ザマール!
【エリシオン】艦内ブリーフィングルームでは、巨大なホログラフィックディスプレイがイエメンのザマール地域の地形データを映し出していた。シンがその中央に立ち、指を地図の一点に指し示す。
「ここだ、ここに拠点を作る。ザマールは山岳地帯に囲まれ、自然の要塞のようになっている。敵対勢力の動きを抑えつつ、戦略的に拠点を維持するのに最適だ。」シンの声には確信が満ちている。
アイシャが地図を見つめながら質問する。「でも、ザマールって内陸部よね?輸送の面で問題はないかしら?」
シンは軽くうなずきながら答える。
「輸送は【エリシオン】の格納庫に収容して運ぶ。ステルス機能を使えば敵に気づかれることはないだろう。周辺の航空機やドローンにも感知されない。」
エルザが資料を見ながら言葉を挟む。「確かに地理的には理想的な場所ね。ただ、問題は初期配置の物資よ。十分な武器や食料がなければ、すぐに持たないわ。」
「それなら『転送装置』を拠点に設置するわ。武器、装備品、弾薬、食料、水、医療品を無尽蔵にこちらから供給できる。」ジャネットが提案する。
シンは少し考え込む。「配置するなら常にドローン1機をはりつかせる。」
ダミルィ―が腕を組みながら口を開く。
「でも、転送装置だけじゃ心もとないわね。通信システムが必要よ。拠点が孤立しないように、私たちとも常に連絡が取れるようにするの。」
「確かに、それは重要だな。」シンはうなずく。「シグ、通信タワーの設置を頼めるか?」
シグが笑顔で答える。
「もちろん!地形を活かしてステルス性の高い通信タワーを作るよ。あとは衛星リンクを使えば完璧だね。」
ヤシャスィーンが静かに口を開く。
「医療設備も忘れないで~。怪我人や病人が出たら~、即座に治療できる環境が必要よ~。」
「医療品はもちろんだが、最低限の医療設備も持ち込む。」シンは頷く。
エルザが地図を見ながら提案する。
「それと防御面も強化しておきましょう。拠点の周辺にセンサーや自動防衛システムを設置すれば、奇襲を防げるわ。」
「防衛システムか……いいアイデアだ。」シンは彼女に視線を向ける。「設置と調整はお前に任せる。」
シンはホログラフィックディスプレイにリストを映し出し、クルー全員で確認を始めた。
武器・弾薬:必要量は無限に供給可能。ただし初期配置分を確保。
食料・水:転送装置で補充するが、持ち込み分を十分に準備。
医療品・設備:高度な医療が可能な設備。
通信設備:衛星リンク対応の通信タワーを設置。
防衛システム:自動センサー、ドローン迎撃装置、周辺警備システム。
輸送用車両:地形に対応した装甲車両。
居住施設:増加する人数に対応する仮設住居。
「他に何か必要なものは?」シンが全員に尋ねる。
ミリアが首をかしげながら口を開く。
「気分転換用の何かがあってもいいかも。長期滞在だと精神的な負担が大きいから。」
「それなら、娯楽用の設備も用意しておくか。」シンは少し笑いながら答えた。
「これで問題なさそうだな。」シンは全員を見渡しながら言った。「ガブリエルと元構成員たちを送り込む準備を進める。パラグアイからの輸送は俺たちが直接行う。全員、持ち場で最善を尽くしてくれ。」
クルーたちはそれぞれ頷き、自分の任務に戻っていった。
パラグアイ郊外。人里離れた荒野には月明かりが照らし出す大地が広がっていた。ガブリエル・ド・ナシメントと元構成員たち4000人は、規律正しく整列しながらも、どこか落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「一体どうやって俺たちを運ぶつもりなんだ……」
ガブリエルはぼんやりと考えながら、広がる夜空を見上げた。突如として空気がざわめき、微かな振動音が地面を伝わってきた。その瞬間、夜空に巨大な影が現れた。
上空からゆっくりと姿を現したのは、全長が数キロにも及ぶ超巨大戦艦【エリシオン】だった。その圧倒的な存在感に、元構成員たちは一様に息を呑み、整列のまま硬直してしまった。
「な、なんだあれは……!」
「飛行機か?いや、そんな次元じゃない……!」
「……神が降りてきたのか?」
構成員たちの間にざわめきが広がる中、戦艦の下部から巨大な格納庫のハッチがゆっくりと開いた。まばゆい光が地上を照らし、緊張感がさらに高まる。
ハッチから降り立ったのは、黒いロングコートを翻したシンだった。無表情に辺りを見回し、堂々とした足取りでガブリエルに近づいていく。その姿にガブリエルは圧倒され、一瞬、声を出すことすら忘れた。
「待たせたな。」
シンが低い声で語りかけると、ガブリエルは慌てて背筋を伸ばし、頭を下げた。
「お待ちしておりました、シン様!」
