65 気負いすぎ
ウィルが出て行ってから結構な時間が経った。
いつの間にか陽も暮れて、ギルドの外はもう暗くなっている。
「ウィル遅いねー」
俺の向かいに座っていたミラが、伸びをしながら言う。
「そうだな。待っててくれとは言ってたんだけど……」
ウィルが出て行った後、二人には事情を説明していた。
二人とも「ウィルがそう言っているなら」と、納得してくれてはいたが……まさか、こんなに遅くなるとはな……。
「そろそろ探しに行った方がいいですかね?」
クリスも心配そうな顔を浮かべている。
俺は壁に掛かっていた時計に目をやる。
――時刻は十九時を回ったところ。
あまりに遅いと、そうするしかないか……。
「それも考えていた方がいいだろうな……」
俺は小さくため息をついた。
その時、ミラが声を上げる。
「あ、ウィルー!」
ミラの視線を追いかけて振り返ると、そこにはウィルの姿があった。
ウィルの顔にいつもの笑顔はなく、どこか思い詰めたような顔をしている。
ウィルは力なく手を挙げて、俺たちに手を振った。
一体どうしたんだ?
そのままウィルは無言でこちらに向かって歩いた。
そして、俺の横に腰を下ろした。
「遅かったねーウィル」
「心配しましたよ」
「本当だぞ。でも、無事に戻ってきてくれて良かったよ」
けれど、ウィルはうつむいたままだった。
俺たちは顔を見合わせた。
「なあ――」
「ごめん!」
俺が声をかけようとした時、ウィルはそう言った。
大きな声だったから、周りの人もこちらを見ている。
ウィルもそれに気付き、縮こまる。
ウィルでもこんなことあるんだな……。
「どうしたんだ?」
「いや、その……」
ウィルはそう言って、周りを見ていた。
……今の状態じゃ言い出せないか。
「それなら、帰ってからにしようか。
料理長さんも待っているだろうし」
俺がそう言うと、ウィルはうなずいた。
ミラとクリスも俺に同意したようにうなずく。
「それじゃあ帰るか」
俺たちはギルドを後にした。
◇
帰り道でも、ウィルは一言も喋らず、ずっとうつむいたままだった。
ウィルがこんなになるなんて、何があったんだろう?
……そんなに深刻なことなのか?
俺は少し不安になった。
俺たちがタウンハウスへと帰ると、ミラの案内で応接間へと通される。
俺たちはソファーに座り、ウィルが話し始めるのを待った。
少しすると、執事さんが飲み物を持ってきてくれた。
俺たち三人はお礼を言ってから出された紅茶を飲むが、ウィルだけは手を付けなかった。
これは相当だな……。
そして、ウィルは意を決したかのように俺たちの方を見て、口を開いた。
「ごめん、俺、勝手な約束を取りつけちまった!」
ウィルは俺たちに頭を下げる。
俺たちは、またもや顔を見合わせた。
そして、俺は口を開く。
「一体どうしたって言うんだ?」
すると、ウィルは顔を上げた。
「実は――」
◇
ウィルの話はシンプルだった。
――魔術を使えなくなった幼馴染を助けたい。
勢いで約束してきてしまった。
ただそれだけだ。
「別にいいんじゃないか?」
俺はミラとクリスの方を見る。
「うん。私もいいと思うわ」
ミラはそう言い、クリスは穏やかに微笑んでいる。
ウィルは俺たちを見て、目を丸くしていた。
「え、いいのか? 勝手なことしちまったんだけど……」
「それくらいなんともないですよ。
クレイグさんだって、勢いでクエストを引き受けたこともありましたし」
クリスはそう言って俺の方を見た。
「そうだな……。俺もあの時は成り行きで受けてしまった」
「そんなこともあったのか……。
俺はてっきりもっと怒られるもんだと……」
「そんなことで怒ったりしないさ。
俺が言うのもアレだけどさ」
俺は自嘲気味に笑い、ウィルの方を見た。
すると、ウィルの顔には明るさが戻ってくる。
「それに、そのエマさんは私たちが泊まっていた宿の娘さんでしょう?
