その8、flavor
「今日の訓練はここまでだ」
隊長は電子タバコを吸いながら言った。吐き出した煙が、いつもより少し薄く見えた。
「誰がどう見ても息ぴったりには見えねーが、まあ簡単に死ぬタマじゃなくなったろ。お前らは」
「ありがとうございます、隊長」
隊長は引き続き仕事があるようだった。署から出るともう12時を回っていた。
『小童、残りの“12使”を探すぞ』
「え、今日から?」
ギリギリ人に見られるところで、こいつに出てこられると困る。人気がなさそうな場所を急いで目で探す。
『“誓約”はあまり放置できない、特に我の場合はな。』
「何が言いてーのかあんまりよくわかんねーけど、、手立てはあるのか?」
俺たちは署の駐車場の、パトカーの陰になるところで話した。
『残りの“12使”は5体。ケンタウロスが動けない状態で、あとは虎と穏健派の3体だ』
「穏健派?」
『今どんな名前にしたかは知らんが、猪のホグ、羊のモクシロク、蛇のゴルゴンと呼ばれていた。こいつらはおそらく同時に行動している。あまり戦闘向きの能力ではないからな』
「ほーん、、虎は?」
『虎は、あまり気が進まないがラトーに聞くのが早いだろう。』
「げっ、正月かぁ」
この街の人の流れはそこまで活発ではない。かといって人が少なすぎるというわけでもない。駅の近くは大型のモールやバス停があってゴミゴミしている。そこから逸れていくとだんだん田舎っぽくなるのだ。俺にとってはこのグラデーションの部分が一番馴染み深い。車1台分しか通れない道でよく走っていたことを思い出す、といってもそんなことしてたのは中学時代で、実際はここと駅を挟んで反対側だったけど。中学も高校もガッツリ田舎と言っていい場所にあった。なんで今こんなこと考えてんだろ。求人募集って看板のとなりの「100メートル先」ってのがそうさせるのか。その距離が街のスケールなんだな。そんなことを考えながら歩いていると騒がしい声が聞こえてきた。公園で高校生っぽい子達がサッカーしてた。うちの高校っぽいな、昨日休校になったからか、これは放任主義親を持つ者の集い的な奴か。
「武宮?」
ぼーっと公園の中に知り合いがいないか見ていたので、前方からの呼びかけに驚いた。声の主が誰かに気づいたときはさらに驚いた。
「早川か?、、、」
髪型はショートからロングに変わっていたが、顔立ちで確かに早川だと分かった。
「、え、やっぱり遼太郎じゃーん!めっちゃごつくなってない?前からすっごいゆっくり歩いてくる人いるなーて思ってさ、」
一瞬気まずい空気が流れたが早川はなんとか再会を喜んでいることを示そうと元気そうに話した。2年前のあの日から目を合わせなくなった俺たちの関係を、偶然と時間が絡めにきたのだと思った。解けていくように見えて絡まりきってしまうだけなのだ。公園の少年たちのシーブリーズの香りが漂ってきて中学時代がフラッシュバックした。
中一で部活を選ぶ時は少し迷ったが陸上部にした。なんだか体力がつきそうだし、まだ足が速いほうがモテてた。俺もそこそこ速かったはずなんだけど、やっぱり結局は顔との足し算なんだよなー。部員は結構多くて先輩の名前を覚えるのが大変だった。2年の名前の中には相馬先輩の名前もあった。同期の女子部員も少なくなかったが、この中に早川奏がいた。まあそれでも学年が上がるにつれて人数は減っていくモノだ。一方でスポーツ推薦を狙うほど野心に燃えているやつもいた。俺は1年ぐらいで長距離があまり得意ではないことに気づいた。むしろ短距離の方が伸び代があると見込まれていた。相馬先輩はいつも部活に参加しているわけではなかった。先輩が『鍵界魔物』と契約していたことをその時は誰も知らなかったと思う。それでも当時から一目置かれるような人望があった。先輩が卒業する時に「憧れてます」みたいなことを色紙に書いた覚えがある。3年の時に早川はマネージャーのような役割をしていた。それで、、、
「で、今日は何かするの?」
半分ぐらいの思考能力で会話を続けていたが、この質問は俺を一気に現実に引き戻した。ちょっとだけ公園の方から移動していたことも今ハッキリと自覚した。つーか同じ高校だったんだな。
「あー、今はなぁ、」
致し方無い場合を除いては『鍵界魔物』に関わっていることを秘密にしなければいけないということを思い出して言い訳を考え始めた。こーゆー時のためになんか考えとけばよかったなぁ。
「あ、」
俺がすべての母音をわざと伸ばしていると、早川が何かに気づいたようだった。
「武宮ぁぁ!そいつ捕まえろぉ!!」
突然後ろの方から、つい数時間前に聞いた声が聞こえてきた。振り返った瞬間に、何かが俺の下半身にぶつかってきた。何かは衝撃を俺にあたる前に殺していたようで、ぶつかったというよりはむしろ、俺を押していった。そういう一挙手一投足を、走馬灯のようにはっきりと認識しながら、結局俺はその何かに縦方向に回転させられ、一度天地が逆になって頭から落ちた。いてて、、もう俺は軽率に振り返るのをやめた方がいいのかもしれない。
キーーーーン。
耳鳴りが遅すぎて役に立たないのは珍しい。君だけは俺の味方だったろ。
「ごめん、早川!見つかっちゃった!」
『こいつがまわりを見てないからこうなったんだゼ!』
逆さまになった俺が見たのは早川のことを知っている風の男子小学生?とそいつを背中に乗せてる豚みたいなやつだった。俺を吹き飛ばしたのはこのガキかよ、くそ!
