その7、device
「やるじゃねぇか」
竜田隊長は煙を吐きながら言った。
「だがまだ不完全な状態だ。もう一皮ってとこか?」
俺はミノタロスの左腕が全くないことに気がついた。綺麗に削り取られたように、不自然に、無かった。
『ふむ、やはり足があると心地よいな』
俺はミノタロスの背中の広さに驚いていた。カットされていた部分がこんなに多かったとはなー、とか考えてると、隊長がグラサンをとって胸ポケットにしまった。
「じゃあ今から実践な。俺を殺す気でやれよ。」
隊長は昨日みたいにクラウチングスタート、ではなく四つん這いの姿勢をとった。
『それはこの小童に言っているのか?それとも我にか?』
「どっちもだ。星の巨人!」
コンクリの地面が変形して槍になって、俺の方に向かってきた。俺はしゃがんでそれを避けて、右側に走り出す。ミノタロスの巨大な斧が隊長がいた地面を吹き飛ばした。
「惜しくもねーな、お前ら!」
隊長の声が真後ろから聞こえて、振り返ろうとした瞬間思いっきり殴り飛ばされた。天井の光が一瞬見えて、世界がぐるっと回り、揺れながら静止した。
「遼太郎!俺の白龍の星の巨人はドラゴンの4つの足で触れたものを自在に変形させる!お前には一発殴るたびにヒントを与えてやるよっ!」
「頭くらくらして入ってこねーんだけど、、」
『奴が本気なら小童は死んでいただろうな』
口の中が切れて血の味がする。余裕そうな口ぶりで俺を煽るこの牛は、仕事してんのか、と思った。
「お前もなんかねーのかよ、その、能力みたいなやつ、!」
『左手がない状態でできるのはこの斧の大きさを変化させるぐらいだな』
「まじか、、全然使えねーじゃん、、」
『今聞き捨てならんことを言ったな、撤回しろ』
「てめぇら、だべってるひまあんのかぁ!」
目の前に、白い壁が立ち塞がった。
相馬俊平は考え事をしていた。悩みの種は正月のことだった。どうしたものか、、、
「何してんのー、そーまくーん、ここ座っていい?」
「どうぞ。ていうか上村さん、今日は仕事じゃないんですか?」
「こないだが休みだったけど、その日君が怪我しちゃったからねー」
「、、すみません」
「ふふっ、なんでそこで謝っちゃうかなー。そういう仕事なんだから」
上村さんはアイスコーヒーを頼んだ。上村さんはいつも、目立つようなアクセサリーはつけてない。
「で、なんか考えてたようだけど何のことか気になるなー」
「、、、正月のことです」
「武宮君を殴ったって話?」
「はい」
相馬は躊躇いながら続けた。
「もっと言えばあいつの中の、、いや、やっぱりあいつにもう一回直接聞きます。」
「ふーん。あんまりあの子は自分のこと、話してくれないよねー」
「それが今一番あいつの危ういところなんです。」
「なるほど。では頑張りたまえ。健闘を祈るぞ」
上村さんはおどけて敬礼のポーズをした。たぶん本部長の真似だろうけど、声が違いすぎる。
「ありがとうございます。上村さん」
「どういたしまして。あまり何もしてないけど」
「尋ねてくれたことが助けになったんですよ、失礼します」
相馬は笑って店を後にした。
「何なんだ、おまえぇぇ!近寄ってくんじゃねぇっ!うちっ殺すぞゴラ!」
スーツの男は闇の中の人影に叫んだ。ほんの二分前に外の様子を見てくると言って出ていった舎弟の首が床に転がっている。男はもう自分の死が、目と鼻の先にあることを薄々勘付いていた。背中に汗が流れている感覚がある。
「えーとー。これで14か、セーフ。あとはそこらへんの的当なやつでいっかな」
「何言ってんだこのくそがぁぁ!」
