60 向けられた視線
ウィルの加入と、昇級した日から三日が過ぎた。
俺たちはスタッグヘルムに滞在している間、青等級の依頼をこなしていた。
この三日で、ウィルにはだいたいのことは話した。
ウィルの反応はとても面白かった。
俺の能力にはミラみたいに食いつき、ミラの話には「そうなの?」程度だった。
ミラも、自分のことを自分として見てほしいって話だったから、ウィルの反応にはとても満足しているようだった。
俺とクリスは最初に聞いた時、どうしても少し構えてしまった。
ミラにはウィルくらいの反応の方がちょうど良かったみたいだ。
クリスの話も特に気にする様子もなく、普通にしていた。
ウィル曰く「戦争は終わったんだから、ドラー帝国出身だとしても恨むのはお門違い」らしい。
俺は親父から言われたことを思い出す。
『俺たちが戦争終わらせてきたから、お前は復讐とか考えるな』
まあそうだよな。
子供の頃は復讐したいって気持ちもあったが、親父と過ごすうちにそういう考えは薄れていった。
さて、今日は出発の日だ。
予定していた一週間の滞在も、今日で終わりだし、遅れないように支度を始めるか。
◇
バリオスを連れて宿まで戻ってくると、みんなは宿の前で待っていた。
ミラはまだ眠そうだし、ウィルの髪はボサボサ。
唯一ちゃんとしていたのはクリスだけだった。
「おはよう、待ったか?」
「いえ、大丈夫ですよ。ミラさんとウィルさんは今来たところです」
「「おはよ~」」
クリスの声はしっかりしていたが、他二人の声はまだ眠そうだった。
「ミラはいつものことだけど、今日はウィルも眠そうだな」
「朝弱くて~」
「俺も昨日はワクワクして眠れなくてな~」
ミラとウィルは、まだ眠そうな声をしていた。
その様子を見ていたクリスは少し笑っていた。
いつも気を張っていても疲れるだけだし、こういうのも旅の醍醐味かもな。
「ちょっと待っててくれ。おばさんたちに挨拶してこねーと」
ウィルがそう言った時、女将さんと旦那さんがちょうど宿から出てきた。
「見送りに来たよ」
「今挨拶しに行こうと思ってたんだ。ちょうど良かったぜ」
ウィルと女将さんたちは、色々と話しているようだった。
旦那さんはウィルの肩を叩き、女将さんも笑顔だった。
ウィルは何度もうなずき、話を聞いている。
こういう時間は大切だよな。
俺たちは馬車に乗ってそれを待つことにした。
少し待っていると、ウィルが馬車に乗り込んでくる。
「お待たせ。これも貰ってきたぞ」
ウィルが手に持っていたのは朝食だった。
「昨日の余りものだけどね。良かったら道中食べていってね」
馬車を覗き込んでいた女将さんが言う。
「ありがとうございます。美味しく頂きます!」
ミラも元気に答えていた。
「あーそれと、エマに会ったらゲンコツしておいて。
ついでに連絡もするようにって」
「おう、分かったぜ!」
「それじゃあ行ってらっしゃい」
「行ってきまーす!」
俺たちは女将さんたちに見送られ、宿を後にした。
◇
馬車を走らせて町の入り口まで来ると、バリオスが立ち止まる。
「どうした?」
『あの人間は何だ?』
バリオスが鼻先を向けた先には、カトレアさんの姿があった。
ミラも馬車の中から顔を出す。
「あ、カトレアさーん!」
ミラは元気いっぱいな声を出してから馬車を飛び出していった。
向こうも気付いたようで、ミラに笑顔を向けている。
『お前らの知り合いか?』
「そうなんだ。この町で会って仲良くなった。
何か気になることでもあったか?」
『いや……何でもない』
バリオスはそう言った後、前を向いた。
何なんだろう……?
ミラとカトレアさんは、揃ってこっちに歩いてくる。
「ねえねえ。カトレアさんも王都に行くんだって!
