その3、match
父親は入隊を許可してくれた。入隊の手続き等が必要らしいので訓練はすぐには始められないと言う旨を上村さんから伝えられた。
「上村さんも“12使”と契約してるんですよね?」
「うん、私はウサギ1体だけだけど。というか本部長以外は全員1体だけなんだよ。本来複数体の使役は、眷属でも難しいものなんだ。相当体力がないとできないよ。」
「えっと、部隊に全部で何体いるんでしたっけ」
「君を含めて8体だね。さっきも本部長が言わなかった?」
やっぱり上村さんからは、気の強い人という印象を受ける。署の出口が見えてきた。
「それじゃ訓練が始まる前にこちらからメールしますので、あとは相馬くんと、、、もしできたら正月くんとも仲良くお願いしますね」
それは絶対に無理だと思ったが、正月も立派な隊員らしい。俺は父さんが待つ車に乗って家に帰った。
「今日はゆっくり休め」
「そーさせてもらいまさー」
家に着いて飯を食って風呂に入って、寝る前にはじめてスマホを見て相馬先輩からLINEが来ていたことに気がついた。
「もうしばらくしたら復帰してお前の訓練の相手をすることになった。」
よろしくと言うスタンプ。先輩は俺の一つ上で、中学も一緒の陸上部の先輩だった。困った人を絶対に見過ごせないところとか正義感が強いところとか、俺が1番理想とするあり方を実現していると思った。俺は先輩を追ってこの高校に入ってきたんじゃないかと思った。
次の日はフツーに登校してた。けっこーいろいろあったけどなんかピンピンしてます、俺。いろんな衝撃が一瞬で通り過ぎていったから実感がないんだろうな。自転車置き場から下駄箱に向かう前に、無性に喉が渇いて、ウォーターサーバーに向かった。グラウンドは人気がなく、そーいえば今日が大会だったかなーと思い出した。植え込みから金髪のツノが覗き、マサツキだ!と思う前に、牛の横顔が視界を横切って飛び出し、目の前で大きな音が鳴った。
ガキーーーン!
『久しぶりに逢うたと思えば、息災で災難だ、塵ネズミ』
『久しぶりってのは変っすね、ミノパイセン、あんたと俺とは時間の流れが違うんすよ』
俺は尻餅をついた。目の前では右半分だけの牛頭の筋肉だるまの斧と、西洋の海賊(?)みたいなネズミがサーベルで鍔迫り合いをしていた。正月は落ち着き払って、
「おまえもタイキックに入隊するらしいなぁ」
と言った。
「はい?タイキック?」
「対キークリーチャー部隊、とぼけてる場合じゃないんじゃね?」
正月は座ってる状態から一瞬で距離を詰めて膝蹴りを入れてきた。
「稽古つけてやるよ、こーはい。」
いや、、まじで、息、、できねぇっっ、、前に一回こいつの態度に文句言ったとき入れられた蹴り、こんなやばかったっけ、、?
『なんかミノさんの鍵の人間弱くないですか?先輩の斧に力入ってないっすよ』
『ふん。貴様はこの程度で十分だ』
『こっちが手加減してやってんすよ、やっぱ鈍いなぁ。』
『貴様の死体は心地悪い管楽器になりそうだな、ラトー』
『キャプテン・ラトーとよんでくださいな。ミノ先輩』
ネズミと牛が激しく斬り合う横で、正月はマウントポジションから俺の顔面を殴ってくる。くそ人間が本性を完全に剥き出しにしたか。
「おいやめろ!」
相馬先輩の声が聞こえた。
「ちっ」
正月は立ち上がって相馬先輩の方に歩み寄って何か話しているようだった。
『おや、ケンタウロスの鍵が来たようだ。じゃあもう帰りやすかね。』
『もう終わりか?こっちはあったまってきたところだが?』
『アンタの鍵のガキがボコボコっすよ?それに俺能力使ってないし』
『だからフェアなんだろう』
『つまんねぇな、次は全身揃えて来てくださいな。』
ネズミと正月は帰って行った。
「あの、、相馬先輩」
「皆まで言うな。手当しに行くぞ」
先輩に肩を貸され、保健室で手当を受けた。
「これで昨日の借りを返せたかな」
「昨日はむしろ俺の方が」
「そうでもないさ。お前が救急車呼んだんだろ?」
俺が先輩に助けてもらってばかりで負い目を感じていることを先輩は見透かしているんだなぁ、と思いながら、そうですけど、と呟いた。
『貴様がケンタウロスと契約しているようだな』
「うわっっ」
突然牛が会話に参戦してきて驚いた。
「そうだけど」
『今出せ』
「今契約は眷属が執行している状態だ。ケンタウロスの居場所は言えないな。」
『力ずくでも言ってもらうが?』
牛が先輩の首に大きな斧の刃を当てた。
「おいてめぇ、何してんだ!」
『小童どもよ、貴様らの好奇心や恐怖に付き合っている暇はないのだ。そして次、赤のものを身につけていたら殺すとも言った。』
「しらねぇよ!先輩の首からそれをどけろっていってんだよ!」
「ミノタウロス、取引をしよう」
先輩はミノタウロスの目を見つめながら、静かに言った。
「ケンタウロスの場所を教える代わりに、お前らの、目的を言え。」
『とても取引ともいえない児戯だな。我らの目的は言えない』
「なぜどいつもこいつも目的を言わない!」
『ケンタウロスからも聞いているだろう、同じことだ。それこそが記憶なのだ。』
「、、、やはり、その一点張りだな」
『我の質問の答えはまだか?殺すと面倒だが動けなくなる程度に貴様らを傷みつけても、』
「嘘だな。俺がケンタウロスと契約している以上お前は俺を殺さない。俺の命を削るとケンタウロスのほうにも影響が出る。お前はケンタウロスに会いたいんだから、俺に怪我を負わせるのも悪手のはずだ」
『、、生意気な小僧だな。少々いたぶったところで支障は出ないが、、、』
グオーーーー!
爆音が保健室のガラスを破って余波が俺たちの体を押した。
『、、バカな、早すぎる。』
ミノタウロスが戦慄しているのが伝わってくる。
「おい、なんなんだよあいつは!」
保健室の窓の先に見えるグラウンドにはいつの間にか、四足歩行の爪を持った金色の化け物がいた。
『、、憤怒のグリズリー』