55 先輩はちゃんと見に来る
――次の日の朝。
昨日の約束通り、俺たちは鍛錬をした。
ミラは相変わらず眠そうだったが、終わりの頃にはいつも通りの目つきになっていた。
「ウィルにはいつ言うつもりなの?」
「今日の調査が終わってからかな。
朝言っても、ウィルも困るだろうし」
「それもそっか」
今朝はウィルとは出会わなかった。
まあ、そうだよな。
いつも同じ時間に鍛錬しているとも限らないし。
仲良くなったとは思ってたけど……考えてみれば、ウィルと出会ってまだ三日目なんだな。
なんだか、もっと一緒にいるような気さえしてくる。
……ウィル次第とは言ったが、いい返事はもらいたいよなぁ。
ミラもクリスも、ウィルにはいい印象を持っているみたいだし。
◇
俺たちはギルドに寄って依頼を引き受けた後、農場へと来ていた。
昨日よりは被害もマシになったらしく、依頼主の顔も少しだけ明るい。
それでも、畑の隅にはかじられた野菜が残っている。
俺たちは依頼主の男性に声をかけ、森へと入った。
ウィルに教えてもらった穴へと向かう。
昨日と違って、森ネズミの姿はない。
これも、昨日討伐した成果なのかもしれないな。
それでも……まだいることには変わりはない。
俺は気合を入れ直した。
◇
穴へと辿り着くと、俺たちは配置へとつく。
ミラとクリスが中に入り、俺は外。
俺の武器はデカいから、中では振れないだろうと二人に言われたからだ。
俺も解体用のナイフは持っているが、武器としては少し頼りない。
俺の役目は、逃げて来たネズミや中に入っていくネズミの掃討だな。
「今回はクレイグの出番はないかもね」
ミラは得意げな顔をしてそう言う。
「ミラさん、油断は禁物ですよ」
「分かってるってー」
それほど心配はしていないが、クリスが良いブレーキ役になってくれそうだ。
「それじゃあ二人とも、頼んだぞ」
「分かりました」
「任せて! クレイグも外をお願いね」
「ああ」
二人の顔つきはさっきよりも引き締まったものになっている。
これなら、本当に心配ないかもな。
穴に入っていく二人の背中を見送りながら、俺は大剣の柄を握り直した。
―――――――――――――――
私たちは穴の中へと入る。
私が前、クリスは後ろ。
腰に付けたランプが辺りを照らしている。
本当は光の魔術を使ったクリアストーンとかがあればいいんだけど……。
私たちの今の資金じゃ、それほど高価なものは使えないから、仕方ないか。
幸い、穴は一本道だった。
クリスも辺りを見回してくれていたけど、他に道はないようだった。
「一本道で良かったね」
「そうですね。それでも、何があるか分かりません。
気は引き締めていきましょう」
「うん」
◇
少し進むと、先に広い空間があるのが分かった。
キーキーといった鳴き声も聞こえる。
「この先ね……」
「そのようですね」
「どうする? 少し覗いてみる?」
私が言うと、クリスは首を横に振る。
「こちらが灯りを持っている以上、すぐに気付かれるでしょう。
それなら、一気に突入して片付けたほうが良いと思います。
幸い、この空間はあまり広くないようですし」
「そんなことまで分かるの?」
「ええ、感覚ですが……。音の反響具合から、そこまで広い空間だとは思いません」
私は感心した。
クオルで魔物と戦っていたのは、基本的に森だったし、今までそんなこと考えたこともなかった。
「クリスからは色々学べそうね」
「それはお互い様ですよ」
クリスは微笑む。
私も、恥ずかしくないようにしなくちゃ。
「それじゃあ私が先に出るから、クリスはサポートをお願い」
「分かりました。危険を感じたらすぐに逃げましょう」
「ええ、分かったわ」
私たちは一気にその空間へと出る。
灯りが空間を照らす。
クリスが言った通り、そんなに広い空間じゃない。
床一面に転がった木の根や、かじられた骨の欠片が目に入る。
私は、近くにいたネズミへと剣を振り下ろす。
ネズミの断末魔が聞こえて、動かなくなった。
