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「終わりの後の始まり」

カムネグラドは、すぐには彼らを手放さなかった。

最初に伸びてきたのは「音」だった――グル=コルの細い響き糸、裏庭の犬の吠え声、どこか裂け目の路地(シェリ=ウローガ)の向こうで意地を張るヴィズ=コルのうめき。

それから「匂い」が来た。煙。温かいパン。ホップの利いたフメルスヴォードの息。

そしてクロミを十歩あまり下ったところで、カムネジラ(石の敷き道)はようやく柔らかな土の敷きに変わった。苔が体重を受け止め――音の糸は、鋭い欠片で断ち切られたかのようにぷつりと途切れた。


シャドウは振り返らない。

そこは、いったん死んでから戻ってくる場所へ入る歩き方だった。肩はまっすぐ、歩幅は正確――まるでこの狐の細道リースィヤ・ニーチを、かつて自分で敷いたかのように。

グリディスは、彼女のリズムに合わせようとしている自分に気づく。だがリズムはするりと逃げたり、濃くなって雫の歩調になったりした。


空気が変わった。

冷え、樹脂の糸を含みはじめる――草の煎じ薬のあと舌に残る甘苦さのように。

頭上で針葉が合わさり、光は葉だけのせいではない緑色になった。まるで太陽と地面のあいだに、気泡の入ったガラスを張ったように。

上でカラスが短く鳴く――その声は飛ばず、濡れた小石のように落ちた。


瞬きをする――一瞬、カムネグラドが見えた。屋根の縁、土管、風に忘れられた物干し紐のぼろ布。

さらに瞬き――またファルデンだけ。ねっとりと、幹の視線が突き刺さる森。

彼はまぶたをこする。


「疲れ……」と、事実にするために呟く。


「なら、上を向くな。」とシャドウが投げる。「レソシェープ(森の囁き)は、死肉漁りが好きだ。」


狐の細道は狭くなった。

彼らの前の足跡は新しい。狐、人間、猫の掌。それから――斜めの細かい網目のような奇妙な跡。まるで翼だが、重みで押しつけられている。

誰のものかは、考えない。


森は聴いていた。

どんな擦れも、自分宛てに聞こえる。どんな吸気も、やけに大きい。

皮膚じゅうが囁く。「一歩踏み出せ――お前を覚える。」

踏み出せば、その一歩は樹の身体に刻まれる年輪のように、どこかに残る。


シャドウが掌を上げた――止まれ。

前方の地面は平らに見えたが、それは欺きだった。低い段の苔の皮膜が、内側へ呼吸している。

縁の雫が外れ、宙に留まり……吸い戻された。まるで地面そのものが内へ引き込むように。


「ここは……」と彼が言いかける。


「別のものが“入っていた”場所。」と彼女。「じっと見るな。」


従ったが、縁はなお誘う。

暗がりのすぐ手前に、古びた掌の色の石があった。一方に撫でると滑らか、逆に撫でるとざらつく。

縁に――歯を隠した笑みのような細い亀裂。

瞬き――亀裂の代わりに、カムネグラドの二つの煉瓦が噛み合う隅が見えた。

さらに瞬き――石は戻る。最初から去ってなどいない顔で。


「先へ。」とシャドウ。声は草の湯気越しのようにくぐもって響いた。


彼らは乾いた方を回って、狐の細道を高みに取り直す。

下では、枝ではない何かが鳴った――ぴんと張った膜を軽く引いて放したように。

上から、主のない影がゆっくりと滑り降りた。彼の肩甲骨を冷気で渡り、苔に溶けて消える。曇りガラスの水の中に溶けるように。


冗談を言いたかった――森が生き物なら、俺たちは胃袋の中か?――舌が動いたが、やめた。

ここで言葉は樹皮の刻みだ。言った場所に、そのまま残る。


前方で狐の細道が偽りの輪を作る。

同じ形の根が二本、交差して地中に戻り、その上には枝が低く垂れている。針葉は両側へ伸び、誰かが鏡を立てかけ、中央まで運ばずやめたようだ。


「スブロス=ペトリャ(リセットの輪)。」とシャドウが短く言う。「この先は“繰り返す”。繰り返しを信じるな。」


「どうやって信じない?」と問うて、すぐ後悔する。


「こう。」とだけ、彼女は振り向かない。


一歩――地面がぐしゅりと鳴る。

二歩――踵がさっきの窪みにぴたり。

三歩――いましがた歩いたばかりと気づく。

四歩――世界が後頭部を掴まれて、わずかに右へ捻られた。


彼は止まる。