それなら尚更放っておけませんしね」
クリスはいつもの笑顔でウィルに言う。
「そうそう。お世話になった人の助けになりたいのは誰だってそうよ」
今度はミラがウィルに言った。
「そうか……ありがとな!」
ウィルは完全にいつもの調子に戻った。
やっぱりウィルはこうじゃないとな。
「それで、何かあてはあるのか?」
「いやー……それが……」
「……本当に勢いで受けてきたんだな」
俺が言うと、ウィルはばつが悪そうに目線をそらした。
「ミラとクリスは、似たような事象は知らないのか?」
「んー……私はちょっと分からないかな。
魔術が使えなくなるって、私の知っている限りでは、聖珠教とクレイグくらいしか知らないし。
ウィルの話だと、エマちゃんは聖珠教の洗礼も受けてなさそうなんでしょ?」
「そうだな。エマからはそんな話は聞いていない。
もし受けていたらそう言うはずだし」
……知らなかったのって俺だけだったのか。
ボロが出ないように少しの間黙っておこう。
「毒関係でしたら私が治せるとは思いますが、そういった毒の話は聞いたことがありませんね」
「そうなのか……」
「ウィルさんから見てのエマさんはどうでした? その……マナの具合は」
「普通にあったな。少し弱まっていたけど、クレイグみたいに全くないって程じゃあなかったぜ」
「それじゃあ聖珠教みたいな感じかしら?」
「どっちかって言うと、そうだと思うぜ」
俺たちは頭をひねりながら意見を出し合う。
――しかし、いい意見はなかなか出てこない。
すると、ミラがポツリと呟く。
「……バリオスは何か知らないかしら?」
「バリオス? 何でまた?」
ウィルが不思議そうな顔をしてミラを見る。
「バリオスはああ見えて長生きだから、もしかしたら何か知ってるかもな」
「そういやそうか」
「まあ、ダメ元で聞きに行ってみるか」
「そうだな! よし、行こうぜ!」
ウィルは居ても立ってもいられないといった様子だ。
俺たちはウィルに促されて席を立つ。
すると、ミラが俺の横に来る。
「ウィル、元気出たみたいで良かったね」
そう言って、笑みを浮かべた。
「そうだな」
俺たちは厩舎へと向かった。
◇
厩舎に着くと、ウィルはバリオスに事情を説明した。
バリオスは静かにウィルの話を聞き、やがて口を開いた。
『似たようなことは知っているな。
だが、確証があるわけでもない。一回見てみないとな』
「うおおぉ、マジか!」
ウィルは飛び跳ねて喜んでいた。
『それでも、俺の思っているものと違うかもしれないから、あまり期待はするな』
「お、おう……そうだな」
ウィルはぴたりと動きを止め、バリオスを見た。
「それじゃあ、明日来てもらう?」
「そうだな! 俺、ちょっと言いに行ってくるわ!」
ウィルはそう言って、厩舎を飛び出した。
残された俺たちは、呆気に取られていた。
「……もしかして、ギルドを出て行った時もあんな感じだったのですか?」
「ああ。引き留める間もなかったな」
俺たちはウィルの去った方を見て、笑いがこぼれる。
「それでも――」
クリスが口を開く。
「協調性に欠けるのはいただけませんね。
ここはクレイグさんから怒ってもらわないと」
「そうそう、料理長だって晩御飯の準備をして待ってくれているんだもの。
ウィルの気持ちも分かるんだけどねー」
二人は不満を口にしつつも、本気では怒っているわけではなさそうだった。
「そうだな。ここはちゃんと言っておかないとな」
俺たちは顔を見合わせて笑う。
バリオスに挨拶をしてから、屋敷へ向かった。
――明日は原因が分かればいいな。
会ったこともない人だけど、ウィルの大事な幼馴染だ。
何とかしてやりたいと思うのは当然だろうしな。
「原因、分かるといいね」
横を歩いていたミラが、俺の心を読んだようなことを言う。
「そうだな」
うっすらと街灯が照らす屋敷の門を見て、俺たちは屋敷へと入った。




