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波の上の酒蔵  作者: 曽根崎令
帰らざる波の向こうに見え隠れする未来、それは父の意思が過去を変える夜
11/12

浮世絵の仮面、最初の一滴

どうぞ気軽に、

この夜の席に座ってください。

佐世保港。赤絨毯のタラップが伸びる。


船の紋章が刺繍された旗。

整列するクルー。

その間を通るのは、投資家、料理人、そして世界経済を手中にした客たち。


今夜のテーマは「浮世絵マスカレード」。


黒服の礼装が、江戸の意匠で作り替えられている。

波と鶴の刺繍。藍の裏地。漆の扇。金箔の面。


港の灯りが投影され、桟橋は動く版画みたいに揺れる。

船に乗るというより、夢に踏み込む感覚。


グランドサロンは、さらに現実味が薄い。


壁は北斎の赤富士と赤い光で満たされ、

三味線と尺八が、ジャズと絡み合う。


藍の羽織を着たサーバーが、金文字の升で酒を運び、

寿司は木の板に載る芸術になっている。


照明がゆっくりと落ちる。


合図はない。

音楽も、言葉もない。


床の中央に、赤い円が浮かび上がる。


そこへ

紅丸の一団が現れる。


全員、深紅。

衣も、靴も、手袋も、同じ赤。


そして顔と頭は、塗られている。

血の色ではない。

漆でもない。

舞台用の、無機質な赤。


表情は消え、目だけが白く浮かぶ。

誰も言葉を発さない。


まるで、能の役者が歩いてくるように。


一歩。

また一歩。


彼らが動くたび、床が低く鳴る。

太鼓でも、音響でもない。

身体そのものが打つリズム。


中央に立った紅丸も、同じ赤だった。

顔も、頭も、塗られている。


だが彼だけは、わずかに呼吸が見えた。


最初の動きは、茶を点てる所作。

正確で、静かで、異様なほど誇張されている。


次の瞬間、背後の一団が一斉に床を叩いた。


ドン。


低く、腹に響く音。


所作が、舞になる。

舞が、儀式になる。


茶筅を振る手首。

湯を注ぐ角度。

茶碗を差し出す距離。


クレアがその茶を受け取る。


それは“飲ませる茶”ではない。

“見せるための茶。”

演出としての茶。


赤い身体が交差し、分裂し、円を描く。

照明がそれを追い、影が壁に浮世絵のように映る。


北斎の赤富士が、揺れる。


三味線と尺八が、いつの間にか入り込み、

ジャズの低音と絡んで、拍動を作っていた。


客たちは、声を失っている。


誰も拍手しない。

誰も咳払いをしない。


ただ、見ている。


最後に紅丸が動きを止めた。


ゆっくりと、顔を上げる。

赤く塗られた顔の奥で、目だけが光る。


一瞬。


そして、一団は何事もなかったように退く。


音もなく。

説明もなく。


残ったのは、

張りつめすぎた沈黙。


そこで、初めて。


エドゥアルドが、前に出る。


「今夜、寿司と酒の最高の組み合わせを探します。」


言葉が、空気に落ちる。

さっきまでの沈黙が、そのまま受け皿になる。


「この船にふさわしいのはどれか。決めるのはあなた方です」


彼は一拍置く。


「この航海では、ナパやボルドーの最高級だけを注いできました。

しかし寿司を楽しみ、抹茶のデザートと響き合う日本酒が、今注目されています。」


空気が、さらに静まる。


「南シナ海で、大トロに合う日本酒は何か。

それを、今夜ここで決めていただきます。」


視線が、障子戸へ向く。


「では、最初の挑戦者を」

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

気に入ったら、

ブックマークや感想ももらえると、とても嬉しいです。


また、次の夜にお会いしましょう。

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