「もし振り向いたら……」ゆっくり言う。「カムネグラドが見える?」


「振り向けば“自分”が見える。」とシャドウは切る。「そして私を失う。すすめない。根に持つ女だよ、私は。」


彼は振り向かなかった。

樽の取っ手のように幹から突き出た小枝に、視線を引っかける。

小枝が錨になり――一歩、一歩、輪が解けるまで。


スブロス=ペトリャが薄れると、来たのは軽さではなく、砕けた疲労だった。

唇は、長い囁きのあとみたいに乾いている。

舌の上に――針葉の味。


「それは痛みでも弱さでもない。」とシャドウ。「海だ。揺れる。酔うなら、線を見ろ。」


「どの線?」


「私の。」


下から枝が持ち上がる。下で誰かが極細の腱を引くみたいに。

乾いた針葉が降り、空中で半拍止まってから苔に落ちる――水のない雨のリハーサル。

底からは低い鳴り――旋律ではなく一つの音。かつてカムネグラドでグル=コルが「外した」ような。

ここでは鳴りが濃い。鎖骨の内側に触れてくる。

聞こえないふりをしても、鳴りは丁寧に叩く。「ここだ。」


狐の細道が、均一な明るみでひらける。

右の幹には、古いシャツが縫い付けられていた――生きた細い筋で、樹皮に埋まり込んで。

縫い目の縁からは、新しい針が生えている。

彼が空気の上を掌でなでる――森は、視線さえ手放したくない。


「ここは、こう。」と彼。


「ここは、全部こう。」とシャドウ。「この先――ひどくなる。」


「つまり――良くなる。」と彼は言い直す。「ひどいのは、カムネグラドだ。」


彼女は短くふっと笑う――「同意、でも言わない」。

それはどんな冗談よりも、やさしかった。


沢が、老犬の腹のような柔らかい底で彼らを受けた。

歩みは楽になる。

中ほどで何かが鳴り、ぴたりとした影が斜面を滑る。主はない。

彼は顎を引き、正面を見ない。影は冷気を置いて通り、草に溶ける。


「風だ。」と彼は自分に囁く。「ただの風。」


匂いがキノコに変わる――切り立てを串で干す前の、あの生の匂い。

落葉の層の下から、柔らかな酢の気配が立つ――古い葉が下から持ち上がっている。

低い段差――前には水。卵形の鏡面。

細い横木に、乾いた葉が二枚、十字に掛かっている。

水はそれらを映さず、空だけを映す。

空の中に顔が立つ――自分だが、歪んだ自分。口は広く、目は丸い。見知らぬ自分。

彼はのけぞる。


「水たまりに知恵を請い始めたら、」とシャドウは淡々。「おでこを叩く。一度で十分。知恵、飛ぶから。」


彼は短く笑って通り過ぎる。

脇の枝が鳴り、頬をそっと撫でた。

水面を打つ鞭のように。

森は「家の言葉」を好まない。ここでは皆――孤児だ。

なぜかは、聞かない。


針葉は低く垂れ、身を屈めるほど。

横たわる枯れたトウヒ――骨のよう。

シャドウは跨がず、幹に体を沿わせて滑り潜る。飼い主の脛に身を擦るコシュのように。

彼も続く。

樹皮の内は温かい――木ではなく、獣に近い。

どこかで、くびきが皮に擦れるような音がした。

抜けるときに袖を引っかけ、糸が静かに切れた――なぜだか恥ずかしくなる。布ではなく、誰かの記憶を破ったようで。


光が濃くなった場所で、緑のうねり――ミリアリの梢波が帯になって重なる。

最初は日差しと思ったが、あんなに柔らかくは動かない。

それは震える歩み――夜明けの水の上の息のよう。

帯は森の深みから道へと流れ、石を、靴を、シャドウの外套の裾を撫でる。

一瞬、緑がかった跡を残し――すぐ布へ吸い込まれる、スポンジのように。


耐えきれず、彼は掌を差し出した。

波頭が過ぎる――皮膚が透けたようになる。

極細の管がのぞき、その中を淡い光が流れていく。

血ではない。別の何か――洗われ、呼吸するもの。

目をつぶり、三つ数え、開く――手はまた手へ。

だがそこには、寒気の鳥肌のような、細かな震えが残った。


「見える?」と彼は低く問う。何が、とは自分でもわからないまま。


「いいえ。」とシャドウ。少し置いて――「でも“感じる”。私からは隠れない。」


彼は詮索しない。

この森では、言葉の余計な一歩は、苔の余計な足跡に等しい。


狐の細道は、狭い棚へ彼らを導いた。

下はファルデンの下層。湿り、飛ぶことと這うことが混じり合っている。