カトレアさんも一緒に乗っていいかな?」
「おはよ、クレイグ君。私も王都に用事があるんだけど……ご一緒していいかな?」
「おはようございます。俺は良いんですけど……クリスとウィルはどうだ?」
「俺は全然かまわないぜ」
「私も大丈夫ですよ。賑やかな方が良いですしね」
二人とも大丈夫みたいだな。
「みんなも良いみたいですし、乗ってください」
「やったー!」
ミラは嬉しそうに飛び跳ねている。
「ありがとう。それにしてもいい馬車ね」
カトレアさんは馬車を見回しながら言う。
「ええ、ちょっとした伝手で譲り受けまして」
俺が言うと、ミラも微笑んでいた。
「そうなのね。それに――」
カトレアさんはそこまで言って、バリオスの方を見る。
「――この馬、霊獣でしょ?」
その言葉を聞き、俺とミラは目を見合わせる。
ミラも驚いた表情だった。
バリオスもその言葉を聞いて、カトレアさんの方を見ている。
「その反応だと、当たりみたいね」
その瞬間、俺はカトレアさんを視てみた。
疑ってはいなかったが、カトレアさんは何とも言えない雰囲気を纏っていた。
――黒い靄は視えない……。
俺は胸をなでおろした――が、カトレアさんの目つきは鋭かった。
クリスに殺気を向けられた時のような緊張が走る。
いや、もっと前……聖珠教の司祭に騙されそうになった時の、誰のものか分からない視線の方が近いかもしれない。
あまりの気配に背筋が凍るのが分かった。
口を開くことが出来ない。
手綱を握っていた手も、少し震えているような気がする。
しかし、それも一瞬のことだった。
次にはカトレアさんは柔らかい笑顔を見せていた。
「どうして分かったんですか?」
ミラの声で、緊張が解ける。
バリオスもそれほど気にした様子はない。
「前に見たことがあってねー。雰囲気が似ていたから」
ミラの方を向いたカトレアさんは、まるで妹に話しかけるような感じでミラと話していた。
……見間違いだったんだろうか?
『どうした? クレイグ』
「あ……ああ、すまない。ちょっと放心してた」
『そうか? 問題ないなら良いが』
バリオスにも心配されるくらいだったか。
クリスとウィルの方も見てみるが、特に変わった様子もない。
特にクリスはこういうことに反応しそうだし、やっぱり見間違えだったのかも……。
「それじゃ、行こ。クレイグ」
「……ああ、分かった」
ミラとカトレアさんが馬車へと乗り込む。
俺は何とも釈然としない気持ちで、バリオスに馬車を引くようにお願いした。
◇
スタッグヘルムを離れ、王都へと向かう。
道中の会話も弾んでいて、旅は順調そのものだ。
ミラはカトレアさんにバリオスのことを話していた。
カトレアさんはバリオスが喋ることも理解していた。
バリオスの方も「そういうやつもいるだろ」と、自然に受け入れていた。
会話も普通にしていて、特に問題もない。
やっぱり、俺の見間違いだったのかもしれない。
変に蒸し返しても、俺の方がおかしいと言われそうだ。
やがて陽も暮れ、俺たちは夜営をしていた。
今日の晩飯も、ミラが料理を振る舞ってくれた。
ウィルとカトレアさんは「意外!」と言って驚いていた。
ストレートすぎる感想だ。
ミラも満更でもない感じで照れていたし、そういうのには抵抗がないみたいだ。
ミラを見ていると、今まであった貴族像がぶっ壊される感覚だ。
あの時、ミラがパーティーを組もうって言ってくれなかったら、今頃はどんな旅になっていたんだろう。
◇
食事も終わって話も一段落ついたので、俺たちは寝ることにした。
「ミラとカトレアさんは馬車で寝てくれ。クリスとウィルはテントな」
「クレイグはどうするの?」
ミラが不思議そうな顔をする。
「俺は……良いベッドがあるって言ってただろ?」
俺は毛布を手に取り、バリオスに寄りかかった。
『おい、またかよ』
「いいじゃないか、ニニア村ではずっとこうだったんだし」
「えーいいなー! 私も!」
そう言って、ミラも毛布を手に取ってこちらに歩いてくる。
ちょっと待っ――
その瞬間、カトレアさんがミラの腕を掴む。
ミラは不思議そうな顔をしていた。
「ダメよ、ミラちゃん。それは簡単にやっちゃダメなやつよ」
助かった……カトレアさんがストッパーになってくれて。
「えーでも、気持ちよさそうだし……」
ミラはなおも食い下がる。
そして、カトレアさんはミラに耳打ちした。
すると、ミラの顔は見る見るうちに赤くなり、うつむいてしまった。
そして、パッと顔を上げて一言、
「ごめん、そんなつもりじゃなかったの!!」
と言って、馬車へと駆けこんでいった。
「……何言ったんですか?」
「あはは~ちょっとね。
ミラちゃんには私から言っておくから心配しないで」
カトレアさんはそう告げて、馬車の中へと入っていった。
それを見ていたウィルから声をかけられる。
「お前も大変だな」
「そうなんだよなぁ……」
俺は、自分の家でミラが風呂に入ってきたことを思い出していた。
なんかミラって、妙にそういったことに疎いんだよなぁ……。
今度はクリスが声をかけてくる。
「私は、『もっとやれ派』ですけどね」
「……絶対楽しんでいるだけだろ」
「おぉ、恐い恐い。私も寝まーす」
クリスはそう言って、テントへと駆けて行った。
ウィルもそれに続いてテントへと入っていく。
はぁ……。
今日一番疲れたような気がする。
馬車に長時間揺られるよりも堪えるって……。
俺もさっさと寝ることにした。




