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森が舌で遊ぶとき

空気が軽くなった。

まるで森が、これまで背中に吹きかけていた息を一歩引き、ようやく前へ進むのを許したかのように。


グリディスは振り返った。

背後には闇だけ。

前方には、人の足に踏み固められた小道が延びている。

人がここを通ったのだ。つまり――出口は近い。

心臓が高鳴った。もう少しで、城門が見えるはず。


「気を抜くな」

シャドウが鋭く言い、根を確かめるように目を走らせた。

「森は簡単に放してくれない」


その時だった。

――冷たい感触。


誰かが濡れた指で頬をなぞったような。

グリディスはびくりと肩を震わせ、そして見た。


目の前に立っていたのは、透けるような身体を揺らすアストラル・ドリアード。

人の女よりも艶めかしく、そしてその笑みはあまりに人間臭い。


唇が動いた。声は直接、肌の下から響いた。


「行っちゃうの? 甘い子」


彼女は指を舐め……そしてくすくす笑いながら、グリディスの頬を舌でなぞった。


「んん……美味しい。戻ってきたら食べちゃうわ。カリッカリってね」


「うわっ!? な、なにするんだよ!」

グリディスは真っ赤になり、慌てて袖で頬をこすった。


「なにって……未来の味見よ」

ドリアードは面倒くさそうに視線を這わせた。

「まだ小さいけど、その輝き……とってもジューシー。どんな果実より甘いわ」


意味が分からない。

「小さい? ジューシー? なんだそれ……」

頭の中は混乱し、舌が上顎に張り付いて、言葉が出てこない。


けれど――シャドウには分かっていた。


「さっさと消えろ、木のビッチ」

歯の隙間から吐き出すように言った。

「アンタの『形』が私より大きかろうと……こいつは渡さない」


「おやおや」

ドリアードはわざとらしく胸に手を当て、体をくねらせた。

「妬いてるの? かわいい子。剣は鋭いけど、他は……ねぇ?」


その挑発に、シャドウの頬が一瞬熱くなる。

「他はいらない。守るのに必要なのは刃だけ」


「ふふ……そう。

でも覚えておきなさい、甘い子。

次に会ったら、こう触って……」

ドリアードは舌を突き出し、カチリと歯を鳴らす。

「今度は頬じゃなく――心臓をね」


その体は空気に溶け、腐葉の匂いと甘ったるい残り香だけが残った。


――静寂。


「……本当に、食べられるのか?」

呆然とシャドウを見るグリディス。


彼女は目をひっくり返した。

「トレル=コア! あんた何も分かってないの!?」

怒鳴るようにして顔を背ける。

「からかわれただけだ!」


「からかわれた……? なんで……」


「森だからよ」

シャドウは唇を歪めた。

「それに……あんたが甘い子だから」


グリディスは下を向く。顔が熱い。

「甘い子」がどういう意味なのか分からない。

けれど心臓はいつもより速く打っていた。


二人はしばらく黙って歩いた。

ただ靴音だけが、ぴたりと重なる。


そして、不意にシャドウが振り返ってにやりと笑った。

「見てなさいよ、甘い子。これから森の木っ端まで、あんたを舐めたがるわよ」


「なっ……! 甘くない! 俺は普通だ!」

グリディスは真っ赤になり、ぶつぶつと呟く。

「ただの……普通の子だ」


「ふぅん……普通ねぇ」

シャドウは肩をすくめ、でも目がかすかに揺れた。

「『普通のガキ』ね。ドリアードにまで舐められる、ね」


「~~っ!」

グリディスはさらに赤くなり、足を速めた。


やがて小道は大きな街道に繋がり、遠くに城壁の影が見えた。

空気は澄み、足取りは軽くなる。


「……もうすぐだ」

グリディスは安堵の息を吐いた。


だがシャドウは答えなかった。

彼女は後ろを歩きながら、顔にかすかな影を落としていた。


(ちっ……私、本当に木の胸に嫉妬してるの?)

奥歯を噛む。

(馬鹿馬鹿しい。私はシャドウ。嫉妬なんてしない。女の子じゃない……)


けれど――頬を赤らめ、必死に袖で顔を拭った少年の姿が、何度も脳裏に浮かんだ。


(……クソ。嫌だ、この感じ。影が剥がされるみたい。

まるで、ただの女の子に戻ったみたいじゃないか)


彼女は襟に顔を埋めた。表情を隠すように。


(……まるで。私の男の子、みたいに)

ここまで読んでくれてありがとう!

もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思ったら、ぜひブックマークや感想で応援してくれると嬉しいです。

作者にとって、みんなの反応はまるでミリアルの糸みたいなもの――光になって次の章へ導いてくれる。


次回も、グリディスとシャドウの旅をお楽しみに!

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