幹の間、遠くに一瞬「窓」が開く――草地。その中央に、古い石の板(ドレーヴェ=プリタ)。卓のように滑らかだ。

空は映さないが、その上には長い細い羽が置かれている。よそ者の羽。

彼はそこを知っていた――訪れたことはなくても。

板の内に緑の熱がくすぶり、そこからリズムが伝う――さっきよりも濃い底鳴り。誰かの掌が胸に置かれ、「一緒に呼吸しろ」と言うみたいに。

平坦な場所でつまずく――窓は閉じ、森はまた壁になった。


「見た?」とシャドウ――彼にではなく、彼と一緒に。


「“はい”と言えば怒る気がする。」と彼は正直に。「“いいえ”と言えば、拗ねる。」


「なら黙れ。」と彼女。「沈黙は、正しい言葉の一つよ。」


低地は、蝋燭屋の店のような、ねっとりした蜂蜜の匂いで迎えた。

割れた古い切り株の芯から、明るい「ひげ」がのびる――死から生える、新しい種。

その上の空気に手を近づける――生き物の掌のような温み。

喉の奥で既視感が刺す。体内の灯りを点け、骨に当たる光を覗かれたみたいに。


「ここは“はい”。」とシャドウは短く。「“いいえ”でもあり、“あとで”でもある。ほじるな。」


手を引く。

地面はふいに乾き、まるでそこだけ日が差し切ったよう。

葉は裂く布のように、不揃いにぱり、と鳴る。

上層の風が針葉をわずかに撫で、彼は――ずっと高いところで、新しい波頭がきらめいては消えるのを見る。病人の呼吸みたいに、乱れて、恥じない。


彼は数え始めている自分を捉える。いち・に・さん――吸気。いち・に・さん――呼気。

リズムは波と合わない。

彼らは彼らで生きている。

どこかの「いち」で、目がまた合わなくなる――一方の世界では、シャドウは少し左を歩いている。

彼はまた、あの小枝=取っ手に視線をかけ、歩調を整える。


靴底の下で、細い鳥の骨が鳴った。空っぽの管から、種に似た小さな石がころりと出る。

拾わない。


頭の真上で、挑むように鳥が叫ぶ――よそ者を見て叫ぶ類いの声。

声は打ち上がり、上の樹皮に跳ね返って、かすれたエコーになって戻る。

彼は空気の壁に突き当たる――粉にした石の埃みたいに密だ。

身を細くして通る。

向こう側は、書庫のきゅうみたいに静かだった。


「まだ遠い?」と、他人の声で彼は問う。


「“遠い”には着く。」とシャドウは平らに。「“近い”は――請け負わない。」


彼は薄く、傷のように笑い、歩を進める。


北の縁から、ミリアリの波頭が次々と流れてくる――石板を割って伸びるくさみたいに、明瞭に。

背後、カムネグラドの方角からは、草の湯気のような薄い緑の湯気が立つ――おずおずと、のろく。波を追うが、追いつけない。


右手、二本のトウヒの間に、女の像が立っていた――白く、顔は煙のガラス。

狩人が古い影を見つけたときのように、彼の心臓がふっと跳ねる。


「そこに……」と息で言う。


「何も。」とシャドウ。「行く。」


像は、ならないまま溶けた。

胸に、対象のない渇きが残る――肩甲骨の間が乾く渇き。

彼は歩く。森は静かに巻きついてくる。


灰色の鞍みたいな古い石板(ドレーヴェ=プリタ)に気づいたのは、足が縁に落ちかけた時だった。

縁の溝には「らしき記号」が爪で刻まれている――温い石に引いた、忘れられた筋のよう。

手のひらを、触れずに寄せる――皮膚が微かに唸る。

声ではない――意志だ。「今ここへ。」という呼び。

彼は手を引く。


「望まない。」反射で言葉が出る。「呼ばれても、望まない。」


「それは今、あなたが“望んでいる”うち。」とシャドウ。「“それ”が話し始めたら、黙るのはあなたじゃない。」


彼女は歩みを進め、呼びは小石になって彼の肩に落ちる――痛くはないが、邪魔だ。

狐の細道は影に潜る。

左の樹皮に、指で描いた輪。内側は洗われたように明るい。

彼が空気に指を走らせる――尾骨から首へ、爪が背骨をなぞる。

痛くはない。二度目なら、痛かった。

手を下ろす。

呼吸がねっとり甘くなる。温室の空気みたいに。


靴底が深く沈む――粘土が踝まで掴む。

引き抜く――薄い緑の膜が靴に抱きつく。

嗅ぐ――外の草ではない、内へ向く草の匂い。


「森を舐めてる。」とシャドウは乾いて言う。「次は噛むつもり?」


「何なのか知りたかった。」