シンはガブリエルの返答にさして興味を示さず、後方に視線を向けた。
「4000人、全員揃っているな?」
「はい、皆一人も欠けることなくここにおります。」
ガブリエルが答えると、シンは満足そうにうなずき、構成員たちを一瞥した。
「今、格納庫のハッチを開ける。全員、順番に乗り込め。」
シンの一言に応えるように、元構成員たちは一糸乱れぬ動きで行進を開始した。その整然とした動きは、彼らの規律が徹底されていることを物語っていた。
ガブリエルがシンの隣に並びながら尋ねた。
「シン様、この戦艦……一体どのような仕組みで動いているのですか?地球の技術とはまるで別物に見えますが。」
シンは軽く笑いながら答える。
「お前たちには理解する必要はない。ただの移動手段だと思えばいい。」
ガブリエルは再び圧倒され、感嘆の声を漏らした。
「やはり……想像を遥かに超えた存在でいらっしゃる。」
「余計なことを考えるな、ガブリエル。」シンが鋭い眼差しを向ける。「お前の仕事は、俺の命令を忠実に遂行することだ。それ以外は不要だ。」
「承知しました。」ガブリエルは深く頭を下げた。
「よし、お前に話がある、俺についてこい。」
【エリシオン】の内部では、ジャネットとダミルィ―が、モニター越しに全員の動きを確認していた。
「やっぱり、統率が取れているわね。」ジャネットが言った。
「まあ、あの薬の効果もありますわ。」ダミルィ―が冷笑を浮かべながら答える。
【エリシオン】のブリッジは広大な空間で、壁面に並ぶモニターには地球全体を網羅する情報が映し出されている。その中心に立つシンの元へ、ガブリエルが慎重な足取りで入ってきた。彼の視線は、ブリッジ内の高度な設備や並ぶクルーたちに吸い寄せられ、せわしなく周囲を見回していた。
「落ち着け、ガブリエル。ここでは誰もお前に手を出さない。」
シンが冷静な声で言うと、ガブリエルはハッとして顔を正した。
「失礼しました……ですが、あまりにも異世界じみていて、正直、圧倒されています。」
その時、視界の端にジャネットとダミルィ―の姿が入ったガブリエルは、一瞬体をこわばらせた。彼女たちに恐怖を植え付けられた記憶が脳裏に蘇ったのだ。それを察したダミルィ―が薄く笑う。
「安心しなさい。ここで何か失敗しない限り、私たちはあなたに何もしないわ。」
「そ、そうですか……」
ガブリエルはぎこちなく笑い返したが、その額には一筋の汗が浮かんでいた。
シンは軽く指を鳴らすと、どこからともなく5機のステルスドローンが現れた。無音で浮遊するドローンは、滑らかな黒いフォルムに鈍く光る装甲を持ち、見るからに高性能であることがわかる。
「お前にこれを貸し与える。」
シンの言葉に、ガブリエルは目を見開いた。
「こいつらはステルス機能、AI機能、防御シールド、防音シールド、中性子レーザー、通信装置、映像記録装置を備えている。」
シンはドローンを一瞥すると続けた。
「1機はお前の護衛用に使え。他の4機は必要に応じて指示を出せばいい。攻撃力は申し分ない。一個大隊程度なら、1分で制圧可能だ。長距離射撃の射程は50キロだ。」
ガブリエルはドローンに目を奪われながら頷いた。
「信じられない……これがあなた方の技術力ですか。これさえあれば、どんな作戦も成功させられそうです。」
シンは腕を組みながら答える。
「過信はするな。あくまで道具に過ぎない。」
シンはさらに言葉を続けた。
「ザマールでの生活に必要なものがあれば、遠慮なく言え。飯や酒に関しては期待していいぞ。質のいいものを届けさせる。」
ガブリエルは少し驚いた表情を浮かべた。
「そこまで配慮していただけるとは……ありがとうございます。」
ジャネットが横から口を挟んだ。
「シンがここまで言うんだから、遠慮する必要はないわ。特に飲み物にはこだわってもいいのよ。」
ダミルィ―も微笑しながら付け加える。
「ただし、無駄遣いはしないように。私たちが後で精査するからね。」
ガブリエルは小さく頷いた。彼女たちの言葉に冗談を交える余裕はなかった。
シンはガブリエルに最後の一言を告げた。
「お前の任務は重要だ。俺たちとの連絡は、このドローンを通してやれ。」
「承知しました。期待に応えられるよう努めます。」
ガブリエルは深く頭を下げた後、ドローンに誘導されてブリッジから退室していった。その後ろ姿を見送りながら、シンは無言で腕を組んでいた。
ジャネットがシンに近寄り、軽く肩を叩く。
「大丈夫かしら?あの4000人、ちゃんとやれると思う?」
シンは短く答えた。
「やらせるさ。それができなければ、使い道はない。」
その言葉には冷徹ながらも確固たる信念が込められていた。【エリシオン】のブリッジに、再び静けさが戻る。




