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60 向けられた視線

 ウィルの加入と、昇級した日から三日が過ぎた。

 俺たちはスタッグヘルムに滞在している間、青等級の依頼をこなしていた。


 この三日で、ウィルにはだいたいのことは話した。

 ウィルの反応はとても面白かった。

 俺の能力にはミラみたいに食いつき、ミラの話には「そうなの?」程度だった。

 ミラも、自分のことを自分として見てほしいって話だったから、ウィルの反応にはとても満足しているようだった。

 俺とクリスは最初に聞いた時、どうしても少し構えてしまった。

 ミラにはウィルくらいの反応の方がちょうど良かったみたいだ。


 クリスの話も特に気にする様子もなく、普通にしていた。

 ウィル曰く「戦争は終わったんだから、ドラー帝国出身だとしても恨むのはお門違い」らしい。


 俺は親父から言われたことを思い出す。


『俺たちが戦争終わらせてきたから、お前は復讐とか考えるな』


 まあそうだよな。

 子供の頃は復讐したいって気持ちもあったが、親父と過ごすうちにそういう考えは薄れていった。

 


 さて、今日は出発の日だ。

 予定していた一週間の滞在も、今日で終わりだし、遅れないように支度を始めるか。





 バリオスを連れて宿まで戻ってくると、みんなは宿の前で待っていた。

 ミラはまだ眠そうだし、ウィルの髪はボサボサ。

 唯一ちゃんとしていたのはクリスだけだった。


「おはよう、待ったか?」


「いえ、大丈夫ですよ。ミラさんとウィルさんは今来たところです」


「「おはよ~」」


 クリスの声はしっかりしていたが、他二人の声はまだ眠そうだった。


「ミラはいつものことだけど、今日はウィルも眠そうだな」


「朝弱くて~」


「俺も昨日はワクワクして眠れなくてな~」


 ミラとウィルは、まだ眠そうな声をしていた。

 その様子を見ていたクリスは少し笑っていた。


 いつも気を張っていても疲れるだけだし、こういうのも旅の醍醐味かもな。

 

「ちょっと待っててくれ。おばさんたちに挨拶してこねーと」


 ウィルがそう言った時、女将さんと旦那さんがちょうど宿から出てきた。


「見送りに来たよ」


「今挨拶しに行こうと思ってたんだ。ちょうど良かったぜ」


 ウィルと女将さんたちは、色々と話しているようだった。

 旦那さんはウィルの肩を叩き、女将さんも笑顔だった。

 ウィルは何度もうなずき、話を聞いている。


 こういう時間は大切だよな。

 俺たちは馬車に乗ってそれを待つことにした。



 少し待っていると、ウィルが馬車に乗り込んでくる。


「お待たせ。これも貰ってきたぞ」


 ウィルが手に持っていたのは朝食だった。


「昨日の余りものだけどね。良かったら道中食べていってね」


 馬車を覗き込んでいた女将さんが言う。


「ありがとうございます。美味しく頂きます!」


 ミラも元気に答えていた。



「あーそれと、エマに会ったらゲンコツしておいて。

 ついでに連絡もするようにって」


「おう、分かったぜ!」


「それじゃあ行ってらっしゃい」


「行ってきまーす!」


 俺たちは女将さんたちに見送られ、宿を後にした。





 馬車を走らせて町の入り口まで来ると、バリオスが立ち止まる。


「どうした?」


()()()()は何だ?』


 バリオスが鼻先を向けた先には、カトレアさんの姿があった。

 ミラも馬車の中から顔を出す。


「あ、カトレアさーん!」


 ミラは元気いっぱいな声を出してから馬車を飛び出していった。

 向こうも気付いたようで、ミラに笑顔を向けている。


『お前らの知り合いか?』


「そうなんだ。この町で会って仲良くなった。

 何か気になることでもあったか?」


『いや……何でもない』


 バリオスはそう言った後、前を向いた。

 何なんだろう……?



 ミラとカトレアさんは、揃ってこっちに歩いてくる。


「ねえねえ。カトレアさんも王都に行くんだって!

