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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編【長編化検討中】

ハウスメイドは獣人貴公子の番にされる

作者: 海瑠トワ

 ギラギラと日が照りつける中庭。

 バサバサと白いシーツたちを干しながら、今日もいい天気だなと空を見上げた。


 先程洗い終えた真っ白の布が風に煽られ、青い空とのコントラストが綺麗だ。


 ナノ。孤児に生まれた私の名前。

 親がつけてくれたわけじゃない。顔を見た事もない親は、寒空の下、赤子だった私を孤児院の前に置き去りにした。


 別に恨みはないよ。

 だって知らない人だし。


 そんな私は今、コーディレン伯爵家のハウスメイドとして働いている。孤児の私が、とも思うが運が良かったのだ。

 たまたま人員不足で悩んでいたメイド長が、孤児院に要領がいい子がいると、どこからか聞いたらしい。当時十二歳となり、丁度職探し中だった私は、もちろん断る選択肢はなかった。


 それから早四年。

 私もあっという間に成人だ。


「「ナノ〜、そっちどう?終わりそう?」」

「うん、もう少し!ミーナとレーアは?」

「「すぐ終わるよ〜」」


 同僚の獣人の双子、ミーナとレーアは息がぴったり。

 楽しそうに猫のしっぽが揺れ、こっちまで楽しくなる。


 今こうして下っ端として働いていて、ゆくゆくは色々任せたいと思っているメイド長には悪いが、私はわりと平凡に生きたい派の人間だ。


 こうして下級メイドとして働くのも悪くない。


 まぁ、出世すれば給金は大幅に変わるので、余程重要な役割でなければ断ることは無いだろうが。


「おーい、そこの三人!誰か頼まれ事をしてくれないか?書類を運ぶだけなんだが」


 屋敷の入り口からこちらに叫ぶ当主様付きの執事、ミレアム。三十代の彼は、私を娘のように扱ってくれる優しい人だ。そういえば、彼はこれから出かける用事があると言っていた気がする。

 私はミーナとレーアと顔を見合わせる。


「「ナノ、よろしく」」

「……仕方ないなぁ。あと少しだから任せていい?」

「「いいよ、いいよ!」」


 ニコニコと言われ、忙しそうな彼に「私が」と手を挙げた。


 仕方ないと言いつつも、この用事は三人の中じゃ私が適任だろう。ただの人間である私は、あの二人のように力もないのだから。

 ミーナとレーアをチラ、と見ると濡れて重いシーツの入った籠を軽々と持ち上げている。私にはあれは出来ないんだよねぇ。羨ましい。


 気持ちを切り替えてミレアムに駆け寄ると、「これ」と書類を渡される。分厚い本一冊分程だが、これくらいなら全然平気。


「ラインハルト様の執務室までよろしく。多分ノックしても返事は無いから、そのまま入っちゃって。机に置くだけでいいから」

「え、勝手に入っていいんですか?」

「大丈夫、大丈夫。ナノは盗みとかしないだろ」

「当たり前じゃないですか!」


 ハハッ、と楽しげに笑ったミレアムは、腕時計に視線を落とし「時間だ」と慌てて出ていった。

 さすが、彼も馬の獣人なだけあって足が速い。彼ならすぐに届けて戻って来れそうだが、それだけ急いでいるんだろうな。


 書類を抱え直し、ミーナとレーアに声を掛けて本邸に向かった。使用人用の通路を抜け、階段を上る。


 コーディレン家のお屋敷はかなり広い。

 新人の時はなかなか覚えられず、迷子になったこともある。更に、下っ端の使用人と当主様たちの使う通路ははっきり区別されており、地図で見ると迷路のようなのだ。


 今回はコーディレン家のご嫡男である、ラインハルト様の執務室なので、いつもの通路ではない。少しだけ緊張しながら静かに歩くと、白い扉に綺麗な彫刻が施されたラインハルト様の執務室が見えた。


