その5、training
「ケンタウロスは“怠惰”キングスロウスの能力の影響下にある。」
大宮本部長はゆっくりと語った。
「私と相馬くんは5年前の戦いでキングスロウスと戦った。だが奴は交戦中に突然姿を消し、2年後に再び相馬くんの前に現れ、その時からケンタウロスと奴は完全に動かなくなった。」
『なるほど、眷属が契約を執行するのはそれゆえか』
「貴君に彼を救う術はあるのかね?」
『ある、しかしこの鍵の小僧次第だがな』
「ふむ。武宮くんの訓練を早めよう、今日からだ。手続きは何とかする。上村さん、今日は君に任せるよ。あと竜田隊長も。相馬くんは引き続き療養したまえ」
了解、という返事が逐一部隊であることを意識させる。
「それと、、これは、契約でも誓約でもないが、、、1度はっきりと言っておこう。我々の目的はA型の『鍵界魔物』から市民を守ることだ。より多くの人を守りたい。貴君らのやり方次第では、私は自害してでも、あるいは、鍵を殺してでも責務を果たす。」
『ふむ。見知らぬ多くのもののために自分を殺し、憎しみと悲しみを負うと宣うか。まさしく狂気、まさしく愚かなり』
褐色の腕がフェードアウトして、時間が動き出し、人々は歩き始めた。
「意志の魔法、、、“誓約”、、“12使”の目的、、、全くわからん、だが確かに奴は、『強欲の』と、、、」
大宮本部長の独り言を聞くものはいなかった。
「『鍵界魔物』の能力は、基本的に①鍵の私たちが力を出したい②魔物が力を貸す、の2つの条件が揃うことで発動します」
上村さんは歩きながら話した。この人の歩き方はかなり綺麗だと思う。
「能力はコストとして私たちの体力を必要とします。」
「俺、全然力出したいと思わなくても、ミノタウロス出てきたんですけど、」
「それはね、君が完全な鍵になってないからさ」
昨日のオフィスに向かう別の道を歩いていることに気づいて、署の地図を一瞬思い浮かべた。
「その、完全な鍵ってのは?」
「まだ一度もミノタウロスの全身を見てないでしょ?全身が出てくるようになれば完全な鍵の状態になるんだ」
「どうすればそうなるんですか?」
「うーん、、、心を通わせる、とかかなー」
「え、こいつと?!無理っすよ!こんなにすぐ脅す奴なんか!」
「うーん、、、そうはいってもねぇ、」
「大体成り行きで契約しただけの相手となんて、」
「なぁ、武宮少年、面白いことを教えてやろうか?」
竜田隊長が突然ニヤリと笑って話しかけてきた。
「なんですか?」
「こいつらは成り行きなんかで契約しねぇ。自分の力がこっちの世界でフルにだせないような決断はしねぇ。お前のミノタウロスも、お前をテキトーに選んだわけじゃねぇんだよ」
俺はミノタウロスと出会った日のことを少し思い出した。耳鳴りがして振り返ると50メートル先に太陽の光に斜めから刺された幽霊みたいのが浮いていた。あの光景はホラーでしかなく、何一つ美化できる要素がなかった。俺はミノタウロスが何を考えていたのか気になった。
「まあ、とりあえず君はそもそものフィジカルが足りてない!正月に一方的にボコされてる様じゃダメなんだよ!てわけで隊長、お願いします。」
この部屋で本部長にぶっ飛ばされてから1日たってないはずですけど、俺また何かされそうです。
「俺、マジでこれだけのために戻ってきてんだよな?マジ損な役回りだわ」
ふー、とため息を吐くのがやけに絵になる。竜田隊長は意外に苦労人なのかもな、と思った瞬間、隊長がクラウチングスタートの構えを!
俺は身構えたが、何も起きない。よく見たらクラウチングスタートの構えでもない。
「、、、星の巨人」
いきなり俺と上村さんが立っていた地面が揺れて、土俵の様なものが盛り上がってできた。
「はい、ありがとうございました。それじゃ隊長は引き続き捜査のほうをお願いしますね。」
ゲートから出ていく隊長の背中は哀愁が漂っていた。
「じゃあこっからはフツーに殴り合いの訓練ですね。」
「え、」
「リングの脇にあるグローブだけつけてねー」
土俵の横の穴の中には確かにグローブが入っていた。見上げるとスポブラ姿で腹筋がバキバキに上村さんがいた。
雨が降る街を大宮は歩く。彼が警察官だとすぐにわかる人間はまずいないから、実は犯人にとっては盲点だったりするのだ。大宮は、バス停のベンチに座って雨宿りをするスーツ姿の男の隣に座った。近年、この街では1日でヤクザが『鍵界魔物』に全滅させられたと思われる事件や、一般人が獣に切り裂かれた様な死体が出ている。それは定期的に行われていて誰かが何かの狼煙をあげているのではないかと大宮は考えている。スーツの男がこちらの異質さに気づいて少し右に体を逸らした。ただ、大宮にとってその程度のことはどうでも良かった。
「雨宿りですかな、お兄さん」
大宮はスーツの男に話かけた。男は言葉を無視して、気まずさに息を詰めたような顔だ。
「サトリ、間違いないな?」
『Yes!この男は、』
猿の言葉が終わるまでにスーツの男の姿は変貌しきって、大宮のこめかみにあてたフリントロック式の銃の引き金を引いていた。
「フェンリル」
銃声は鳴らない代わりに、雨音の中に肉が地面に落ち血液が飛び散った音がした。
「今回もネズミか、、、」
大宮は顔の血を手で拭って肉片を見つめていた。いや、もっと遠くをみていたかもしれない。刀は剥き出しのまま、血の後の湿気を味わっていた。
そして雨の中で歩く男がまた一人、ぼろぼろのスカーフと羽付帽子を引き連れていた。