「“それ自身”よ。」と彼女は切る。「名に喜ぶな。」


左のこめかみに小槌が住みつく――チッ、チッ、チッ。

ここには、刻むものなどないのに、刻む。

指を当てる――柔らかなき。

離す――かえってはっきりする。


「聞くのに、疲れた。」と彼は低く言う。


シャドウは、別の問いに答えるように頷いた。


さらに二つ登り、三つ下り――光が濃くなる。

上の狭い雨戸の隙間が、空の帯を落とす。そこから新しい波頭が伸び、先ほどより鮮やかに、草に恭しく敷かれていく。

それは、もはや「絵柄」。

彼が吸う――絵柄が胸に吸い込まれる。

吐く――絵柄が後を追って吐く。


「合わせて息をするな。」とシャドウが囁く。「自分の律を持て。森に渡すな。」


彼はわざと呼吸を崩す。短い吸気、長い呼気、間、さらに間――飛び込みの前みたいに。

波頭が乱れ、拗ねたように、脇へ流れていく。

少し、軽くなる。


彼は自分が笑っているのを見つける。

森の中で。これらすべての只中で。

可笑しく――正しい。

背を伸ばし、「膝」の坂を上がる。


空の隙は広がる。

また遠い窓が瞬く――大きな古石板。空っぽの部屋の卓。引かれた椅子。望まれなかった真実の前の静けさ。


シャドウが枝を押さえ、彼が引っかけないようにする。

彼はその腕の下をくぐる――ちょうどその瞬間、波頭が爪の大きさの点に収束する。

点に、ファルデン全体の呼吸があった。

心臓が拍を外し、足元の段が一枚すっと削がれる感覚。


「奥へ。」とシャドウ。


彼は一歩、踏み込む。


点は息を呑み――糸のようにほどけ、地に染み戻る。空気に、誰かがさっき座っていたような温もりだけを残して。

彼はもう一歩。生っぽく、可笑しく、弱く、そして意地っ張りな、自分の全部が一緒に進む――雨の毛皮みたいにまとわりつきながらも、確かに。


彼は数えるのをやめた。

時間は、握りこぶしに収まる固まりに縮んだ。

記憶には、森が干渉する。

視線が、はがれたカムネグラドの欠片に突き当たり、それをひっくり返しては、消す。


左手でまた「板」が鳴る――先ほどより低い底鳴り。

彼は頭を垂れ、合わせない。

シャドウの沈黙が、最良の真言になった。


曲がり角。二段。甘い空気をひと口。

――そして、草地。

大きい方ではない。小さいが、生は同じ。波頭が麦風のように過ぎていく。

端には、古い布の帯を結んだ細い白樺。

帯には、指の印。

そこから細い脈が、樹皮へ、苔へ、空へと伸びていく。

彼は手を伸ばし――ほとんど触れて――下ろす。


「今ではない。」と自分に言う。


「正しい。」とシャドウ。


波頭が彼らを通り抜ける。

彼は生き物らしく呼吸する。時に不揃いに、時に合い、時に忘れて。

森は、それを好んだ。


乾いた尾根の石は、舌のようにざらつく。

膝で掠めると、粉の円模様が皮に残る。手で払えば、煤を拭うように崩れる。


そして突然――近くで、誰かが彼の名を呼んだ。

大きくはない。だが、ここには初めからその名が在った、という響き。「グリディス」。

彼は鋭く止まり、振り向く――誰もいない。


シャドウは頭だけを向ける。

「何?」


「何でも。あとで。」


彼女は頷き、歩く。

名がついてくる――腕を伸ばせば届くほどの距離で、触れずに、柔らかな緑の震えと歩調を合わせて。

彼は意味を考えない。ただ歩いた。


斜面は急になる。

小石が外れ、ウスト=カムニまで届きそうな音で転がる。

根に当たって止まる――そして、あたりはとても静かになった。

波頭さえ沈む。

森が「間」を取っている。


間のあとには、いつも――待っていたものと、恐れていたものが来る。


「奥へ。」とシャドウが囁く。


彼は頷き――もう一歩、進んだ。


道は狭まる。

肋骨のような根が、互いに高く編み上がり、獣道を回廊に変える。

シャドウは確かな足取りだが、眼は折々に横へ走る。彼女もまた、森が「迎える」のでなく「導く」のを感じている。


前方に灰色のものが、ぼんやり立ちはだかるところで、グリディスは足を止めた。

岩でも樹でもない――地面に腰まで沈んだ石板。

その表面には亀裂が走り、そこから緑の光が滲む。

ミリアリが、深い脈の水のように流れている――いや、それ以上に濃く、生きている。