 ここか……。

 少しだけ緊張してノックをすれば、言われた通り返事は無い。気持ちを落ち着けるように、ふぅ、と息を吐いて「失礼します」と小さく声を掛けた。


 ガチャ、と開いたドアからソロ、と覗くと明かりが消え静かな空間だった。本棚や机が綺麗に整理された部屋は、聡明で真面目だと言われるラインハルト様のイメージ通り。


 あまり長居もしたくない。

 さっさと書類だけ置いて帰ろう、と執務机に歩み寄った時、仮眠室と思われる奥の扉がガチャ、と開いて入ってきた人物と目が合った。


 角度によって色を変える銀髪は少し乱れ、私を見つめるグレーの瞳が見開かれ丸くなっていく。頭の上のふわふわの耳がピンと立ち、背中に隠れていたしっぽはぶわっと膨らんだ。

 熱があるのか頬が上気し額に汗が伝っている。

 色気のある表情と着崩したシャツが目に毒だと思えた。


 あ、これまずい?

 初めて正面から見たラインハルト様に、書類を届けに来ただけだと言おうとした時。


「きゃぁっ!?」


 バサッ、と私の手にあった書類が舞い上がり、気づけば私は悲鳴をあげながら膝をついて後ろから彼に抑えられていた。


「あっ、あの、私っ!書類を……っ!」


 下手な抵抗などできず、低く唸る彼にそう言うと、襟をグイ、と後ろに引っ張られ、首の後ろにビリビリとした痛みが走った。


「いっっ……っ!?!?」


 そのまま伸し掛るように身体を折りたたまれ、何が何だか分からない。ヒリヒリジンジンと痛む項が、熱く熱をもっている。

 先程の私の悲鳴を聞いてか、バタバタと足音がしてバンッと音と共に誰かが入ってくる。


「……っ!?誰か!ラインハルト様を押えてっ!」


 メイド長が叫んでいる声が遠くに聞こえ、痛みと困惑と恐怖でポロポロと生理的な涙が零れた。背中にあった熱が引き離され、呆然と顔を上げた私は散らばった書類の上で、痛ましそうなものを見るメイド長に抱き締められていた。


 声も出せない私の項には、はっきりとラインハルト様の歯型と少量の血、そして綺麗な彼の魔力の跡である番の印がついていた。





 *





 騒動が落ち着いた屋敷の応接室。

 高価な調度品に囲まれ、少し落ち着かない。


「本当に申し訳ない……」


 オオカミの耳としっぽを垂らして項垂れる背の高い男性。

 そのラインハルト様に説教をするように睨んでいるメイド長は、私の背中を擦りながらため息をつく。


「いくら発情期で意識が朦朧としているからと、これでは暴力と変わりません!強姦ですよ!?犯罪です!!」

「……はい」


 私を庇ってくれるメイド長には嬉しく思うが、未だに状況が飲み込めない。


 意図せずラインハルト様の番となってしまった私を、彼はチラチラとグレーの瞳で見てくる。その伺うような視線が余計私を混乱させるのだ。


 聞いた事ある。

 確かに、獣人の番の仕組みは幼い子でも知っている。


 獣人が番と決めた相手の項を噛み、魔力を流すことで成立する。その番には噛まれた項に、その者の魔力の模様が浮かび上がる。獣人同士では、誰が誰の番かひと目でわかるのだ。


 そしてその基準は本能で決めるらしい。

 人間で言う一目惚れ、に近い感覚だと。


 それは分かる。だが、私がラインハルト様の番?