クリスは空間を目まぐるしく移動し、一匹二匹とネズミを仕留めていく。
私もクリスに負けないようにネズミを倒していった。
目につくネズミを全て討伐し、私はクリスの方を見た。
クリスの方も、ひと段落ついたようだった。
「これで全部かしら?」
「そのようですね。とりあえず一旦戻りましょうか」
私たちは入口へと戻ることにした。
―――――――――――――――
ミラたちが穴に入ってから少し時間が経った。
入っていくネズミも、出てくるネズミもいない。
……暇だな。
「わっ!!」
突然後ろから大きな声をかけられる。
慌てて振り返ると、そこにはウィルが立っていた。
「驚かすなよ」
「わりぃわりぃ、ぼーっと突っ立ってたんでな。
少しくらい緊張した方がいいだろ?」
ウィルはそんなことを言いながら俺の肩を叩く。
「一応クエスト中なんだけどな」
「そうだったのか。そういやミラちゃんとクリスがいねーな。
二人で入ってんのか?」
「そうなんだ。俺の武器じゃ、狭いところでは取り回しが利かないからな」
「なるほどなー。……ネズミいるけどいいのか?」
ウィルはそう言って、穴の方を指差す。
見てみると、そこにはタスクボア程の大きな森ネズミが、今まさに穴に入ろうとしていた。
穴の中にはまだ二人がいる。
――まずい!
俺は咄嗟に、その辺に落ちていた拳大の石を全力で投げつけた。
―――――ドッ!!
石はネズミに直撃して、動かなくなった。
ウィルはそれを見て、目を丸くする。
「……お前、どんなパワーしてんの?」
「いやあ、アハハ……」
俺は乾いた笑いしか出なかった。
◇
しばらくしてミラとクリスが出てきた。
「どうだった?」
「バッチリ! 巣にいたネズミは全て討伐出来たわ」
「そうだったのか。お疲れ様」
俺は二人にねぎらいの言葉をかけた。
「それはそうと、ウィルもいたのね」
ミラはウィルを見て言う。
「おう、俺が教えた巣だしな。気になって様子を見に来たんだ。
お前らだったら大丈夫だと思ってたけど、一応先輩だしな!」
ウィルはにこやかに言う。
「ありがとうございます、ウィルさん」
クリスもお礼を言っていた。
ウィルは少し照れ臭そうに頬をかいていた。
クリスは穴の横に置かれたネズミを見る。
「これは……」
「穴に入ろうとしていたからな。俺が仕留めておいた」
「そうだったんですね。それにしても大きいですね」
「もしかしたら、この巣のボスだったのかな?」
ミラは首を傾げながら言う。
「どうだろう……。
こんな大きいのは見たことないし、もしかしたらそうだったのかもな」
俺が言うと、ミラとウィルはうなずいていた。
「可能性は高いですね。巣の中にも、これほどの個体はいませんでしたし」
そう言った後、クリスは短剣を持ち出し、俺が仕留めた大きなネズミを斬る。
「何してるんだ?」
俺が声をかけると、クリスは言う。
「もしかしたら……と思いまして」
俺とミラは息をのむ。
ニニア村を襲った、魔物強化薬のことだろう。
「で、どうだ?」
「大丈夫みたいですね」
俺とミラは胸をなでおろした。
「何かあったのか?」
ウィルは不思議そうにこちらを見ている。
「い、いや、何でもない。これだけ大きかったら食えるのかと思ってな!」
俺が言うと、ウィルはドン引きした顔をしていた。
「え……お前ら、森ネズミ食うのか……?」
あー……誤魔化し方間違えたか?
「いいえ、私とミラさんは食べませんよ。
クレイグさんだけです」
クリスの顔は晴れやかだった。
ていうか、俺だけ食うことになってんだけど!?
「森ネズミって、臭くて食用に向かないって聞くけど……クレイグは食べるの?」
ミラまでそんなことを言ってきた。
「あー、いや、まあ食ったことはないけど、食えるのかと思って!」
これはもう突き通すしかない。
「お、おう。そうか……。
まあ人それぞれだしな……」
ウィルの顔は引きつっていた。
あーこれはいつか誤解を解かないとな……。
俺たちは穴の中のネズミをまとめた後、農場へと戻っていった。