彼が近づく――周りの空気がふっと震えた。


声。樹皮の割れのよう。

去年の苔の乾きのよう。


「ドラクリン……(折れやすい葉片)。」


囁きは、胸をまっすぐ通り抜けた。


彼は身を震わせ、シャドウを見る。

彼女は向かいに立ち、目を細め、唇に力をこめている。

その声は、彼にも、彼女にも聞こえていた。


再び囁き。


「ファルグ=タル……トレル=コル……モル=ヴェド……」


ヴァルド語の語片――だが繋ぎがない。モザイクの欠片のように。

呪詛もあれば、警めもある。


グリディスは意味を掴もうとするが、頭の中のノイズは増すばかり。

石板そのものが語っている――そんな感じだった。


亀裂が身じろぎし、その奥に輪郭が覗く。

人でない顔――木の顔。眼はひび、口は樹脂でふさがれている。


「お前か?」と一つの声。

「あるいは、まだ違うのか?」と二つ目。

「影が導く。だが、その後ろに光は来るのか?」


シャドウが踏み出す。

「リッダス(戯言)はやめて。直に言うか、私たちは去る。」


石板は笑いで応える――握り潰された百の葉の擦れのような、乾いた笑い。


「直などない。根は、まっすぐには行かぬ。」


足下が微かに揺れ、グリディスはそれを感じる。

ミリアリが亀裂からせり上がり、緑の波が苔を走って、彼らの周りに渦を描く。


そして声はずれる。

合唱ではなく、一点に狙いを定めるように。


「フレット=マル……灰のエコー。」


シャドウが固まる。

柄にかけた指が強張り、息が乱れる。

名の意味は知らない。だがそれが――自分を指す、とだけはわかった。


グリディスが一歩寄る。わからないまま。

「いまの……どういう……?」


彼女は首を振り、唇を噛む。

「色合い。彼らは――った。でも、何を、かはわからない。」


声が強くなる。


「光を隠す影。

 名を持たぬ呼びのエコー。

 ――シャドウ。」


その名は、大地そのものに囁き込まれたみたいに響いた。


彼女は身を引き、初めて足元を崩す。

「それは……私の名じゃない……」


「でも、彼らは君を“そう”呼んだ。」とグリディスは息で言う。胸の震えの意味は、自分にもわからないまま。


石板は、満ち足りたように黙る。

ミリアリの波は、亀裂へ戻り沈んだ。


一瞬、森そのものが息を吸ったように思えた。


空気が、弦のようにふるえ――森が自ずと口を開く。

古い幹のあいだから緑の光が閃き、その中から「姿」が歩み出た。

葉擦れでも、枝の軋みでもない――彼女はずっとここにいたが、いま見えることにした、そんな出方。


グリディスは半歩、後ろへ。

森が瞬き――枝は伸び、さっきより長くなる。

彼女は……世界の内側そのものから、歩いてくる。


シャドウは迷わない。

ひと息で彼の横に回り、肩を並べる。

髪がふるえ、白く褪せ、目が火のように灯る――紅の光が空気を裂く。

刃――「道化の微笑スマイル・オブ・プロウト」が鳴り、防ぎの弧を描く。

息は早く。隣にいるのに、もう別の彼女――本当の彼女。


プサイレンが微笑む。

「感動的ね……彼を守るの? それとも――自分を?」


グリディスは何か言おうとしたが、言葉は喉で止まった。


シャドウが冷たく投げる。

「もう一歩で――森はあなたの血で染まる。」


「あぁ、怖い。」と、プサイレンは肩を揺らし、艶めかしく。「でも私、自分があなたたちと何で繋がってるのか、知らないのよ……運命の気まぐれ、かしら?」


そのとき、空気の折り目から、小さな「傘の少女」がぽんと現れた。

くすくす笑って、

「運命! 運命! でもさ、まずい飲み会かもよ? 見てよ、男子ひとり、女子ふたり、緑の光はてんこ盛り――森のパーティーってやつ!」


プサイレンは、苛立ちを抑えつつちらりと目を流す。だが口元はわずかに動いた。

シャドウは、グリディスにさらに身を寄せる。刃は緊張で微かに震える。


彼は二人を感じていた。

ひとりは本物――熱く、刺のある隣の人。

もうひとりは異郷――なのに、なぜか呼ぶ人。

彼の掌が無意識に手首に触れる――応えるように、緑がかった波が空に灯る。

枝へ、根へ、それは走り――森が耳を澄ます。


なぜ……なぜ、俺には見える?