発砲音が響き渡った。恐怖に歪んだ新鮮な生首がゴロリと床に転がった。
「バーストしないように調整してるんだよ、二人だけのオリジナル・ブラックジャックなんだ」
そう語る者は誰も生者の残らない建物を去った。
「えー、ヒントね、ヒント。ヒントだろ、、なんだろなぁー、、。もうインスタント焼きそばの強化方法とかでもいいか?」
この人は俺を殴りすぎてヒント大喜利の方にでもいってしまいそうだ。そしてミノタロス、お前は何でまだ余裕ぶっこいてんだよ。
「おい、お前らな、動きがバラバラすぎるんだわ。ミノタウロスとやらにも言ってやるよ。鍵を殺られると不安定になんだろ?おまえも訓練だとしか思ってない節があるな」
『口を慎め、童。“7つの大罪”の脅威を知っていてなお茶番を続けるとはな。俺の力を使えば貴様と白龍を殺すのは造作もないが、その行為に意味があるのか』
「ここで出せねー技があるとか舐めたこと言ってんな。本番でしか使えねー技ってがあるって言いてえんだろ。勝手にしやがれ。その代わりお前らな、今日は一日中俺にボコされとけ。」
隊長がかがみ込むと床がうねって波のように迫ってくる。
「おいミノタロス!なんかもっとこっち来い!」
『貴様がこっちに動け!』
「またぐだぐだか、てめーら」
俺とミノタロスの間の真っ白な波の中から突然アフロが現れて俺の腹を殴った。
「ヒント!工夫しないと今日は帰れねぇ!」
だいぶ手加減して殴ってるな、と感じた。もはや今のパンチは最初のと比べると痛いと思わないほどの威力だった。
「ミノタロス、お前の斧って俺でも伸ばせるか?」
『可能だ』
「よし、ちょっとこっち来い」
俺はミノタロスに耳打ちした。
「ちったあ考え始めたかぁ、シロートども!!」
床の波に紛れてあの人は現れる。そのパンチをまず防ぐ。ここまでは前にやった。このあとも星の巨人の追撃が来る、でもその時には必ず白龍の能力を使ってるはずだっ!!でもどこでだ?
「白龍を叩こうとしてんな、無駄だぜ」
隊長のパンチと俺が斧の持ち手を伸ばしたのは、同時だった。如意棒の如し、クリーンヒット。俺と隊長は相打ちの形になった。
「ガハッ!、、、、クク、なるほどな、本命の狙いじゃなくとも一矢報いようってわけか」
『ここにいる我はどうする?』
ミノタロスは隊長の首を掴んで持ち上げた。その瞬間隊長は石になった。
『なるほど、本体はずっと地中のなかというわけか』
「どういうことだ?」
『奴は能力の適応範囲を鍵本体と床に設定しているな。ドラゴンの能力を解除しなければ奴を殴っても意味はない。石塊と人間の肉体を一連の物質として扱っている』
「じゃあ何だったんだよあのポーズ!」
『全てブラフということになるな』
俺は隊長にとって有利すぎる条件で戦わされていることに気づいた。能力発動の瞬間を狙う作戦は浅はかだったか。いや待て、今この瞬間隊長はどこにいる?都合よく隊長と同じ形の石塊を作るのは難しいはずだろうから、スペアの石塊の形の隊長が比較的近くにあるはずだ。能力の行使に必要な体力を持続させるためならなおさら近くだ。
「ミノタロス、リングだ!」
俺と隊長はこの部屋に入ってきてから立ち位置自体を変化させていない。俺がミノタウロスを出している間にスペアを作っていただろ!!
ミノタロスがリングのあたりの床を何発も殴った。不自然な形の石のかけらが飛び散った。
「急に良くなったじゃねぇか、お前ら」
後ろから声が聞こえたのとほぼ同時に斧の持ち手を伸ばした。棒は隊長の目の前で、隊長の拳は振り返った俺の目の前で止まった。