妹よ、正気か!?
酒場を出たグリディスとシェドウ。
しかし、安堵の暇もなく――街の影に潜む脅威が二人に牙をむく。
巧みに人の目を欺くシェドウの「影の技」と、
兄を試すかのような危うい微笑み。
これは本当に妹なのか、それとも……?
バーテンダーから聞いた言葉をまだ飲み込めずにいたグリディスは、彼女に腕を引かれたことさえ最初は気づかなかった。
足が勝手に動き、ただその背中を追う。
振り返ると、バーテンダーは動かないまま、ただ何が起こったのか理解しようとするかのように固まっていた。
外に出た瞬間、グリディスは荒く息を吐いた。
ようやく呼吸を取り戻す。
「お前……どうやってるんだよ!? そこにいたと思ったら、もう目の前に……足音さえ聞こえなかった!」
シェドウは口元に笑みを浮かべ、両手を広げ、芝居がかったお辞儀をする。
「ヴァラァ! 可愛い弟くん。――“トリックスター”は、もう一つの私の名前よ」
グリディスは眉をひそめる。だが心の奥では、否応なく感心していた。
「説明になってない」
「はいはい、分かった分かった」
彼女は手をひらひらと振る。
「人は見たいものだけを見るの。動き方を知っていれば……認識から溶けて、“影”になることもできる」
グリディスは頭を振り、呟く。
「……不気味だな」
シェドウは声をあげて笑った。
「何よ弟くん、自分の妹が怖いってわけ?」
その時、彼らの前に大きな影が立ちはだかった。
巨体の男。腕を組み、道を塞ぐ。
「おい小娘。ここで好き勝手やれると思ってんのか?」
太い腕をさすりながら、いやらしく笑う。
「気に食わねぇな。お前も、そのガキも」
グリディスの胃が縮む。
だがシェドウはため息をつき、首を振った。
「まぁ、なんて威勢のいいこと」
その声は砂糖のように甘い。
「で? アンタ何をするつもり? 子供を脅す?」
「子供だろうが関係ねぇ。これは警告だ」
「警告?」
シェドウは一歩前に出る。眉を上げて。
「それを、そう呼ぶのね?」
「言うことを聞かねぇなら――痛い目見りゃ分かる!」
拳を握り、振りかざす巨漢。
だが次の瞬間――予想外のことが起きた。
シェドウは一歩も引かない。
むしろ滑るように横へ。動きはあまりにも自然で、彼の攻撃を読むかのようだった。
彼女は彼の腕に絡みつき、瞬時に背後へ回り込む。
男が振りほどこうとした時には、すでに足が絡め取られ、体勢を崩していた。
シェドウは前に身を寄せ、唇が耳に触れそうな距離で囁く。
「獲物を狩る捕食者が、どうやって仕留めるか知ってる?」
声は甘美で、毒のように冷たい。
「吠えて襲うんじゃないのよ。獲物が自分の方が強いと信じた瞬間……そこで終わるの」
巨漢の体が固まる。
速さではない。――異常な“恐ろしさ”。
グリディスは声を失い、立ち尽くす。
寒気が背骨を走る。
シェドウは笑みを浮かべ、さらに囁く。
「もう一度試す価値があるか……考えてみなさい」
彼女は急に手を離した。
自由を取り戻した男はよろめき、唾を飲み込みながら後ずさる。
シェドウは軽く肩を押して通り道を作り、そして彼の肩越しにひらりと手を掲げた。
そこには、男の財布。
「ふふ……気前のいいことで」
軽く放り投げながら笑う。
「さぁ、逃げなさい? 次はもっと取っちゃうかもよ」
男は罵声を吐いたが、それ以上は近づかなかった。
グリディスは口を開けたまま、立ち尽くす。
「全部……冗談にしたのか?」
恐怖と驚きの混ざった声。
シェドウは振り返り、その笑みを柔らかくする。
まだからかうような光を残しながら――そこには別の何かもあった。
彼女は財布を差し出し、弟に笑いかける。
「ところで、弟くん……“真実”の話はどうする? 本当に知りたいんでしょ?」
グリディスは深く息を吸い込む。
――そうだ。
彼の知る世界とは、まったく別のものが広がっていた。




