61 橋を渡る前に
朝、ミラと顔を合わせると、なんとも気まずい空気が流れた。
目を合わせると、ミラは逸らしてしまう。
カトレアさんは説明しておいてくれるって言っていたけど……。
俺から声をかけるって言っても、何て声をかければいいか分からないんだよな……。
そんなこんなで準備も終わり、いざ出発という時に、気まずそうな顔をしたミラが近づいてきた。
「あの……クレイグ、昨日はごめんね」
ミラは顔を伏せながら言う。
カトレアさんからはちゃんと伝わっていそうだ。
少し離れた場所から、カトレアさんが苦笑いにも似た顔でこちらを見ていた。
……俺はミラに向き直る。
「いや、大丈夫だ。これからは少し意識をしてもらえると助かるかな」
「うん、分かった……」
ミラは少し気まずそうな声で答える。
俺はミラの肩に手をそっと乗せる。
ミラの肩は少し跳ねた。
「俺も気にしてないし、それに……ミラがその調子だと、俺も調子が狂ってしまう」
ミラと視線が合うと、俺は出来る限りの笑顔を作った。
すると、ミラも笑顔を作ってくれる。
「さあ、出発しよう!」
「うん!」
俺が言うと、ミラはいつもの調子で答えてくれた。
ミラの調子も戻ったようで何よりだ。
俺たちが馬車に乗り込もうとすると、入口の前でクリスがニヤニヤを隠し切れない顔で立っていた。
クリスの横を通り過ぎる前に、脇腹を突いた。
「ア”ッ!」
なんとも変な声を上げていた。
◇
王都までの道のりは順調。
俺たちは、バリオスを気遣いながら進んでいた。
俺とバリオス以外は、昼飯を終えてから昼寝中だ。
予定ではあと二日で王都か……。
王都は久しぶりだな……。
親父に連れられて立ち寄ったのが、最初で最後だ。
もうどんなところだったか覚えてないし、楽しみだ。
「あれ? もう【リーンデル大橋】まで来たのか?」
さっきまで昼寝をしていたウィルが、俺の横から身を乗り出してきた。
「ああ、流石バリオスってとこだな」
『これくらいなんともないぜ』
少し前方には、石造りの大きな橋。
クオルやスタッグヘルムと王都をつなぐ唯一の橋だ。
全長も長くて、対岸はかなり先だ。
「ホントこの橋すげーよな。誰が作ったんだろう?」
「さあな……。でもかなり昔からあるんだろ?」
「そう。言い伝えがないくらい、いつ誰が作ったかも分からないの。一説では、古代遺物の一種じゃないかって言う人もいるわね」
今度は俺を挟んで反対側から、カトレアさんが身を乗り出してきた。
どうやらカトレアさんも目を覚ましたらしい。
「古代遺物~? そんなに凄いものだったのか。
いつも気にしないで通っていたぜ」
「ここ以外にも、こういった場所は多いわ。
古代の建造物や遺跡、水の中に沈んだ神殿なんかもあるわね」
ウィルは目を輝かせながらカトレアさんの話を聞いている。
古代遺跡か……。
俺もそういうものに憧れていた。
「ワクワクしてくるな、クレイグ!」
「そうだな。俺も小さい時から聞かされていたし、それを見るのも冒険者になりたかった理由の一つだ」
「わかってんなークレイグ! やっぱロマンあるよな!」
ウィルはそう言って、俺の背中をバシバシと叩く。
「ちょっ……痛いって」
「あー、すまんすまん。ちょっとテンション上がっちまってな!」
ウィルは満面の笑みを浮かべていた。
カトレアさんも、俺たちを見て笑みを浮かべていた。
◇
橋の手前まで辿り着くと、そこは行商人たちで賑わっていた。
日用品や食料品、屋台まで出ている。
「すごい盛り上がりだな」
「ここはクオルとの中継地点だからね。
ここと対岸はいつも商人の人たちで賑わっているよ」
いつの間にか起きてきたミラが、俺の横に来ていた。
「そうなのか」
「クレイグって、通ったことないの?」
ミラは首を傾げながら聞いてくる。
「小さいころに、親父に連れられて通った一度だけだな」
「そうだったの。これからは一緒にいろんなものを見ていこうね!」
「ああ、よろしくな」
俺が言うと、ミラは笑みで返してくれた。
「みんな、必要な物はあるか?」
「私は大丈夫だよー」
「俺もいいぜー」
「私も特には」
「私も欲しいものはないかな」
みんなも大丈夫だな。俺たちはすぐに橋を渡ることにした。
橋の前に到着すると、馬車や人が列をなしている。
その先には、騎士団らしき人が立っているようだった。
「少し物々しい雰囲気だけど、いつもこうなのか?」
「いえ、いつもはこうじゃないんだけど……何かあったのかしら?」
俺たちの番になると、騎士団の人たちに止められる。
