その10、revenge
心はどこにあるだろうか。自分の姿はどう世界に映るだろうか。それらは、ちぎれているように見えても、強くつながった問い。
雨は束の間の休みの後、今日も街を濡らしている。はぐれものは、コンクリートの床と、それに不釣り合いな焚き火の後を見つめていた。家族、友達、クラス。そのコミュニティのどれも、彼を含んでいない。いや、それでも彼には重大な同志がいた。その者の名は“一突きの”キャプテン・ラトー。根本的なズレはあったが、彼らは痛みを分かち合う仲となった。でも彼らは2人でひとりぼっち。
大宮がその異常に気づき始めて一年が経とうとしていた。「復讐代行」という名のもとで何者かが動いている。最初は誰もが、典型的な義賊だと思っていた。復讐の代金は難易度による、ということをウェブで宣伝していた。業者と復讐の依頼人は一度直接コンタクトを取るということもわかっている。にもかかわらずその足取りを掴むことは困難を極めていた。そして大宮がこの事件に関わるのは、その「復讐」が明らかに人の手で行われていない、と見込まれているからだ。大宮はこの復讐の名の下に、毎回おおよそ20人単位での失踪が起きていると突き止めた。ヤクザの一派、詐欺まがいの企業などが忽然と姿を消す。その消え方には一つだけルールがある。焚き火の後を残していくのだ。これはおそらくネームタグのようなものだと考えられる。最も恐ろしいのは、焚き火は失踪よりもずっと前に失踪者の前に現れて、誰もそれを気にしないということだ。実際に、詐欺を行っていると目星をつけた会社のオフィスに捜査に入った警官達が、オフィスの真ん中で細々と焚き火をし続けるのを見たという。火災報知器は壊されていて、その状況を誰もが当然という風に振る舞っていて、恐怖を覚えたと語っていた。軽犯罪で連行しようとしたら、火を消して「ただのボヤ騒ぎです」の一点張り。挙げ句の果てに弁護士を呼ぶだの、あまりの不気味さに、捜査中だったがもう二度と関わりたくないと思ったそうだ。その日は結局証拠を見つけることができず、薬物も検出できず、悔しそうにしていたが、数日後、その社員たちは突然姿を消した。社員の家族も連絡がつかないということで失踪届が大量に出た。「復讐代行」の足取りは全く掴めていなかったが、最近になって大宮はこの事件の犯人が、自分が息子同然のように思っている正月隆と、なんらかの関係があるとわかってきた。それと同時にこの事件は、『鍵界魔物』を巻き込んだ恐ろしい事件だということも、明らかになってきたのだ。
「、、、まさか、君に先を越されるとはな。」
大宮は、暗い闇の中に返り血まみれの正月とラトーが佇んでいる背中を見た。
「、、あんたか」
正月は大宮に気づいて、振り返って言った。
「、これ以上この事件に関わんないほうがいいよ。」
正月の足元にはネズミの魔物の死骸が転がっていた。
「これは俺たちの問題だから。」
正月は立ち去ろうとした。これ以上の言葉はいらないと思った。
「待ちなさい!」
呼び止める大宮の声には、今までに一度も含まなかったほどの覇気があった。立ち去ろうとした正月は、つい不格好に静止してしまった。
「せめて、、せめて、サトリを眷属にして連れて行きなさい。」
「、、。あんたは、俺を疑わねーのかよ。この事件の犯人かもしれねーぞ」
「私が君に疑いを向けることができようか。息子同然の君に。」
正月は、顔を見られないよう斜めに傾け、歯を食いしばっていた。
ああ、だから、、、。
だからっ、やっぱりこの人はっ、、!、、俺はっ!この人をっ!、、、巻き込めねぇんだよっ!
「相馬君からも、君が武宮君をわざと遠ざけているのではないかと聞かされたよ。」
正月の心中は最早言葉にならなかった。
「彼の言葉で私は確信した。君たちは5年前の、いや、ラトーくんはもっと長い因縁と決別しようとしているんだね。」
雨の中に静けさが生まれた。血まみれのネズミの死骸だらけの会社のオフィスで、覚悟を決めていた二人は、心を揺るがすまいと必死だった。
「ハッキリと言わせてもらおう。君たちには必ず、生きて帰ってきて欲しい場所があるのだ!ここだ!僕の前に!」
大宮本部長の声は震えていた。それでも確かに芯の通っている感じがした。その後はとても静かだった。静けさの中で男たちは誓い合った。この復讐の後に、また生きて会うと。
俺はあの日、隊長と署に帰った後、全てのいきさつを本部長に話した。本部長は、ミノタロスが強欲の大罪だと知っていたようだ。恐らく、誓約の時にすでに知っていて、誓約の性質上話せなかったようだ。その後、俺は正月の過去について本部長から別室で、直接聞かされた。俺はそれを聞いた感想をうまく言葉にできない。明日は上村さんが訓練相手になってくれる、と伝えられて、俺は家に帰ってきた。この頃は父親も忙しそうだったが、俺が部隊に入ってからは、なんだか無理して家族の時間を作ってくれているようで、でもそれをやめてくれということも、できなかった。
「ミノタロス、ちょっといいか?」
俺は床についてから、ミノタロスを呼んだ。
『何のようだ?』
「用ってほどじゃねーんだけど、、お前は正月の話聞いてどう思った?」
牛は少し考えているようだった。こいつも言葉を選ぶのか。なかなか答えそうになかったので、別のことを聞いた。
「、、なぁ、お前ってさ、ひょっとしてだけど、、」
『何だ?』
「、何ていうか、程よくやり返されるのを待ってんじゃねぇか?」
ミノタロスはポーカーフェイス、というか置き物か被り物みたいで滅多に表情を変えない。でも、なぜか、黙り込んだ時にはむしろ表情が豊かになって分かりやすい気がするんだ。
『、、どういう意味だ?』
「いや、今日もだけど、隊長のピストルを払いのけるぐらいのことができたんじゃねーかなって。」
『、、そんな危険な橋は渡らない。』
「お前、自分がやってることが本当に正しいのか分かってないんじゃねーかな。罰を求めてるように見えんだよ。気のせいだったら悪いけど」
俺はわざとミノタロスの方を見なかった。言葉で聞きたいことのほうがずっと多いから。
『、、だったら何だ。迷いこそ運命なのだ。』
「、、、ぷふ。、、あはっ」
『何を笑うことがある?』
追い詰められたからそれっぽいこと言って逃げてやるという感じが、面白くて笑ってしまった。こいつケッコーキャラ作りに熱心なやつだ。
「、、、なぁ、ミノタロス。」
『何だ』
「ちょっと俺の昔話聞いてくれよ。」
俺は目を閉じて、記憶を呼び起こしながら言葉を紡いだ。