「そいつは“12使”と契約してる!保護対象だ!」
隊長が俺を踏み越えていく。足の裏がスピーディに視界を横切っていった。
「ちょっと待ってください」
早川が隊長を制止した。
「あなた、警察の人ですよね。」
「いかにもな。そしてそこのそいつは重要参考人なんだけど、、ねーちゃんはちょっとどいててもらえるかな?俺があんたを公務執行妨害でとっちめちまう前にな」
「早川!そいつ“12使”と契約してるぞ、龍だ!」
子供がその時期特有の高い声で叫んだ後、俺は起き上がって頭を整理し始めた。この子供が“12使”と契約してて、早川と知り合い。早川に隊長が“12使”の契約者であることを言ってる。早川は“12使”のことを知ってる?なんで?機密事項が漏れてる?
『“12使”たち、信用できないもの、いる。特に、ネズミ』
早川の方向から聞き覚えのない声が聞こえた。少しノイズが入った高めの声で、人が出しているものではないとすぐにわかった。
『龍、お前も同じ。5年前の戦い、何してたか説明できるか?証明できるか?ライオン・ストライプを殺したネズミ、問いただしたか?』
早川の陰に目が3つある羊がいることに気づいた。後ろの小学生が連れてるのは猪だ。牙が生えてる。右の方が折れててなんか無理やり箔をつけたみたいだ。
『モクシロク、貴様今ラトーがトラを殺したと言ったか?』
ミノタロスが出てきて驚いたように聞いた。俺はちょっと話に追いつけそうだったが、追いつけていない。
『久しいな、ミノタウロス。その少年が鍵か。お前が来ること、予想していた。お前も、信用できない』
『ラトーがトラを殺すと宣う貴様の方が信用できんがな。』
『なぜお前に左手が託されたか。分からない』
「なんか話がややこしくなってきたな、おい武宮、このJKとどんな関係だ?」
竜田隊長は話し合いをするつもりのようだ。電子タバコを取り出していた。
「、、、中学時代に同じ部活だった人です。早川、お前“12使”と契約してたのか?いつから?」
「その質問、私の方が聞きたいよ。私は5年前から、後ろの狸山くんも」
「俺は2日前からだ」
必要に迫られて早川とする会話は、濁りがない一方で焦りがあって、決して落ち着いたものでは無かった。話を聞いていた羊の目が大きくなった。
『なるほど。まだ、恐らく、何も話してないだろう。この、ミノタウロスの担った役割も。記憶は言葉にできないが、お前が言いたくないだけの、ことも。』
『モクシロク、よく口が回るようになったようだな。』
『それ以上、近づくな!』
羊が叫んで空気がピリついた。
『私の力、戦闘向きでは、ない。しかし、すぐに死ぬほど、やわでも、ない。』
俺も隊長もこの羊の言葉に耳を傾けていた。こいつは今までの“12使”とは明らかに違うタイプだと分かっていた。
『私の予言は、絶対だ。“12使”としての役目、当然果たす。でも、終わりの時、必ず来る、すぐそばだ。信用できないお前たち、その引き金か?』
『ずいぶんと逃げ腰のようだな、貴様の予言はそこまで正確か?』
『お前がここに来るの、予想してたと言った。強欲の罪を負うもの』
俺は耳を疑った。
「ミノタロスが、、強欲?」