「止まれ」
俺は言われたように馬車を停めた。
「所属と行き先は?」
「冒険者です。行き先は王都です」
俺はそう言って、タグを見せた。
騎士団の人は俺のタグを確認する。
そして、バリオスや馬車全体を見る。
「この馬は何だ?」
やっぱり聞かれるよなぁ。
「見た目はちょっと厳ついですけど、僕たちの馬です」
「そうか。見たこともないくらい大きいな。
それに……この馬車は、ガーランド騎士団の物ではないのか?」
検問をしている騎士団は鋭いな……。
誤魔化しても仕方ないし、ここは素直に言おう。
「この馬車は、ガーランド騎士団から頂いたものです。
確認していただければ分かると思います」
「本当か? 少し横にずれろ。
お前たちが通るのは確認が出来てからだ」
俺たちは騎士団の人たちに誘導され、横にずれた。
「少し足止めか……」
「いざとなったら私がこれを使うから安心して」
ミラは胸に手を当てて言う。
これって……ガーランド家の徽章のことか。
「いいのか?」
「んー、まあ仕方ないかな。
確認を取るのも時間が掛かるし」
「そうは言ってもな……。
出来るだけミラの想いを尊重したいと思ってるんだけど」
「大丈夫大丈夫! これくらいはあると思っていたから」
ミラは笑って答えてくれたが、どうにも割り切れない気持ちがある。
その時、カトレアさんが声をかけてくる。
「どうしたの?」
「あの……検問に引っかかってしまって」
「ふーん、そうなの」
カトレアさんは少し悩むようにうつむいた。
そして、顔を上げた。
「よし、お姉さんに任せなさい!」
「ちょ――」
胸を張ってそう言った後、俺が言い終わる前に馬車から出て行ってしまった。
カトレアさんは騎士へと近づき、話をしている。
騎士は何かに気付いたようで、背筋を伸ばしカトレアさんに頭を下げていた。
その様子を見ていたミラから声をかけられる。
「カトレアさんって、もしかして凄い人なのかな?」
「……そうみたいだな」
やがて話も終わり、カトレアさんが戻ってくる。
「通っても大丈夫だってー」
カトレアさんはいつも通りのフランクな感じだ。
「すいません、ありがとうございます」
俺たちは、カトレアさんに頭を下げていた。
「いいのいいの。馬車にも乗せてもらってるしね!
それと、馬車に揺られていて体が固くなっちゃった。少し体を動かしてもいい?」
「ええ、大丈夫です。俺たちも一旦降りるか」
俺の声掛けで、みんな馬車を降りた。
◇
みんな思い思いに体を動かしている。
カトレアさんの呼びかけがなかったら、そのまま通過していたかもしれない。
今度からは適度に休憩も入れよう。
バリオスにも気分転換をしてもらいたいしな。
みんなの様子を見ていると、クリスだけ山の一点を見つめていた。
「どうしたんだ?」
俺が声をかけると、クリスはいつものニコニコした顔ではなく、鋭い目つきをしていた。
「少し……堅気じゃなさそうな人がいたもので」
俺もその方向を見てみたが……全然分からない。
「そうなのか? もしかして、ドラー帝国絡みか?」
俺はなるべく大きな声を出さないようにした。
「まだ分かりません。しかし、その可能性もあるかと」
「そうか……。ニニア村の件もあるし、バリオスに魔物の動きも聞いてみるか?」
「そうですね。それが一番かと」
俺とクリスはバリオスの方へと向かった。
騎士に変に思われないように、小声で話す。
「バリオス、ちょっと相談なんだが――」
『なるほどな。分かったちょっと待ってろ』
バリオスは集中したように目を閉じる。
少しすると、一つ息を吐いた後にこちらを向いた。
『今のところ、魔物の気配に変わった動きはない。安心しろ』
俺とクリスは、同時に胸をなでおろす。
「バリオスさん、ありがとうございました」
クリスはそう言って頭を下げた。
『いいってことよ』
バリオスは俺たちから視線をそらして答えた。
「一応、騎士に言っておくか?」
「そうですね。これだけ騎士がいれば、ここで大きく動くとは思いませんし、報告して牽制した方がいいかもしれません。……私が話をしてきます」
「そうか……頼む」
クリスは騎士へと報告しに行った。
この前のニニア村を襲った仲間なんだろうか……。
出来れば違っていてほしいんだけどな。
クリスの報告で、数人が山へと入っていった。
「お待たせしました。みなさんも体がほぐれたようですし、そろそろ行きましょう」
「ああ、そうだな」
俺たちは馬車へと乗り込み、橋へと進んだ。