 私は孤児だ。どう考えても釣り合わない。と思うが、釣り合いで番を選ぶわけではないと頭では理解している。


 なんでこんなことに……と落ち込む気持ちと、これからへの不安感、どうして私なんだという疑問が、さっきからぐるぐると私の心を支配する。


 けど、獣人にとって番は生涯一人。今更どうしようもないのだ。

 いっその事ラッキーだと思える性格であれば良かったが、残念ながらそれは私には無理だった。


 モヤモヤが晴れず、ただ俯く私に、ラインハルト様は優しく声を掛けてきた。


「……ナノ。すまなかった。君の気持ちを無視して。けど、誤解はしないで欲しい。俺は決して中途半端な気持ちで噛んだわけじゃない」

「……いえ、大丈夫です。私に拒否権はございませんから」


 気遣うような彼の言葉に、どうせ今噛まれなくても、いずれ出会えばこうなったのだと無理やり納得する。伯爵家嫡男である彼に請われ、孤児である私が拒否することなど許されないのだから。


 それが早まったのだと思う他ない。


 ははは、と力なく笑った私を、ラインハルト様はグッと唇を噛んで見ていた。


 どうしたらいいのだろう……。

 そう思って隣に座るメイド長に顔を向けると、眉を八の字にしてゆるゆると首を振る。メイド長も、こんなことが起こると思わなかったんだろう。


 番至上主義の国家なので、私が彼の番になることに否やを唱える人はいないだろうが、だからと言って歓迎ばかりではないと理解している。

 まだ、彼の人となりを知り、信頼関係を気づいて覚悟が決まった後であれば、この何とも言えない不快感はなかったのだろう。


 きっとそれをラインハルト様も分かっているからこそ、何も言わずに受け止めてくださっている。


 こんな素敵な人に願われるのに不満があるなんて、贅沢なのだろうか。ため息をつきたい気分を押し殺し、「本当に大丈夫です」と笑った。


 そっと項に触れる私を見て、ラインハルト様は立ち上がると、私の手をそっと握って私をその場に立たせた。そしてそのまま彼は私の前に跪いて、私の手を自身の額に願うように当てる。


「ナノ。順番が逆になってしまったが、俺と共に生きて欲しい。人間であるナノには分からない感覚なのだろうが、俺は既に君を愛している」


 ラインハルト様の言葉に少しだけ鼓動が早くなる。

 確かに彼ら獣人のいう、番の感覚なんて私には分からない。

 人間と違い、気軽に恋人を作らない彼らの愛は重いと聞く。事実ラインハルト様に恋人がいたなんて話は聞いたことがない。そんな彼の言葉だ。私に向ける想いは本物なのだろう。


 そっと私の手から額を離し、顔を上げたラインハルト様は私の手をきゅっと握った。


「どうかゆっくりでいい。俺の気持ちを受け取ってくれないか。交流を深め、君がいいと思ったら俺と結婚して欲しい」


 貴族であるラインハルト様から命令されたら、私は断ることなどできない。それなのに、彼は命令ではなく願いとして私に選択肢を与えてくれている。私以外に番は作れないというのに……。


 私の心を思いやり、大事にしたいと伝えてくれているようで、きゅっと心臓が軋んだ。


 例えそれが好かれたいという打算でも、私は嬉しかった。ふわりと漂うラインハルト様の爽やかな森のような香りに、心の奥がムズムズとした。


 番というのは、人間側にも多少なり影響があるのだろうか?それとも、ただ私がちょろいのか……。

 あまり後者だと思いたくはないが、ラインハルト様への嫌悪感は無いのは確かだ。


 ドキドキと少しだけ緊張する胸の前で、ぎゅっと片手を握ってラインハルト様を真っ直ぐ見つめた。


「はい。私でよければ」


 そう言って小さくお辞儀をすると、スッと立ち上がった彼に抱き寄せられる。


「君じゃなきゃダメだ。ナノ」


 ぎゅっと腕に力が込められ、ラインハルト様の匂いが濃くなる。ボボッと顔に熱が集まり、赤く染っていくのが自分でもわかった。


「んんっ、ラインハルト様」


 咎めるようなメイド長の声に、人前だったと思い出し、更に頬が熱くなる。そっと体を離したラインハルト様に、頬を撫でられ「耳まで赤い……」と言われる。


 綺麗な顔で微笑むラインハルト様を見て、これは時間の問題かもしれないと自分のちょろさを呪った。



 ──こうして、素敵な番に甘やかされる私の生活が始まったのだった。

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