その4、anger
『、、“憤怒の大罪”グリズリー』
ミノタウロスは明らかに今までで一番警戒していた。
相馬先輩は前と同じドラゴンを出している。
「おい、あいつってやばいのか?」
『まず今の状態では勝てん。ここから逃げろ』
「逃げるってどこに?」
『ケンタウロスの場所を教えろ、奴のもとに行く』
化け物は少しこちらを見定めた後、こっちに向かってきていた。
『とにかく距離を取れ、ケンタウロスの鍵、貴様もだ!』
俺と先輩は保健室から廊下を走りぬける。後ろで保健室が崩れ落ちるような音が聞こえた。先輩のドラゴンの銃声音が廊下に響く。
『その程度では足止めにならん!むしろ逆効果だ!』
「あんまり校舎の方には近づけねぇ!こんな化けもんが来たら全員死ぬぞ!」
ちらっと振り返ると煙と瓦礫の中から金色の影が迫ってきているのが見えた。
「外に出て二手に分かれるぞ!」
マシンガンの音の中でもかろうじて先輩の声が聞きとれた。目の前の非常出口をドラゴンが蹴破ろうとする前に、金色の大きな腕を斧が切り落とすのを見た。俺は左に行ってグラウンドに駆けていき、振り返った。グリズリーは俺を追ってきていた。左手が蒸気を上げながら再生している。
「おい、お前あいつに何かした?」
『奴がお前を追うのは、、まさか、いや、やはり、』
金の毛が風に揺れて、神々しく見えた。ミノタウロスよりもさらに一回り大きな体は、グラウンドの砂の色と所々同化して見える。
『数撃受け止める。左側から抜けてケンタウロスの元に向かえ。』
どーもこの牛のバケモンにもこいつの相手は厳しいようだ。対面すると殺気というか、獰猛さで空気が揺れているのがわかる。手汗が気持ち悪い感触がある。
「クソ怖いんですけど」
『やらねば死ぬだけだ。目を瞑ってでも走り抜けろ』
「訳のわからん牛のバケモノに情けをかけられちゃつまんねぇ。俺は目開けていくぜ」
『勝手にしろ』
俺は走り出した。最近の俺走ってばっか、こんだけいけるなら陸上続けてもよかったんじゃね?走馬灯のように時間が圧縮されて思考が巡った。
俺の視界には金の手、爪、斧、爪、斧、手、爪、今カスんなかった?、斧、爪、抜けた!抜けたぞ、くそったれ!
首の皮1枚で繋がった命を噛み締めて俺は駆けてゆく。グリズリーはこちらを追って来なかった。先輩が上村さんとアフロの高身長の男を連れてくるのが見えた時、少し涙が出そうになった。全員で現場に戻った時、グリズリーの姿はなかった。
『アテがハズレたな、あそこまで未熟とは。やはり大雑把な情報だった』
『おめーが両方ぶち殺してたらまた面白かったかもなぁぁ』
『だが楔は打ち込まれた。本来の計画通りだ。』
『なんかクールぶってるけどよぉ、おめーさっき完全にきれてたよなぁぁ』
『憶測でモノを語るな。傲慢の』
影の中で蠢いていた者たちは少し話した後、すぐにどこかに行ってしまった。
「ふむ。どうも歯車は想定より早く回り始めたようだね。」
少し遅れて到着した本部長が言った。別の事件の処理にあたっていたところを切り上げてきたらしい。
身長が2メートル近くあるアフロの男は隊長と呼ばれていた。金縁のサングラスをかけているのに髭が全くなく色白だが体はかなりがっしりしていた。校内は禁煙だったがこの男はガッツリ電子タバコを吸っていた。
「正月もこの高校にいるんだろ、アイツはどこに行ってんだよ。」
「わかりません。ただ30分前には武宮と喧嘩していました。」
相馬先輩の言葉で俺は自分の顔にガーゼを張っていたことを今自覚した。
「ちっ!クソガキが、余計な問題作ってんじゃねぇよ。」
「ちょっと竜田隊長!煙、くさいんですよ!あと警察が禁煙の場所でたばこ吸ってどうするんですか!」
上村さんがキレているのを気にせずに、男は俺の方を見て話かけてきた。
「あー、えーと、君が牛と契約してんだっけ?武宮遼太郎って名前であってるか?」
「はい」
「ほーん」
サングラスの奥の目がこちらをじっと見ている。決して親しみやすさを感じさせる目線ではない。疑いの目か警戒の目か、どちらもか。腹の底が読めない男であることは確かだ。
「そいつ、今出せる?」
「えっと、今まで勝手に出てきてたんで、、」
「そいつの名前を思い出せ、それが契約だ」
確か“二月の怪牛”ミノタウロスとかだったか、と思うと褐色の腕が見えて、姿を現した。
「お前にいくつか質問がある」
『何度も言わすな。貴様らの詮索に付き合っている場合ではない。“12使”を全員集めろ。』
「俺たちのもとに“12使”は全員集まってるわけじゃない。お前たちは何を企んでいる?」
『言えない。記憶は言葉にならない。』
「お前もそればっかじゃあ、ケンタウロスに会わせられない」
『貴様が居場所を知っているのか。話が早いな』
斧の照準が男の首に定まった。
「おい、ミノタウロス!」
完全に俺の言葉なんか聞いてない。アフロ男は全く怖気付いていないように見える。
『白龍は貴様を守らない。貴様もだ、スプリングの鍵』
上村さんは、ミノタウロスをじっと睨みつけている。張り詰めた空気の中、大宮本部長が口を開いた。
「ミノタウロス殿、取引をせんかね?」
『この後に及んで下らん駆け引きは無益だ。』
「ケンタウロスの居場所を教える代わりに、残りの“12使”は君が探す、というのはどうだろう」
コスプレおじ、じゃなかった大宮本部長がミノタウロスに穏やかな口調で言った。
「しかし、その取引は目的不明の“12使”が一度に集まる可能性が、」
「わかっているさ。だから賭けだ。すべての“12使”はこちらとしても見つけておきたい」
本部長は上村さんの言葉に被せて言った。
『それは、つまり“誓約”でよいな?』
「その“誓約”というのは初めて聞くが」
何やら話がまとまりそうな気配がしてきた。
『“誓約”は意志の魔法、互いに誓った内容は焼かれども死ねども遂行される。そして内容は決して口外できない』
「ふむ、破ることができない約束か、問題ない」
『それでは手を差し出せ』
大宮本部長とミノタウロスは拳をピッタリとくっつけた。
ほんの一瞬不気味な気配が流れ、儀式が終わったことを示すように拳が離れて行った。
『“誓約”の儀は終了した』
ミノタウロスの色味が少しだけ濃くなったように見えた。その反面、大宮本部長の顔が青ざめていた。
「、、、貴君はすでに知っているかもしれないが、我々人間にケンタウロスを止めるほどの武力はない。」
大宮本部長はゆっくりと話し始めた。
「ケンタウロスは今、“7つの大罪” の怠惰、キングスロウスの能力の影響下にある」