その6、inertia
俺は、俺を完膚なきまでにボコボコにした人の車で家に送ってもらっていた。上村さんは「明日は隊長が面倒をみてくれる」と言っていた。アフロの隊長は、「竜田太郎丸」という名前で、警察の中で大きな権力を持つ人らしい。タイキックという呼び方もあの人が始めたそうだ。“12使”と契約しているタイキックは、もっと危険視されてもおかしくない存在だが、特に面倒ごとがないのはあの人のおかげだと上村さんは言っていた。『鍵界魔物』の使用を抜けば、腕っぷしも本部長と遜色ないらしい。上村さんはそんな彼を顎で使ってそうであったが。しばらく学校には行けなさそうということが分かって、俺は仲間たちにテキトーなことを言って誤魔化すことにした。風呂の中で今日の出来事を思い出していた。マサツキに殴られて、相馬先輩に助けられて、やばいバケモンが現れて、死にそうになって、、、久しぶりにグラウンドで本気で走ったな、、、中三以来か?、、まだ走れんだなー、、訓練っつーか、あれは、上村さん、優しいけど、ちょくちょく怖いし棘があるし、、女の人に殴られたのは初めてか、いやそれも2年前にあったっけか、、ワンチャンそーゆーので新しい扉が開く人とかいそーだな、、俺は風呂から出ても記憶を思考の上で転がしていた。ふと、隊長の言葉を思い出した。
「なあ、ミノタウロス」
『何の用だ』
「お前なんでそんなケンタウロスに会おうとしてんの?」
『単に“12使”の中で我が一番信頼しているからというだけだ』
まさかフツーに答えてくるとは思わなかった。また答える必要はないー、とかいうだろと思ってダメ元で聞いたんだけど。
「ミノタウロス、お前は何で俺と契約したんだ?」
『その質問には答えられない』
「それはまたお得意の記憶ってやつか?マジでどういうことなんだよ?」
『記憶は言葉にならない。誰一人として話を聞かなかった。』
「ほんとに何言ってんだ、、お前、フツーに会話も下手なんじゃねぇか、ミノタウロス?ミノタウロスって、なんか一音多い感じすんな、、もうミノタロスでもいいか?」
急に牛の頭は黙り込んだ。え、まさか傷つきやすいタイプ?なんかごめんね。謝ろうと思ったけど、こいつの神妙な雰囲気を見るとそーゆーのじゃないってすぐに分かった。
『、、、貴様の部屋は赤が多すぎる!』
黙ってたと思ったら急にキレ出した。まじでわからん。
「別にいいじゃねーか、好きなんだから。あと何年生きてんのか知らねーけど、その童とか、お前の呼びかけわかりにくいから。今度から俺のことは遼太郎って呼べ!」
『我を完全に顕現させられた暁には考えてやろう、小童よ。』
何で条件付きなんだよ、って思った。牛の頭が消えて、俺はどっと疲れが増した様に感じた。もうさっさと寝よ、、どうせ明日はアフロにボコされんだろーな。
その夜は夢を見た。3人称視点と1人称視点を切り替えて見せられた夢だ。朝はアラームより10分ほど早く飛び起きた。飛び起きる様な夢の内容は、惰性で残ったいくつもの言葉が頭の中で遊んで、すぐに消えていく。炎が包む世界、、だからズルを、、隠し扉を全部、、、名前を呼んで、、
夢の言葉は全部なくなっていった。残された感触が気持ち悪かったがそれも30秒もしないうちにどこかにいった。なのに俺は自分が泣いていたことに気づくのには2分ぐらいかかった。
「私はね、“サトリ”に人の心を覗かせるのを潔しとしていないんだ。」
大宮はコーヒーカップを置いてゆっくり話した。
「この力はもっと多くの事件の犯人を探すのに役立てうるだろう。だが人の問題は人の問題で、化け物が入り込むのは道理じゃないと思ってる。それに心を読んで万事がさっぱり片付くなんてことがいくらあるだろうか。」
大宮と対面する正月は最後のポテトを口に運び入れた。
「正月君、君のことは5年前に会って以来息子だと思ってきたよ。」
「その息子がこんな調子じゃあんたもダメ親だったんじゃない?」
「まさつ、、いや隆君、正直に答えてくれ。君は今何をしようとしているんだ?ここ最近の君の消息と『鍵界魔物』関連の事件の活発化がリンクしている。5年前の虎のことと関係があるのか?」
「あんたが関わるようなことじゃない。これは俺とラトーの戦いだ。サトリでも何でも使うといい、あんたに恩義は感じてるから好きにしな。これ、経費だよな?」
正月は身軽そうに立ち上がって店を後にする。残された大宮は残ったコーヒーを飲みながら静かに考え続けた。
父は交替制の消防士なので朝起きるといないのが当たり前だ。言われていた時間の10分前に2階の窓から見ると、2メートルのアフロが仁王立ちで立っていた。俺は急いで準備して降りて行った。
「おはようございます。あの、、すみません、ちょっと時間遅れちゃって、」
「いや、まだ早いだろ。あと8分くらいだ。まあやる気があるなら結構だ、早めに出るぞ」
「え、」
「とりあえずここから署までマラソンだ」
女子高生は学校に行かずに街を歩いていた。別に不良少女というわけではない。昨日保健室で爆発が起きて臨時休校になったのだ。怪我人はいないとのことだ。学校は警察が原因を調査中とだけ発表した。ただ彼女はその正体に勘付いていた。そして『鍵界魔物』の活発な動きを警戒しているからこそ、家に居られなかった。少し人目のつかない場所を見つけると、彼女はしゃがみ込んで、影にいる者の言葉に耳を傾けた。
『カナデ、あたらしい予言が出た』
「それ見ても意味ないじゃん、どうせ意味わかんないし」
『予言は、心の準備になる、そして、私たち、探されてる』
「どういうこと?」
『今回の予言、まだわかりやすい、タヌキヤマとオザワ、集めたほうがいい』
「シロク、一回その予言読み上げて」
『牛歩、保護、午後、強欲』
「よーし、ナイスランかもしれないぞー」
長距離はあまり得意ではなかったが、この人と俺の文字通りの距離に絶望させられた。改造人間か何かかと思うくらい速かった。オフィスで少し休憩をとって、またあの部屋に入った。本当にこの部屋はタバコOKなのか?電子タバコを怒涛の勢いで吸い込んでいく竜田隊長が本当に警察なのか疑わしく思えてきた。リングよりも壁側に寄って、隊長と俺は向かい合った。
「ミノタウロスを出しな」
心の中でミノタウロスの名前を呼んだ。
目の前に一瞬蜃気楼がゆれて、牛の頭そして筋骨隆々な人の全身が現れた。自然だけど、初めて見る後ろ姿だった。
「やるじゃねぇか」
竜田隊長は煙を吐きながら言った。