06 見入ってしまう
昼飯も食い終わり、いよいよタスクボアの生息域に入る。
「ここから先にタスクボアがいる可能性が高いです。いつでも戦闘できるように準備しておいて下さい」
「いよいよですか」
ミラさんは剣や盾、防具のチェックを行う。
「よしっ!」
気合入ってるな。さっきまでと目つきも違う。この感じだと問題はなさそうだ。
俺も気合入れて探さないとな。
魔物に先に見つかって、先手を取られでもしたら赤っ恥だ。
◇
周囲を警戒し、慎重に奥へと進んでいく。
視覚だけじゃなく、聴覚、嗅覚、全てを研ぎ澄ませていく。
そう……この山すべてが自分の体だと思えるくらいに―――
「臭っ!?」
「えっ!?」
あまりの臭さに声をあげてしまった。
「あ、いえ……ちょっと気になることがありまして‥‥」
「え、私そんなに臭いですか?」
ミラさんは自分の匂いを嗅いでいる。
どうやら、あまりの臭さに言葉選びを間違えてしまったようだ。
「いえ、決してそういうわけでは……」
ミラさんは、じゃあどういう事?とでも言いたげな顔を向けてくる。
「恐らくこの近くに獣のフンがあるみたいなんです。なのでもしかしたらタスクボアがいるかも、と思いまして」
「そういうことだったんですね……早とちりをしてしまって申し訳ないです」
「いえ、俺の方こそ勘違いをさせる言い方をしてしまって、悪かったです」
改めて気合を入れ直し、探索に戻る。
ほんの少し進んでみると、やはり獣の排泄物が落ちていた。
まだそんなに時間も経っていない。しかもタスクボアの排泄物の形と似ている。
やはりこの近くにいるようだ。ここからはさっきよりも慎重に進むぞ。
また少し進むと、先の方からガサガサという音が聞こえる。
俺は、声を出さないで、と人差し指を口の前に持っていき、ミラさんに合図する。
気取られないように覗いてみると、
「いた」
ミラさんにだけ聞こえるように声を出す。
するとミラさんも、俺の横で覗き込む。
「あれが…」
ミラさんも声を絞っている。
「音を消して近づいても絶対に気付かれるので、不用意に近づくのは危険です。こちらが構えた状態で、向こうから来てもらうのが良いです」
これは経験談だ。俺自身がガキの頃に試した。後ろからこっそり近づいても、いきなりこっちを向いて、俺はビックリして体が固まってしまった。そして突進をモロに食らってしまった。
「ど、どうすればいいのでしょう?」
「あいつは非常に好戦的です。こちらが攻撃を仕掛けたら絶対に向かってきます」
俺は、その辺の石ころを拾う。
「これを先に当てて、こっちが万全の構えの状態で、向こうから来てもらいましょう」
「わかりました!」
ミラさんが石を拾う。
「俺は少し離れた位置から見てますね。危なくなったら俺の判断で助けに来ます」
ミラさんは うんうん と首振って合図する。
俺が少し距離を取ったところでお互いに合図をする。
ミラさんも心の準備が出来たようだ。
これから始まるのか……頑張れ!と心の中で応援する。
ミラさんが石を投げる―――――。
?
石はどこに行った?
タスクボアの方を見るが、当たってはいないようだし、まだ気づいてもいない。
外したのか。
ミラさんはもう一度挑戦するようだった。
今度こそ当たりますように!
しかし、今度は右の方に大きく反れてしまっていた。
タスクボアがそれに気付いて、石の落ちた方向に行ってしまう。
ああ…行かないで……
ミラさんの方を見ると、「こっち来て」と、合図をしていた。
俺はタスクボアを見失わないように、ミラさんの方に向かう。
「ずみ˝ま˝ぜん˝」
半べそをかいてた。
「いえ、こちらも投擲が不得意だと知らずに押し付けてすいませんでした」
ミラさんはしゅんとしている。
幸い、まだ見失ってはいない。
他の方法……声を出すとかでいいのか?試したことないから分からないな。
俺が自分で狩るときは、いつも石を投げていた。親父もそうしていたし、多少なりともダメージを与えられるはずだ。当たり所が良ければそれだけで倒したこともある。声を出して逃げられたら探すのにも時間が掛ってしまうし…
そこでまた、ルークの”あの言葉”を思い出す。
そういや、そうだな。
これは俺の戦い方だ。ミラさんにはミラさんの戦い方があるはずだ。声や、音を出す方法で試してみよう。
俺がタスクボアに目をやりながらそう考えていると、ミラさんが口を開く。
「クレイグさんが投げてください」
「え?」
俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
やっべ、タスクボアには気付かれてないよな?……大丈夫なようだ。
「私、投げるのが苦手なんです!だからクレイグさんが投げてください!」
「えっと、試験だから手を出すのはダメなはずじゃ…?」
「良いんです!」
え、いいの?まあ、石を投げるくらいなら良い…のか?基準が分からん!
