64 幼馴染
王都はどこも、人でごった返してんなー。
来たのは小さい頃以来だけど、昔のことなんて覚えちゃいない。
クエストボードも見終わったし、クレイグと話でもして時間潰すか。
あいつ、でけーから見つけやすいんだよな。
少し見回すと、お目当てのやつが見つかった。
……なんかぼーっとしてんな。
俺はクレイグへと近寄った。
「こんなとこにいたのか。ぼーっとしてどした?」
俺は椅子に腰かけているクレイグに話しかけた。
「ああ、あそこにいる女性が、クエストを失敗したらしくてさ。
このままだと降格もあるって。俺たちも気を付けないとなって思ってた」
あー……降格か。
今まで一人だったし、気にしたこともなかったな。
まあ、今は俺もパーティー組んでる身だし、無関係ってわけじゃねえな。
俺はクレイグの視線を追いかけてみる。
「ふ~……ん?」
視線の先にあったのは、青い髪を頭の横で縛った女性。
後ろ姿しか見えないが、どことなくエマに似ている気がする。
その時、女性が横を向く。
俺はその顔を見て固まってしまう。
二年前まで、ずっと隣にいた顔。
小さい時から一緒だったその顔を、見間違えるはずがない。
「どうした?」
クレイグの声で、ハッとする。
「……エマだ」
「え? エマって、宿屋の娘さんだったよな?」
「ああ、そうだ。ちょっと待っててくれ」
俺はいてもたってもいられず、エマに近寄った。
「よっ、久しぶり!」
するとエマはこちらに体を向け、俺を見上げる。
――しかし、エマは首を傾げていた。
「なんだよ、もう忘れたのか? 薄情なやつだな」
俺がそう言うと、エマはハッとした表情を浮かべ、フードを深くかぶる。
「ひ、人違いです」
短く言うと、身をひるがえして去ろうとする。
「おい、待てって!」
エマはそのまま背を向ける。
咄嗟に手を伸ばし、俺はエマの腕を掴んだ。
「今の反応、絶対分かってるだろ」
「離してっ!」
エマは俺の手を振りほどく。
「おい――」
俺が言い終わる前に、ギルドから走って出て行ってしまった。
どうしたんだよ。
せっかく久しぶりに会えたってのに。
……しゃーねーな。
俺はクレイグの元へ戻り、短く言った。
「悪りぃクレイグ、俺、追いかけるわ!」
クレイグの返事を待たないまま俺はギルドを飛び出した。
「――――。」
クレイグは何かを言っていたかもしれないが、俺の耳にはその言葉は届かなかった。
◇
ギルドを出て、エマの向かった方へと走る。
クッソ……。
いつの間にこんなに走れるようになったんだ?
昔のエマなら、少し走っただけですぐ息を切らしてたのに。
しばらく走っていたが、一向にエマは見つからない。
俺は足を止め、荒くなった呼吸を整えた。
あいつの行きそうな場所……。
俺は周囲を見渡す。
すると、街を見渡せそうな高台を見つけた。
「あそこ……か?」
これ以上知らない土地で無闇に探す訳にも行かないし、とりあえず行ってみるか。
俺は高台へと足を向けた。
◇
高台へ着くと、空はすっかり赤くなっていた。
もうこんな時間か……。
夕陽が顔を照らす。その光で目を細めてしまう。
手で眉上を覆いながら辺りを見回す。
人はほとんどいない――が
……いた。
ギルドで見た、頭の横で結った青い髪。
街を見渡せる位置にあるベンチの上で、膝を抱えて縮こまっていた。
……ったく、あいつも変わんねーな。
俺は気付かれないように足音を殺しながら近づく。
そして、後ろから肩に手を置いた。
「わっ!」
「きゃっ」
その瞬間、エマは体勢を崩して倒れそうになる。
「おっと」
俺はその体を支えた。
体勢を立て直した後、エマは俺を一睨みしてから前を向いた。
俺はエマの横に座る。
「何しに来たのよ」
「逃げたから追ってきた」
俺が答えた後、少しの沈黙が流れる。
「どうしてここが分かったのよ」
「いつも逃げて行ったときは、こういう所で町を眺めてただろ?」
また沈黙が流れる。
「……なんで何も聞かないのよ」
「いつもそうだったろ?」
「はぁ……」
エマは小さくため息をついた。
「やっぱりエマじゃん」
エマはハッとした表情を見せてから、また前を向く。
「……そうよ」
今度は抱えた膝に顔を埋めてしまった。
……これは相当参ってそうだな。
俺はエマが話すのを待った。
「あんた、何でここにいるのよ」
「俺か? 俺も今はパーティーを組んでるんだ。
それで、今日着いたばっかりだ」
「ふーん、そうなんだ」
また少しの間が空く。
そして、エマは口を開く。
「あたし、冒険者辞めようかな……」
「えっ!? どうしたんだよ!?」
自分でも思ったより大きな声が出た。
それでもエマは体勢を変えない。
「あたし、魔術が使えなくなっちゃったんだ……」
「……マジかよ」
こんなことで嘘をつくようなやつじゃないことは分かっている。
言われてみれば、前よりマナの量が少なく見えるかもしれない。
「それで、パーティーも追い出されちゃった」
「仲間は何もしてくれなかったのか?