プサイレンが足を止め、彼を覗き込む。

「あなた……応えるのね。聞こえるんでしょう?」


シャドウが鋭く前へ出て、彼を覆う。

「彼は、あんたのためのものじゃない。」


「私のため?」プサイレンは小さく笑う。「そうかも。そうじゃないかも。――でも、彼がいなければ、私たちとこの場所を繋ぐ“何か”は、見つからない。」


傘の少女が跳ねて、柄で地面をつつく。

「ほらほら! 森はもう笑ってるよ。光ってるもん!」


確かに。幹のあいだに、ミリアリの波が漂っていた。緑の、瞬く息。世界の呼吸が、目で見えるかのように。


ミリアリは、呼吸のように寄せては返す。

緑の光が、顔に乗る。

グリディスが瞬くと、プサイレンの髪は炎ではなく、蛇になってうねっているように見えた。

目を固く閉じる――幻はほどける。


プサイレンが、舞うみたいにもう一歩。

「あなたも聞こえるでしょう?」と、絹の声。底には火花。「呼んでるの。いつだって、呼んでた。」


シャドウは刃を交差させる。

「彼は、あんたのものじゃない。」


プサイレンは首を傾げ、初めて妹を観察するみたいに。

「じゃあ、誰の? あなたの? おかしい……私、あなたと玩具を分け合った覚えはないけど。」


「やってみな。」とシャドウは低く唸る。緊張で、わずかに震えながら。「結末を見せてやる。」


傘の少女が口元を柄で隠して、ぷっと吹く。

「はは! 玩具、玩具……でもさ、彼自身が選びたいって言ったら? 甘いところ、誰の口に入る?」


グリディスが一歩、前へ。息を吐く。

「俺は……玩具じゃない。」


プサイレンの視線が彼を滑り――一瞬、その目はまるで別人のもの。痛切な憧れで満ちる。

「もちろん、玩具じゃない……」と、ほとんど本音で。「あなた……あたたかすぎる。変ね。私、いつも寒かった。」


シャドウが鋭く振り返り、紅の目が閃く。

「聞くな!」


グリディスは拳を握る。内側が、切れる前の弦みたいに震える。

どうして、知っている気がする……?