 カトレアさんも一緒に乗っていいかな?」


「おはよ、クレイグ君。私も王都に用事があるんだけど……ご一緒していいかな?」


「おはようございます。俺は良いんですけど……クリスとウィルはどうだ?」


「俺は全然かまわないぜ」


「私も大丈夫ですよ。賑やかな方が良いですしね」


 二人とも大丈夫みたいだな。


「みんなも良いみたいですし、乗ってください」


「やったー!」


 ミラは嬉しそうに飛び跳ねている。


「ありがとう。それにしてもいい馬車ね」


 カトレアさんは馬車を見回しながら言う。


「ええ、ちょっとした伝手で譲り受けまして」


 俺が言うと、ミラも微笑んでいた。


「そうなのね。それに――」


 カトレアさんはそこまで言って、バリオスの方を見る。


「――この馬、霊獣でしょ?」


 その言葉を聞き、俺とミラは目を見合わせる。

 ミラも驚いた表情だった。

 バリオスもその言葉を聞いて、カトレアさんの方を見ている。


「その反応だと、当たりみたいね」


 その瞬間、俺はカトレアさんを()()みた。

 疑ってはいなかったが、カトレアさんは何とも言えない雰囲気を纏っていた。


 ――黒い靄は視えない……。


 俺は胸をなでおろした――が、カトレアさんの目つきは鋭かった。

 クリスに殺気を向けられた時のような緊張が走る。

 いや、もっと前……聖珠教の司祭に騙されそうになった時の、誰のものか分からない視線の方が近いかもしれない。

 あまりの気配に背筋が凍るのが分かった。

 口を開くことが出来ない。

 手綱を握っていた手も、少し震えているような気がする。


 しかし、それも一瞬のことだった。

 次にはカトレアさんは柔らかい笑顔を見せていた。


「どうして分かったんですか?」


 ミラの声で、緊張が解ける。

 バリオスもそれほど気にした様子はない。


「前に見たことがあってねー。雰囲気が似ていたから」


 ミラの方を向いたカトレアさんは、まるで妹に話しかけるような感じでミラと話していた。

 ……見間違いだったんだろうか?


『どうした? クレイグ』


「あ……ああ、すまない。ちょっと放心してた」


『そうか? 問題ないなら良いが』


 バリオスにも心配されるくらいだったか。

 クリスとウィルの方も見てみるが、特に変わった様子もない。

 特にクリスはこういうことに反応しそうだし、やっぱり見間違えだったのかも……。


「それじゃ、行こ。クレイグ」


「……ああ、分かった」


 ミラとカトレアさんが馬車へと乗り込む。

 俺は何とも釈然としない気持ちで、バリオスに馬車を引くようにお願いした。





 スタッグヘルムを離れ、王都へと向かう。

 道中の会話も弾んでいて、旅は順調そのものだ。


 ミラはカトレアさんにバリオスのことを話していた。

 カトレアさんはバリオスが喋ることも理解していた。

 バリオスの方も「そういうやつもいるだろ」と、自然に受け入れていた。

 会話も普通にしていて、特に問題もない。

 やっぱり、俺の見間違いだったのかもしれない。

 変に蒸し返しても、俺の方がおかしいと言われそうだ。



 やがて陽も暮れ、俺たちは夜営をしていた。

 今日の晩飯も、ミラが料理を振る舞ってくれた。

 ウィルとカトレアさんは「意外!」と言って驚いていた。

 ストレートすぎる感想だ。

 ミラも満更でもない感じで照れていたし、そういうのには抵抗がないみたいだ。

 ミラを見ていると、今まであった貴族像がぶっ壊される感覚だ。

 あの時、ミラがパーティーを組もうって言ってくれなかったら、今頃はどんな旅になっていたんだろう。





 食事も終わって話も一段落ついたので、俺たちは寝ることにした。


「ミラとカトレアさんは馬車で寝てくれ。クリスとウィルはテントな」


「クレイグはどうするの?」


 ミラが不思議そうな顔をする。


「俺は……良いベッドがあるって言ってただろ?」


 俺は毛布を手に取り、バリオスに寄りかかった。


『おい、またかよ』


「いいじゃないか、ニニア村ではずっとこうだったんだし」


「えーいいなー! 私も!」


 そう言って、ミラも毛布を手に取ってこちらに歩いてくる。


 ちょっと待っ――


 その瞬間、カトレアさんがミラの腕を掴む。

 ミラは不思議そうな顔をしていた。


「ダメよ、ミラちゃん。それは簡単にやっちゃダメなやつよ」


 助かった……カトレアさんがストッパーになってくれて。


「えーでも、気持ちよさそうだし……」


 ミラはなおも食い下がる。

 そして、カトレアさんはミラに耳打ちした。

 すると、ミラの顔は見る見るうちに赤くなり、うつむいてしまった。

 そして、パッと顔を上げて一言、


「ごめん、そんなつもりじゃなかったの!!」


 と言って、馬車へと駆けこんでいった。


「……何言ったんですか?」


「あはは~ちょっとね。

 ミラちゃんには私から言っておくから心配しないで」


 カトレアさんはそう告げて、馬車の中へと入っていった。

 それを見ていたウィルから声をかけられる。


「お前も大変だな」


「そうなんだよなぁ……」


 俺は、自分の家でミラが風呂に入ってきたことを思い出していた。

 なんかミラって、妙にそういったことに疎いんだよなぁ……。


 今度はクリスが声をかけてくる。


「私は、『もっとやれ派』ですけどね」


「……絶対楽しんでいるだけだろ」


「おぉ、恐い恐い。私も寝まーす」


 クリスはそう言って、テントへと駆けて行った。

 ウィルもそれに続いてテントへと入っていく。


 はぁ……。

 今日一番疲れたような気がする。

 馬車に長時間揺られるよりも堪えるって……。

 俺もさっさと寝ることにした。

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