原因を調べたり、いろいろ……」
あまりの告白に俺はそれ以上言葉が出ない。
「……そんなのはなかった」
エマの言葉を聞き、俺は怒りが込み上げてくる。
「薄情な奴らだな」
俺がパーティーに入れてくれって言った時も、かなり冷めた感じで断られたし、エマにもそういう態度だったんだろう。
「それで、斥候みたいなこともしてみたんだけど……それも上手くいかなくてさ。
スタッグヘルムに戻るとしても、みんなに笑われてしまいそうで……。
気付けば、一年以上経ってた」
おばさんが『手紙を寄こさなくなってた』って言ってた時期も、それくらいだったか。
……俺も腐っていた時期があった。それもついこの前まで。
今度は俺が助ける番だ。
俺はエマの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「何すんのよ!」
エマは顔を上げて、俺を睨みつける。
「俺が何とかしてやるよ。任せとけ!」
「何とかって……あたしだっていろいろ調べたのに」
「んーまあ、何とかするさ!」
「……気休めはやめて」
エマはそう言って、また顔を埋めてしまう。
……仕方ねぇな。
俺はエマを抱え上げた。
「ちょっと!」
エマは驚いた表情を見せ、俺の胸に手を当てて押す。
――が、そんな力じゃ俺は動かない。
「何してるんだ?」
「――っ! 恥ずかしいから降ろして!」
「いつもやってただろ?」
「それでも!」
俺はエマの言葉に耳を貸さず、その場で一度だけ回った。
エマは俺の首に腕を回してしがみついている。
動きを止めて顔を覗き込むと、エマの顔は真っ赤だった。
「……馬鹿」
エマは短くそう言った。
励まそうと思ったんだけど……怒らせちまったか?
俺はエマを降ろした。
真っ赤な顔のまま向こうを向いてしまった。
……失敗したかな?
「……まあ、ありがと。ちょっとは元気出たかも」
「お、おう、そうか……」
「なんであんたが挙動不審なのよ」
「いやー怒らせたかと思って」
「……変なの」
そう言った顔は、さっきよりも柔らかかった。
「とにかく、俺が何とかしてやるから心配すんな」
「どうするのよ」
「仲間に相談してみる!」
「期待しないで待ってる」
「期待しとけ!」
俺が言うと、エマは初めて少し笑った。
なんとかなった……か。
周りを見てみると、太陽はすっかり沈んでいた。
そろそろ戻らねーとクレイグたちが心配していそうだ。
「ほら、そろそろ戻るぞ。もう暗くなってきたし」
「それもそうね」
「宿まで送るよ」
「ありがと」
「昔みたいに手でもつないで帰るか?」
俺は手を差し出した。
「嫌よ」
エマはそっぽを向いてしまった。
これはお気に召さなかったらしい。
「んじゃ行くか」
俺がそう言って歩き出そうとすると、エマは袖をつまんできた。
「……これは?」
俺はそう言うと、エマはまた顔を赤くする。
「いいの!」
何ともよく分からないやつだな。
俺たちはそのまま街の方へと戻っていった。
◇
街中に戻るころには、エマは俺の袖を離して横に並んでいた。
もうさっきみたいに沈んだ顔はしていないし、これで良かったかもな。
「ここよ」
エマは一軒の宿屋の前でそう言った。
「そうか。また何かあったら声をかけるから、部屋番号だけ教えてくれ」
俺はエマから部屋番号を聞いた。
「あんたはどこに泊まってんの?」
あー……これは伏せておいた方がいいかも。
ミラちゃんも隠しているしな。
「……秘密だ」
「なんでよ」
「まあいろいろと事情があってな。言えたら言う」
「分かったわよ。それじゃあね」
「おう」
エマはそう言って宿へと入っていった。
さて、エマには勢いで何とかするって言っちまったけど、クレイグたちになんて言おう……。
急に飛び出した上に、勝手な約束までしてしまった。
嫌な汗が背中を伝う。
……俺もパーティーを追い出されるか?
俺は少し憂鬱な気持ちで、冒険者ギルドへと戻った。