プサイレンはさらに一歩。森が、彼女へ傾く。

「敵じゃないわ。」と柔らかく。「ただ、何で繋がっているのかがわからない。でも一つだけ――あなたなしじゃ答えに辿り着けない。」


傘の少女がくるりと回り、くすくす。

「はいはい、“敵じゃない”! そう言ってからが大体血祭り。包帯、用意しとく?」


静けさが、腱のように張る。

シャドウが歯の間から吐き出す。

「敵じゃないっていうなら、証明しな。もう一歩で――あんたの嘘を真っ二つ。」


プサイレンは止まり、

微笑みを広げる――目は、冷える。

「いいわ。じゃあ、誰が嘘つきか――見てみましょう。」


ミリアリが周囲で跳ね、光は鋭くなる。

幹は内から灯りだし――その中で三つの影が向き合う。

ひとつは――殺す覚悟の緊張。

ひとつは――戯れの顔の内側の傷。

そのあいだに――世界が裂けていくのを見てしまうグリディス。


プサイレンは三歩のところで止まった。

笑みは刃の薄さになる。

「さぁ、誰が嘘を吐くのか。」


グリディスが瞬く――世界がひび割れる。

彼女の言葉が、光の葉脈みたいに線へ伸びる。

周りの樹がふるえ、根が地から這い出て蛇に変わる錯覚。


シャドウは、もう本当の姿で隣に立っていた。灰の髪。紅の目。交差した刃。

言葉はない――だが、その在り方が答え。


ミリアリの波が視界へなだれ込む。緑。生。森そのものの呼吸が、破れて溢れる。

空気が歪み、どの影も「誰かの映り」に変わっていく。


何が起きてる……? 胸が檻のように鳴る。

彼が手を伸ばす――指は空を、水のように割って進む。


最後に届いたのは、プサイレンの囁き。引き延ばされた反響で。

「あなたも――感じるでしょう……?」


そして、すべてが断たれた。


闇。


グリディスが瞬く――空間が折れる。

世界はもう、森でも、石でも、街でもない。

すべては滑らかな黒に変わり、細い緑の筋が卵殻のひびのように走る。ひびからは光が滲み出し、空間を満たしながらも闇を薄めない――かえって深くする。


彼は「立って」いる――だが身体は感じない。足下に地はない。あらゆる動きは仮、あらゆる呼吸は他人のもの。彼は観客だった。


目の前に――舞台。

本物にしては、出来すぎた舞台。

シャドウとプサイレン。向かい合って立つ。誰かに舞台へ並べられた俳優のように。

輪郭は緑の光で震え、線は滲んでは描き直される。誰かが、誤りを許さず、何度もなぞっているみたいに。


シャドウが刃を掲げ、髪は灰、目は紅に灯る。

「近寄るな!」と叫ぶ。


プサイレンは首を傾げ、炎の舌のような髪が煙になって流れ落ちる。

「あなた自身、わかっていないでしょう。何が私たちを繋いでいるのか。」

声は柔らかいのに、言葉は――録音の音のように鳴る。


そのときグリディスは気づく。彼女の唇は……音より、わずかに早い。

まるで、再生を繰り返している。


彼は呼びかけたい――声は空に引っかかって出ない。音はひとつも生まれない。


傘の少女が脇に現れ、皮肉げにくすくす。

「さ、もう一回やろう? 他のやり方じゃ進まないんだよ。そう書いてあるの!」


その時、グリディスは理解した。これは現実じゃない。台本だ。よそ者の。用意された。誰かが演出したもの。


舞台の周りの線が痙攣する。言葉が反復する。

「近寄るな!」

「あなた自身、わかっていない……」

「近寄るな!」

「あなた自身、わかっていない……」


彼女たちは、針飛びの盤に挟まれていた。

シャドウは何度でも刃を上げ、プサイレンは終わりない同じ笑みで首を傾げる。


黒の中の緑のひびは広がる。空間は、割れたガラスのように音を立てる。

グリディスが一歩出る――足下には何もない。鏡のような平面だけ。

彼はそこに自分を見る。だが――目が違う。髪の色も、自分のものではない。


俺は、よその物語の中にいる。


シナリオは、ひび割れ始める。

プサイレンの言葉は引き延ばされ、異様な尾を引く。

「……わかぁぁぁって……いるのよぉぉぉ……何がつなぁぁぁぐのかぁぁぁ……」


ひび。

鏡が、水の無限に落ちた一滴のように、同心円を広げる。

その時、彼は初めて――これは記憶でも現実でもない、と思い知った。

他人の手が、自分の生を“書いていた”。


そして殻は、ついに割れた。


鏡の欠片が飛び散り、その一枚一枚に、自分が映る――少年。大人。知らない顔の異邦。

映像は点滅し、重なり合い――緑の火花にほどける。


グリディスは膝をつく。掌の下の地は、温い苔みたいに粘るが、その内で何かが生きて蠢く。

顔を上げる――彼らがいた。


シルエット。

高く、引き伸ばされ、煙と火で織られたみたいな影。顔は掴みどころなく溶ける。ひとつは重い――石から彫り出したよう。もうひとつは薄く――壁の影法師の手のように明滅する。


彼らを知らない。

会ったことはない。


だが心臓は、ずっと前から知っているかのように縮む。


声は、口からではなく――世界の裂け目そのものから。

「生を与えられたと思うか? 違う。与えられたのは“台本”だ。」


グリディスは土に指を沈める。そこにはミリアリが脈打つ――血のように、生きて。


「お前たちは……誰だ……?」


影は答えない。ひとつが手を上げる――空間が戦慄し、千の弦が同時に張られたみたいに。

もうひとつが首を傾け、闇から新しい囁きが抜ける。

「お前は“最初”ではない。お前は――ただの続きだ。」


震えが彼を満たす。

誰だ。なぜ、知っている気がする。


光の輪が周りで渦を巻く。影は争い、その声はぶつかり合い――語はほどけ、裂け、思考を砕く鳴動に変わる。


ただ一つだけが、金槌の音のように明瞭だ。

「お前が見たものは、すべて書かれていた。お前の“前に”。お前“なしで”。」


拳を握る。皮膚をミリアリの波が走る。腕も脚も緑に燃え、他人の力が自分の知らぬものを起こしていくみたいだ。


その瞬間、彼はただ一つを悟る。

自分はいま、他人の記憶の中。

他人の物語の中。

そして、目の前の人々は――“自分の”人々ではない。


影が動く。ひとつは重く、石の塊。もうひとつは薄く、半ば透明。

その仕草は闇を裂き、ひとつ動くごとに、彼の頭の中でひびが走る。


「……トレスディル……」――雷鳴のような低い鳴り。

「……彼女たちに触れるな……」――薄い声。だが空気を砕く強さ。

「……遅すぎる……彼女らはすでに“記されている”……」


彼は土を握る――だが土は水のように指の間を逃げる。


何の話だ? どんな刻印しるし……?


