飛ぶ。


「航路外だ!」

「高度が低すぎる!」


無線のノイズが、スピーカーから漏れた。


その瞬間、オスプレイが、大きく傾いた。


悠司の視界が、一瞬、白くなる。


だめだ。


記憶が、勝手に開く。


黒い海。

サーチライト。

赤い回転灯。

ニュースの声。


『……横須賀沖で、米軍オスプレイが墜落……』


父の名前。


(……やめろ、今じゃない)


現実に戻るより先に、夜空で機体が落ちた。


正確には、墜ちる前に、海を削った。


翼の先が水面をかすめ、白い飛沫が爆発みたいに跳ね上がる。

次の瞬間、機体は横倒しになり、腹から叩きつけられた。


ドンッ。


衝撃が、船の腹まで響く。


金属が裂ける音。

何かが砕ける音。

蒸気と煙が、港の灯りの中に広がる。


一瞬の静寂。


そして、誰かが叫んだ。


「……人が。海に人がいる!」


サロンが、一気に動き出す。


警報。

走るクルー。

救命具。


悠司は、その場で一瞬だけ、足がすくみかけた。


怖い。

当たり前だ。空から落ちてきた軍用機の事故現場だ。無事で済むはずがない。


それでも。


気づいたときには、もう体が動いていた。


(考えるな。止まるな)


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


悠司はその感覚の正体を知っている。


父の声が、はっきりと頭の中でよみがえった。


『誰かが落ちたら、考えるな。動け。迷ったら、その時点で遅い』


「……くそ」


小さく悪態をついて、悠司は歯を食いしばる。


逃げたい気持ちを、無理やり踏みつける。


(今度こそ、間に合え)


そして、走り出した。


誰よりも先に。


救助艇へ。


海へ。

次回は、いよいよ救助シーンの本編と、

悠司の父を知る人物との再会が描かれます。


よければ、続きもお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