でも、一応俺の考えは伝えておく。
するとミラさんは顔を真っ赤にして俯きながら、
「その方法でいきましょう」
と、小さく返事をした。
気を取り直して再戦だ!
俺はさっきのようにミラさんから距離を離す。
ミラさんは横に生えていた、あの”変な草”をガサガサ鳴らしている。
すると…作戦は成功したようだ!タスクボアはミラさんの方へ向かって歩いていく。このままいけば不意打ちを食らわせることも可能だ…が、ミラさんはタスクボアの前に出る。
ミラさんにはミラさんの戦い方があるって、さっき言ったじゃないか!何も言うことは無い!
タスクボアが突進してくる!が、盾を使って上手くそらしている。その隙を狙って一突き。直撃はしたけど、それだけで仕留める事は出来なかったようだ。
タスクボアの首振りも、盾を使って防ぐ。盾の使い方が上手い…のかな?こういう戦闘は見たことがないから分からない。それにしても、あんなに細身なのによく攻撃を受け続けられるな。相当な訓練をしていそうだ。
ミラさんを見ていると、攻撃よりも守備の方に重きを置いている戦い方で、攻撃は威力よりも手数重視。俺とは真逆。盾の使い方も、受ける一辺倒ではなく、そらしたり、目くらましにも使っているようだった。
攻撃も大雑把なものではなく、盾で防御し、チャンスの時に的確に当てにいっている印象だ。
………これは俺の出番はないかもな。
それにしても、剣ってのは切るものじゃないのか?ミラさんは突きを主体にして戦っている。
ミラさんの剣は一般的なロングソードのようだが、幅も狭いし、剣の先も尖っている。切ることも出来るようだが、突き主体の武器なのかな?
やっぱりその人、その武器によって戦い方も違うもんなんだな。
そうして見入っている間に、そろそろ決着がつきそうだ。俺が出て行ってないってことは、もちろんミラさんの勝ちだ。
最後の一撃が入り、タスクボアは斃れる。
ミラさんは、はぁ、はぁ、と肩で息をしている。少しの間息を整る。そしてタスクボアに近づいていく。ミラさんも、ちゃんと倒せたか確認しているようだ。タスクボアが死んだふりをしているのを見たことがないから、これ終いだろう。
俺はミラさんに近寄る。
「お疲れさまでした。初めて戦う魔物でも、危なげなく討伐しましたね」
「はい、ありがとうございます。クレイグさんのアドバイスのおかげです!」
ミラさんは笑顔でそう言う。
そう言われると照れてしまうな。
「後は牙を剥ぎ取るだけですね」
「そうですね!」
ミラさんは手際よく鞄からナイフを取り出し、剥ぎ取る為にしゃがみ込む。
相当上機嫌のようだ。鼻歌まで歌っている。
と、その時―――――。
タスクボアの向こう側から ガサガサッ と音が鳴り、大きい灰色の何かがミラさんに向かって飛び出してくる。
「―――――っ!!!」
声が出ない。
俺は咄嗟にミラさんに覆いかぶさるように飛びつく。
ドカッッ!!!!
―――――背中に衝撃が走る。衝撃の勢いで目を瞑ってしまう。
何だ?何をされた?体に地面との接地感がない。体が宙に浮いているのか!?そして、そのまま背中から何かにぶつかる。
ドゴォォォ!!!!
いってぇ………こんな衝撃は久しぶりだ………
はっ!……ミラさんは……!?
恐る恐る腕の中を見る。そこにはミラさんがいた。
良かった。
「怪我はないですか?」
「え、ええ」
まだミラさんは混乱しているようだ。
くそっ、いつもならこんなことにはならないのに…久しぶりに複数人で山に入ったから気が抜けてたか…
俺は飛び出してきた何かを見る。
この山では見たことない奴が出てきたみたいだ。
これは俺も気合入れてかからねえと駄目そうだな。
2024/11/06 ミラの武器の描写を加筆修正しました。