影のひとつが手を上げる――空に記号が燃え上がる。焼きごてのように。

数多。

それぞれが、少女のような幻の胸に刻まれている。顔は煙に溶けるが、輪郭は痛いほど生々しい。


「……彼女らは私のものだ!」と、槌の一撃。

「ひとり残らず。生まれた瞬間から!」


影は互いに食い下がり、その一言一句が、グリディスの頭の中で裂けて響く。


「お前は彼女らに“焼き印”を押した!」――薄い声は震える。弱さではなく、怒りで。

「ひとり残らず! 最初の息を吸う前からさえ!」


重い声が空間を裂く。

「焼き印ではない。“しるし”だ。私の力。彼女らの“くつわ”だ。」


空気が像で満ちる。

グリディスは見る――少女たち。六つの影。

どれも輪郭は曖昧、顔は煙に沈む。だが胸は燃える。

ある者は――円が分割された印。

ある者は――心臓に喰い込む棘の印。

ある者は――根のように胸を絡め取る印。

どれも脈打ち、光り――生き物と奴隷が同居するように。


彼は頭を掴む。見ていられない。だが像は戻ってくる。


「お前は彼女らを――武器にした!」――高い声が、すべてを圧す。

「笑い方を覚えたばかりの子たちでさえ!」


「彼女らは“私の血”に生まれた。私の血が流れている。私の権利だ――導くことは。」


「権利じゃない――けいだ!」


叫びたい。「誰だ、お前たちは!」――だが言葉はまた、沈む。


薄い声が、ついに絶叫に切り替わる。

「私はひとり――救った! 少なくともひとり!」

同時に、緑の光が彼の胸に奔る。

「彼はお前の支配のもとにはいない!」


重い影が震え、その声はさらに地の底へ。

「それで足りると思うか。ひとりで帰趨が変わると? 彼は折れる。結局、私に戻る。」


「なら折れさせなさい――自分の意志で!」

「自分で選ばせなさい!」


世界が震える。影は互いに裂け合い、山の稜が雷雨で崩れるみたいに形が壊れる。

グリディスは見る――森が火に変わり、塔が落ち、大地が裂ける。

そして混沌の中で――ふたたび、少女たちの顔。よそよそしく、懐かしい。


どの胸にも、トレスディル。

どの胸にも、焼印。


彼は凝視――自分の皮膚に印を焼かれたような痛み。心臓がすぼむ。


彼女たちは誰だ……? なぜ――こんなにも自分のものに思える?


声が再び――薄いのに、いちばん強い。

「お前の玉座を、塵にする。――たとえ私が自分を壊すことになっても。」


沈黙。

重い声は一拍、止む。そして再び、深い落石のように。

「なら、世界もお前とともに落ちる。」


裂け目には、火花だけが残る。

そして、どんな火より彼を焼く言葉だけが――


「生きよ……息子よ……」


彼は息を詰める。

彼らを知らない。だが体の全細胞が叫ぶ――これは、俺のことだ。


光と闇が絡み、少女たちのシルエットが閃く。六つの形。一本の手で描いたみたいに引き伸ばされ、それぞれが別の呼吸をする。

顔は水鏡のように溶け、逃げる。だが胸は――燃える。


どの胸にも、トレスディル。


火の印が空気を焼く。

ひとつは――分割された円。

ひとつは――心に喰いこむ棘。

ひとつは――根の束。

どれも脈打ち、光る――生と隷が同居している。


彼が一歩、近づく――痛みが目を裂く。印は、自分の皮膚に刻まれているかのように燃える。


「なぜだ……? これは……何なんだ……?」


薄い影が、怒りを溢れさせて吠える。

かせだ! 彼は結びつけ、己の一部にした!」


「違う!」重い声が遮る。「守りだ! なければ彼女らは崩れる。トレスディルがなければ――だ。」


彼は両こめかみを掴む。頭は唸り、胸は他人の拍で打つ。

腕の血管が緑に光る。


少女たちのシルエットが身震いし、印は動く――根が絡み、円が割れ、線が繋がり、ほどける。

生きて――抵抗しているかのように。


触れたい。指が、いちばん明るい印――焼きたての傷のように燃えるそれへ伸びる。

だが触れ際――少女は印ごと、光に溶けて消えた。


「見るには早い!」重い声が咆哮する。「まだ、お前は整っていない!」


「見せろ!」薄い叫びが空間を貫く。「彼が知るように! 彼に、自分の“行く先”を!」


すべてが回り出す。印は増殖し、空中で反復する。

グリディスは、木にも、石にも、自分の皮膚にさえ、それを見た。

印は腕を、胸を這い、焼きごてのように燃える。


彼は叫ぶ。

「やめろ――!」


そして闇が閉じる。

だが消える直前、底の底に最後の幻が灯る。

――光る瞳。少女の。痛みと力でいっぱいの。


骨まで刺す囁き。

「私たちは繋がっている。あなたが私たちを忘れていても。」


落ちる――だが、空気も地もない落下。

空間の代わりに、ミリアリの揺らぎ。緑の生きた波が、根のように永遠を這い、上下から同時に打ち寄せる。

そこにパタンが編まれる。

煙る屋根の街。歩く者を木々が見張る森。石が囁く山。すべてが交錯する図。


グリディスには、理解はまだない。ただ、感じる――一本ごとの光が、誰かの選択であり、誰かの運命であること。

人々は王に縋る。輝く玉座に。そこから彼らへ明るいが冷たい糸が伸びる。

堅そうで、触れば氷。外は硬く、中は脆い。


別の光――王以外の光が灯る場所では、ミリアリは自由に流れる。

生きた呼吸。ときに温みを与え、ときにすべてを壊す呼吸。

その灯りは、子どもから。

ばらまかれた種のように、あちこちに――いつか芽吹くために。


彼はいま初めて、わかった。

なぜ自分が、玉座にも、根にも引かれなかったのか。

彼は――“間”だった。

印でも、焼印でもない。

ただ、空洞。そこへ、すべてが――一度に雪崩れ込んできた。


訊きたかった。彼らは誰か――この目は、この声は。

だが答えはない。

ただ、遠い鈴の音。川に落ちた一滴の水。そこから輪が広がる――広がって、広がって、世界を満たすまで。


……。


息を吸い直す――掌の下に土。濡れて、冷たい。

頭上には、ファルデンの梢。

世界は戻った。だが、その呼吸は別物だった。

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