カードこそ全て
重たい扉がギィと鳴り、姉の姿に化けたシェドウが軽やかな足取りでギルドの中へ。
グリディスはまるで飲み込まれるのを恐れるかのように、彼女の背中にぴったり張り付いていた。
「やれやれ……うちの弟ったら、なんて臆病者なのかしら」
わざと大げさにため息をつき、彼女は周囲にウィンクする。
「そのうち袖の中に隠れちゃうんじゃない?」
「……ただ、ちゃんとそばにいるだけだ」
グリディスは赤くなりながらつぶやいた。
ギルドの中は、混沌と笑いのるつぼ。
人間、獣人、眉の代わりに毛むくじゃらの触手が生えている奇妙な連中まで、酒をあおり、歌い、叫び、賭けに興じていた。
奥の卓ではシャグレス三人がガルグル酒を飲み干し、そのたびに雄叫びをあげる。
隣の卓では「怪しいアーティファクトの欠片」や「ガラガラ鼠の毛皮」がチップ代わりに転がっていた。
そして場違いに流れる歌声――街の馬が落ち着きをなくすほどの下手さ。
そんな中、二人が入ってきた。
視線が一斉に向かう。
「おい坊主! 母ちゃんを見失ったのか?」
酔っ払いがカップを振る。
「いや、雇ったのか? 戦うための“母ちゃん”を!」
別の男が机を叩いて大笑い。
シェドウは瞬きすらせず、卓に近づき、バンと手を置いた。
カップが跳ね、酒が飛ぶ。
「わたしが“母ちゃん”。質問ある?」
沈黙。
一人のシャグレスがゴクリと唾を飲んだ。
「……い、いや……何も……母ちゃん」
その隙に、シェドウの手がするりと腰元をなで――二つの財布はもう彼女の袖の中。
「盗ったな!?」
グリディスが青ざめる。
「弟くん、これは敏捷度クエストよ。ちゃんと参加できたじゃない」
彼女はクスクス笑い、取り分の一部を押しつける。
そして首根っこをつかみ、カウンターへと引っ張った。
バーテンダー。
額には傷跡、髭は古木の根のように濃く、目は嵐を越えた者のそれ。
彼は驚かない。シェドウを見ても。
「来たな……妙な姉とガキ」
シェドウがニヤリと笑う。
「ただの表現力豊かな姉よ。――依頼が欲しいの」
一方、グリディスは掲示板に目をやる。
羊皮紙の切れ端、色あせた絵、赤い染みのついた紙片まで貼られている。
『ファルデンの森に獣が現れ、家畜をさらう。報酬:中。危険度:低』
「これ……森のやつ、どうだ?」
グリディスが振り返る。
「ファルデン? 大したことないわよ。目玉を食べるやつが数匹いるだけ。瞬きしなければ平気」
「……は?」
グリディスの顔が引きつる。
「どうやって行くんだ? 道なんて知らないぞ」
シェドウは自分の頭を軽く叩き、舌を出す。
「ぜーんぶ私の頭の中! 偵察兵みたいでしょ?」
「……信じろって方が無理だろ」
グリディスはカウンターに近づき、声を潜めた。
「す、すみません……地図、ありませんか?」
バーテンダーは黙って下からくしゃくしゃの巻物を出し、軽く拭って渡した。
「持ってけ。返す時はガルグル酒を一杯置いてけ」
「ほらね、弟くん。今や君は立派な地図係。……草に埋もれて迷子にならないように」
シェドウが囁く。
「ありがとよ……」
グリディスはぼそりと返す。
こうして依頼と地図を手に入れ、二人はギルドを後にした。
向かう先は――ファルデンの森。
◇
北門へ向かう途中の市場は、干し肉から怪しい瓶詰めまで並ぶ混沌の通り。
シェドウは腰の袋を鳴らしつつ、屋台をひょいひょいと見て回る。
「よし、食料。兎肉ジャーキー、黒根パン半分、干し果実……あとこれ」
光る粘液に腕を突っ込んだ錬金屋に指を突き出す。
「これは?」
「フルオル灰とエーテル草の混合。振ればパンッ、火をつければドカン」
「最高」
しばらく後、路地裏でシェドウは瓶を糸で結び、導火線を差し込む。
「じゃーん! 名付けて“ボムポン”。威力よりインパクト重視!」
「爆弾!? しかも瓶!?」
グリディスが絶句する。
「安全?」
「ノー」
笑いながら、彼女はグリディスに腰ベルトを押しつける。
「投げろ。――まあ、当たればね」
「跳ね返ったら?」
「君ごと消える。悩みも消える」
「……ひでぇ」
だが結局、彼はそれを腰に装備した。
シェドウはさらにロープ、鉤爪、乾草、謎の小ガラス片まで袋に放り込む。
「弟と私、完璧な冒険セット完成!」
グリディスは「半人前の勇者」というより「半分荷物」な気分でため息をつく。
◇
北門近くの地図屋に立ち寄った時。
「すみません、この地図……読めます?」
グリディスが差し出すと、主人は目を細めてうなずく。
「“黄金の枝”印だな。こりゃ衛兵用の記号だ。――ここ、裂けた大木があったら絶対に曲がるな。真っ直ぐ行け。あと、この印は小川じゃない。幻覚キノコだ。触るな。んで――」
「……まあ、大体分かる」
シェドウが肩を揺らして笑う。
グリディスは地図を大事そうに胸へしまい込む。
それは彼にとって、これからを切り拓く唯一の“武器”に思えた。
背後には喧騒と酒の匂い。
前方には湿った森の息吹。
二人は並んで歩き出す。
奇妙で不揃いなコンビが――最初の依頼へ。
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